夕焼け色
家に飾っている絵?ああこれか貰ったんですよ、知り合いに。何で額縁に入れてやらないのかって?これは描き足さなくちゃいけない絵だから。うーん説明が難しいな。気になるからきちんと説明しろって?
分かったよ、でもあんまり他言しないでくれよ。
電車が一日に12本程度しか通らない田舎に僕は住んでいた。いつもは仕事から電車で帰ると僕しか利用していないくらい人がいない様な駅なのだけれど、珍しい事に僕以外にも利用客いたのだった。駅のホームに小さなベンチが一脚、そこにポツンと座っていた。女性で髪が長く何かを夕日の方に向けながらジーとそれを見つめていた。こんなところに人がいるという珍しさと何をしているのかという好奇心から彼女に声をかけた。
「こんにちは、珍しいですね」
「驚きました。こんな田舎で声を掛けられるなんて」
「否定しませんけどこんな田舎はなかなか言いますね、確かにこの辺りは田んぼしかありませんが。駅がお好きなんですか?」
「いえ、特には」
彼女は驚いた表情をした。まさか誰かが話しかけてくるなんて思いもしなかったのだろう。近づいてみてわかった事だが彼女が夕焼けに向かってかざしていたのは透明の小瓶であった。
「んじゃ何のために?見たところ小瓶を夕日に向けているようですが」
「ああ、これですか。なんだと思います?」
彼女は質問してきた、小瓶を夕日目向けるのをやめ私の前で笑いながらそれを左右に振った。小瓶の中にはかすかにだが薄くオレンジがかった色の液体が入っており夕日に照らされてキラキラと輝いていた。私は手を顎にあて少し考えた。すると彼女は答えを待たずに続けた。
「いい景色ですよね、ここ」
「そうですね。ちなみに小瓶の中には何の液体が入っているのですか?」
「ああ、これですか?分かりません」
「分からない?どういう事ですか?」
「実は私は美術系の大学生で夕日を描こうと休みを利用して思ってフラフラしているんですが先生に夕日を描くならこれがいいと渡されんです。面白い事にこれに夕日の光を集めると夕日の色の綺麗な絵の具が出来んだそうです」
そう言って彼女は反対側からスケッチブック取り出して私に見せてくれた。そこのは4枚ほど夕日と町や電車田んぼの絵があった。どの夕日も絵の具で描いたとは思えないくらい鮮やかで輝いていた。
「そうだお兄さんモデルになってくださいもう少ししたら夕日が集まるので、持ちつ持たれつともいうでしょう」
「いや、それは絶対に使い方が違うと思いますが」
「何というか、ここきれいなんですけど。なにか物足りないんですよね。ダルマの片方だけ目が描いていないみたいな。美しい絵を描くとこは木偶にも出来ます記録?思い出?みたいなものは絵を描くならそれは欠かせません」
「ダルマの片方だけ目が描いていないのは願いがかなった時に入れる物だからです、欠陥品のように言わないでください」
しかし、彼女の言った絵に対する情熱に打たれた僕はモデルを引き受けた。すると彼女はパレットに夕日色の絵の具ととりだした。他の色も同時に取り出していたが夕日色に比べるとかなり少ないように見えた。
「なんだかむず痒いですね」
「ほう、何でですか?描くときの参考にしたいので詳しく聞きたいです」
「いつも見ている綺麗な夕日の中に溶け込む、もとい綺麗な絵の中の1ピースになるのは気負わずにはいられないのです」
「おお、思った以上にポエムな答えが返ってきました」
「別に詩は嗜んではでないですけど」
「そうですか。あっ好き勝手に動いて下さい、そこを勝手に絵にしますんで。まぁ30分くらいですかね。今更ですけどお時間は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫です。なんだか緊張するな」
そんな話をして私は適当に動き回り彼女は黙々を絵を仕上げていった。適当に動くと言っても駅のホームをぐるぐる歩いたり生えている雑草をいじったり夕日色した絵の具を貸してもらって夕日にかざしてみたりしていた。そうこうしているうちに彼女は絵を描き終えたようだった。
「もう大丈夫ですよ」
「出来ましたか、見せてもらってもいいですか?」
彼女は絵を切り取り私に渡した。絵には夕日とそれを小瓶から除く私の姿が描かれていた。水彩画だからか絵はかなり淡かった。しかし、夕日だけはそれを今も絵の中に入り込んだように輝いていた。
「いい絵でしょう」
「ええ、素晴らしいです」
「実はこれたがう楽しみ方があるんですよ。今は夕日が出ているのでわかりずらいかも知れませんけど、暗い所で見ると夕日が入り込んでいるのです」
「入り込んでいる?」
そう言うと彼女は自分の体で絵に影をつくった。すると絵の中の夕日が確かに輝いていた。
「ねっ、いい絵でしょ。これあげます。」
「驚いたな、夕焼けが入り込んでるんですか?」
「ええ、よく分かりましたね。私も初めて来たときは驚きました、原理は分かりませんけど」
彼女はそんな話をしていると駅のアナウンスが聞こえた。電車が来る様だ。分針もいつも間にか彼女と会ってから一周以上回っていた。すると彼女は少し焦ったように絵と夕焼け色の絵の具の小瓶を渡してきた。
「絵ですど、夕焼けの部分だけその絵の具を使っています。出来れば毎日それで夕日を描き足して下さい。そうすればいつでもあなたの住んでいる夕日が入り込みます」
電車が到着した。彼女はそれに乗り込み「約束ですよ」と言った。電車が出発した。私はその慌ただしい様子に反応できずに電車を見送った。
それから日課に一つそれが加わった。絵を描くことだ。会社の帰りに駅のホームで夕日を集めそれを塗る、初めは水の量や濃さがまちまちになってしまったけど今は慣れてきてこの通りさ。そんな話があるかって?論より証拠。いいか少し部屋を暗くして…これを塗るんだ、この町の僕たちの夕日をさ。