管理という言葉の距離
書類の束が、静かに机の上へ置かれた。
宿屋の一室。
簡素だけれど落ち着く部屋で、私は椅子に座ったまま、その様子を眺めていた。
「……確認ですが」
ギルドの使者の一人が、慎重に口を開く。
「今回の件について、報告書の提出は必要になります。ただ――」
そこで言葉を切り、こちらを窺う。
「個人に関する記述は、どこまで可能でしょうか」
私は少しだけ考えた。
考えた、というより――
自然と答えが浮かんだ、に近い。
「私以外の事なら、書けますよね?」
その一言で、空気が和らいだのが分かった。
「……助かります」
「ええ、それで問題ありません」
紙に走るペンの音。
淡々と進むやり取り。
でも、その中に含まれている“線引き”は、明確だった。
――私は、書かれない。
理由は分からない。
ただ、そうした方がいいと感じた。
(変なの)
自分で決めたことなのに、
どこか“昔からそうだった”ような感覚がある。
「それと」
ふと思い立って、私は声をかけた。
「今回のアーティファクトなんですけど」
二人の視線が集まる。
「一時的に、私が管理しましょうか?」
「……管理、ですか?」
驚きはあったが、拒絶ではない。
「構造が少し不安定でしたし。
杖の補助が前提になっているけど、使用者を選ぶタイプです」
私は淡々と説明した。
「放っておくと、誤作動の可能性もあります」
――だから、管理する。
それだけの理由なのに、二人はすぐに答えなかった。
「……確認を取ります」
「はい」
短い相談のあと、深く頭を下げられる。
「正式に、その申し出を受けさせていただきます」
「分かりました」
それで終わり。
特別な手続きをした感覚はない。
なのに、胸の奥が、少しだけざわついた。
(……懐かしい)
理由は分からない。
アーティファクトに触れたわけでもないのに、
“管理する”という言葉が、妙に馴染んでいた。
「……何か、問題ありましたか?」
使者の一人が、遠慮がちに尋ねる。
「いえ、特に」
私は首を振った。
「ただ……慣れてる気がして」
「慣れている、ですか?」
「はい。でも、覚えはないです」
本当だ。
記憶にはない。
なのに、感覚だけが残っている。
「不思議ですね」
そう言って、私は笑った。
相手は笑えなかったようだ。
「……では、こちらは失礼します」
二人が部屋を出ていく。
扉が閉まったあと、私は一人、ベッドに腰掛けた。
窓の外は、夕暮れ。
街の喧騒が、遠くに聞こえる。
(私は、冒険者で)
(ただ、少し魔法が得意で)
(猫耳があって……)
それだけのはず。
なのに――
“管理”
“記録しない”
“私以外なら書ける”
そういった言葉が、
まるで前提条件のように存在している。
「……まあ、いいか」
私は深く考えるのをやめた。
分からないことは、今は分からないままでいい。
冒険者として生きていけるなら、それで。
ただ――
なぜか確信だけはあった。
放っておいてはいけないものがある時、
私はそれを“管理する側”に立つ。
理由は、まだ思い出せないけれど。




