気づいてはいけないもの
◆ 人界/王国アステル・昼
(ミリア視点)
今日は街の空気が、やけに軽い。
「ええ天気やなぁ」
猫耳が風に揺れる。
特に用事もなく、王都をぶらぶら。
露店の果物。
子どもたちの笑い声。
――ほんま、平和そのもの。
「何も起きへんのが一番や」
そう思ってた。
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◆ 人界/王都アステル
(通行人・元冒険者視点)
すれ違った瞬間、足が止まった。
(……今の、なんや?)
少女だった。
猫耳族らしい。
それだけなら珍しくない。
なのに、胸の奥が冷えた。
(見てはいけないもんを、見た気がする)
振り返ると、もういない。
理由は分からない。
ただ――
「……今日は、もう帰るか」
直感が、そう告げていた。
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◆ 精霊界・上位層
(精霊女王視点)
報告は、届いていた。
だが、まだ“正式な形”ではない。
「境界の静止……か」
氷のように澄んだ声。
精霊女王は、静かに目を閉じる。
それは、父であり、兄であり、
そして――創造主の“癖”だった。
「……違う」
同じで、違う。
精霊王が、控えめに問う。
「報告を、上げますか?」
精霊女王は首を振った。
「まだ。
“彼女”は、何もしていない」
“していない”のに、影響が出る。
それが何を意味するか――
精霊女王は理解していた。
「見守る。
それ以上は、しない」
精霊界は、沈黙を選んだ。
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◆ 帝国アルス・王都
(調査官視点)
「接触は?」
「していません。
ただ、確認しました」
報告を受け、調査官は頷く。
「対象は、通常行動のみ」
「異常行動は?」
「……ありません」
それが、異常だった。
「周囲の人間の反応は?」
部下は、一拍置いて答える。
「説明できない不安、
理由なき回避、
記憶の曖昧化」
調査官は、ゆっくり息を吐いた。
「本人は?」
「無自覚です」
――それが、一番厄介だ。
「引き続き、非干渉で監視」
命令は、それだけ。
帝国は、まだ手を出さない。
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◆ 人界/夕方
(ミリア)
宿に戻る途中、ふと立ち止まる。
「……またや」
何かに、
ほんの一瞬だけ“触れられた”気がした。
視線とも、気配とも違う。
「……まぁ、ええか」
肩をすくめて、歩き出す。
今日も、何も起きてない。
少なくとも、
ミリアにとっては。
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◆ 精霊界・記録層
(無名精霊)
記録は、残された。
「観測対象:ミリア
神力行使:なし
権能発動:なし
秩序干渉:なし」
だが最後に、こう付記される。
「――存在影響、継続」
精霊は、それ以上書けなかった。
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◆ 夜
(ミリア)
ベッドに横になり、天井を見る。
「……なんやろな」
理由のない違和感。
でも、怖くはない。
「明日も、普通でええわ」
そう呟いて、目を閉じる。
世界は、
確かに“気づき始めている”。
けれど、
まだ誰も――踏み込まない。




