女王は、理解している(と誤解される)
◆ 精霊界・最上位層
(精霊女王視点)
精霊界は、今日も安定している。
それは喜ぶべき状態のはずだった。
秩序は保たれ、境界は揺れず、
精霊の流れも乱れていない。
――だが。
「……静かすぎるわね」
精霊女王は、誰に聞かせるでもなく呟いた。
異常はない。
記録上も、観測上も、完全に“正常”。
だからこそ、
異常だと断定できる者は存在しない。
⸻
机の上に並ぶ報告書。
創造神による直接干渉、未確認
上位神格の権能行使、痕跡なし
世界秩序、安定
精霊女王は、静かに目を通す。
「……ええ。
そう記録されるでしょうね」
その声は、肯定とも否定とも取れない。
彼女は、
“観測されない力”を言葉にしなかった。
言葉にすれば、
それは概念となり、
世界に固定されてしまう。
それは、今ではない。
⸻
精霊王が、一歩前に出る。
「女王。
この現象は、創造神に近しい存在による――」
精霊女王は、わずかに首を傾けた。
「“近しい”かどうかは、重要ではありません」
精霊王は、続きを待つ。
「重要なのは、
秩序が保たれているという事実です」
その答えは、正しい。
だからこそ、
精霊王は深く納得した。
――精霊女王は、
創造神の代行者として世界を見ている。
それは、誤解だった。
だが、否定されることはない。
⸻
精霊女王は、内心で小さく息を吐く。
(……母様)
その呼び名は、胸の内だけに留めた。
使えば、
自分が“娘”であると確定してしまう。
世界は、
精霊女王を「管理者」として理解している。
それでいい。
今は、それで十分だった。
⸻
視界の端に、人界が映る。
王国アステル。
石畳の上を歩く、猫耳の少女。
力は使われていない。
少なくとも、行使された形跡はない。
「無意識下での世界補正……」
精霊女王は、あえてそう結論づけた。
それは、
学術的にも、理論的にも、正しい説明。
だが本当は――
説明そのものが、存在しない。
世界が、
ただ“整えられている”だけ。
⸻
「現時点では、静観が最適解です」
精霊女王は、公式判断として告げる。
「創造神が動いた証拠はありません」
「したがって、
精霊界が動く理由もない」
その判断は、
精霊たちを完全に納得させた。
そして同時に、
誰も核心に触れなくなった。
⸻
精霊女王は、玉座から立ち上がらない。
命令も出さない。
境界にも触れない。
ただ、見ない。
見ないことこそが、
最も強い介入だと知っているから。
「……相変わらずですね」
誰にも聞こえない声。
それは、
創造神に向けた言葉ではない。
“母としての感情”を、
世界から切り離すための独白だった。




