秩序は、疑われない
◆ 王国アステル・朝
(ミリア視点)
「朝から静かやなぁ」
窓を開けると、街は穏やかだった。
人の気配も、空気も、昨日と同じ。
「ほんま、平和やわ」
ミリアはそう呟いて、身支度を整える。
違和感はない。
あるとすれば――
何も起きなさすぎることくらい。
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◆ 冒険者ギルド
(ギルドマスター)
受付の奥で、報告書を読む。
依頼成功率。
負傷者数。
事故件数。
「……減ってるな」
原因は不明。
だが、悪い数字ではない。
「治安が良くなったんやろ」
そう結論づける。
良い結果に、疑問は向けられない。
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◆ 王都アステル・教会
(大司祭)
定例会議。
「秩序は安定しています」
誰も異議を唱えない。
「秩序は神の領分。
神々は正しく在られる」
それで、話は終わる。
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◆ 精霊界・中位層
(精霊)
「最近、人界おとなしくない?」
「女王が黙ってるなら問題ないでしょ」
精霊たちは、流れに戻る。
考えないことが、
最も安全な選択。
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◆ 精霊界・最上位層
(精霊女王)
女王は、境界を見下ろす。
揺れはない。
歪みもない。
(……当然ね)
それ以上、考えない。
考えれば、
“理由”が必要になるから。
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◆ 帝国アルス・情報局
(上級調査官)
王国アステルの報告を確認する。
「事故率低下、犯罪率低下……?」
異常とも取れる。
だが、害はない。
「神の加護が強まったのか」
記録は、そうまとめられる。
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◆ 神界外縁
(反逆神)
世界を観測し、反逆神は微笑む。
「秩序は盤石」
創造神の干渉は見えない。
精霊女王も動かない。
「ならば、神は油断している」
少女の姿を思い浮かべる。
「力はあれど、意思は弱い」
確信する。
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◆ 王都アステル・夕刻
(ミリア)
市場を歩いていると、
子どもが転びそうになる。
「危ないで」
自然に手が伸びる。
子どもは、転ばない。
「ありがとう!」
ミリアは笑って手を振る。
何も、起きていない。
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◆ 夜
(教会・記録文書)
本日、異常事象なし
秩序、安定
その一文が、正式に残される。
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◆ 同時刻
(精霊女王・独白)
(……本当に、そうかしら)
だが、疑問は声にしない。
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◆ 同時刻
(反逆神・独白)
「今なら、勝てる」
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◆ 同時刻
(ミリア)
「今日も平和でよかったわ」
眠りにつく。
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秩序は、守られている。
神は、正しく在る。
全員が、そう信じている。
だからこそ、
誰も気づかない。
秩序が守られているのではない。
秩序が“疑われない状態”が、
すでに作られていることに。




