名もない来訪者(ミリア視点)
朝。
宿屋の窓から差し込む光で、私は目を覚ました。
「……よく寝た」
伸びをして、尻尾がぴんと動く。
「今日も平和、っと」
階下に降りると、昨日と同じ女の子がいた。
「おはよー!」
「おはよう」
「今日も依頼?」
「うん、軽めのやつ」
安心できるやり取り。
これがあるだけで、街が好きになる。
外に出ると、空気が少し澄んでいた。
「……ん?」
足を止める。
路地の奥。
陽だまりの中に、何かが――揺れている。
「……また?」
森で感じたのと、似た気配。
でも、姿は見えない。
ただ、空気がやわらかい。
「……忙しいからね」
話しかけることもなく、私は歩き出す。
すると、不思議なことが起きた。
転びそうになった瞬間、
足元が“ちょうどいい位置”に来ていた。
「……危なっ」
心臓を押さえる。
「今の、完全に転ぶやつだったよね」
周囲を見る。
誰もいない。
気配も、もうない。
「……気のせい、気のせい」
そう言い聞かせて、ギルドへ向かう。
その背後――
誰にも見えない場所で、
何かが、静かに見送っていた。
名前も、役割も、語られないまま。
ただ一つ、確かなのは。
――害意はない。
――干渉しすぎない。
そして。
――“この子は、まだ知らなくていい”。
そんな意思だけが、そこにあった。
ミリアは、今日も気づかない。
守られていることにも、
守ってしまっていることにも。
ただ、少し運がいいだけだと思いながら。




