人界視点 ―― 王都アステル
王都は、今日も平穏だった。
冒険者ギルドは混雑し、露店の呼び声が響き、子どもたちが走り回る。
事件は起きない。事故もない。争いもない。
あまりにも「何もなさすぎる」。
騎士団の巡回記録には、異常なしの文字が並ぶ。
占星術師は星の配置を確認し、首を傾げながらも結論を変えない。
「未来は、定まっている」
そう書き残しながら、なぜか筆が重かった。
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◆ ミリア視点
「……今日も、平和やな」
ミリアはギルドのベンチに腰掛け、ぼんやりと天井を見上げていた。
依頼は簡単。危険はない。拍子抜けするほどだ。
でも――
胸の奥が、静かすぎる。
「何か起きそう」
そんな予感すら、起きない。
代わりにあるのは、
世界が自分を避けているような感覚。
「……見られてる気もするけど」
視線はない。気配もない。
ただ、自分が“中心”にいる気がしてならなかった。
理由は分からない。
分かるはずもない。
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◆ 精霊界視点
精霊界では、流れが止まっていた。
精霊王は、風と水の循環を確認する。
秩序は正しい。法則も正常。
だが――
未来の分岐が、曖昧だ。
「本来なら、ここで確定するはずの流れが……」
精霊王は玉座の間に跪く。
「女王陛下。異常ではありません。ただ……」
言葉を続ける前に、精霊女王は手を上げた。
「分かっています」
その視線は、人界の一点に固定されている。
「これは“乱れ”ではない。
報告は不要です」
精霊王は従うしかなかった。
秩序に反していない以上、沈黙こそが正しい。
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◆ 魔界視点
魔界では、ざわめきが広がっていた。
魔物たちが落ち着かない。
理由もなく警戒し、理由もなく静まる。
「……何も起きていないのに」
魔将の一人が呟く。
世界が、こちらを見ていない。
だが、同時に――
見逃してもいない。
「嫌な沈黙だ」
魔界は本能で知っている。
嵐の前ではなく、
**嵐そのものが“動いていない”**状態だと。
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◆ 反逆神視点
反逆神は、苛立っていた。
観測結果はすべて正常。
秩序は完璧。介入の余地はない。
それなのに。
「……気持ちが悪い」
敵がいない恐怖。
危機が存在しない不安。
創造神は、スリープ中のはずだ。
自己観測停止。干渉なし。
「……本当に?」
その疑念は、口にした瞬間に否定される。
秩序に反する思考だからだ。
だが――
胸の奥に、確かな予感があった。
“そこにいる”
まだ何もしていない。
だからこそ、最も恐ろしい。
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◆ そして世界は
誰も間違っていない。
誰も誤判断していない。
秩序は守られている。
異常は存在しない。
それでも――
世界は、決断を保留している。
その中心にいることを、
ミリアだけが、まだ知らない。




