触れないという選択(教会側)
朝の教会は、静かだった。
祈りの声はある。
儀式も、形式も、いつも通り。
――だが、奥に集められた数名の神官たちは、誰一人として落ち着いていなかった。
「昨夜も、です」
若い神官が報告する。
「深夜祈祷の最中、魔力の流れが“重なりました”」
「上書きではなく?」
「はい。まるで……別の祈りが、同時に存在しているような」
老神官は、静かに頷いた。
「やはりな」
「神の介入でしょうか?」
「断定はできん」
彼は、机に広げられた報告書に目を落とす。
冒険者ギルドからの簡易記録。
生存率、回復速度、戦闘後の環境変化。
「この冒険者……ミリア」
名を口にした瞬間、場の空気がわずかに張りつめた。
「力は突出していない。
だが、“結果”だけが合わない」
「偶然、では……?」
「偶然にしては、回数が多すぎる」
老神官は、神像のある方角へ視線を向ける。
「もし仮に、神が関わっているとするなら……」
「なら?」
「これほど穏やかな干渉は、神らしくない」
沈黙。
「精霊、という可能性は?」
「精霊なら、もっと自然に現象が残る」
老神官は、ゆっくりと首を振る。
「これは――誰かが“守ろうとしている”だけだ」
「意思のない、守護……?」
「あるいは、意思があっても、
本人に自覚がない」
神官たちは、息を呑む。
「では……どうしますか?」
老神官は、迷わなかった。
「触れるな」
「……え?」
「監視もしない。
祈りも、試すな」
はっきりと告げる。
「気づいていない者に、神の側から触れれば、
それは“導き”ではなく“歪み”になる」
神官たちは、静かに頭を下げた。
「我々は、ただ見ている」
老神官は、そう締めくくった。
「世界が、どう動くのかを」




