銀の髪の少年は地竜と対峙する
フードを目深にかぶった少年が木の上で弓を弦につがえキリキリと引き絞った。放たれた矢は、並みの腕ならとてもそこまでは届かないと思われる距離を減速もせずに目標物に突き刺ささる。悲鳴を上げる暇もなく急所に深く矢が刺さった獲物がどうっと倒れた。
「さすが、いつ見ても恐ろしい腕だな、ジル。」
金髪の前髪を片手でよけながらアルが笑顔を向ける。
アルは冒険者をしていた父親が魔物の討伐依頼中亡くなって、親友であるジルの父親に引き取られ、幼いころからジルと共に暮らし、兄弟同然に育てられていた。いつも朗らかでそばかすの散った顔立ちは、より親しみを感じさせ、一緒にいることで口数が少なく、無表情のジルの助けになっていた。
「ジルの弓は助かるが、オーク20頭が討伐依頼だからな。あと、15頭だな。」
筋肉質で大柄で黒髪の30台後半の男が木の上のジルを振り仰いだ。
ストンと軽い音を立てて、まるで猫のように木から身を躍らせて降りてきたジルは耳を澄ませた。
「父さん、何か来る。」
そう言うとジルは、父であるヨハンの背後を指さした。しばらくすると、バキバキと木をへし折る音がヨハンとアルにも聞こえてきた。
「でかいな。木を背にしていったん隠れるぞ。」
木を簡単にへし折りながら近づいてくる何者かに緊張が走る。3人はそれぞれ、手近の木に身を寄せた。
大木が軋んだかと思えばゆっくり倒れてきて轟音と共に地面を揺らせ、その何かが姿を現した。
大木より高い位置に頭部があり赤色の目は鋭く、黒々とした巨体に鱗が光っていた。
「地竜がなぜこんなところに。」
竜種の中では小型であるとはいえ、竜と名の付く魔物である。Bランク冒険者が6名ほどでやっと相手になるほどの魔物である。
現状、ジルたち3名で相手にできる魔物ではない。
地竜は、群れで生活しており、住処はここから離れた場所にあったはずであった。
とにかく、このまま気づかず過ぎ去ってくれればと身を隠したまま待った。
木の陰に息を殺して隠れ、呼吸もなるべく控えて、体を縮こまらせた。額からツーっと汗が流れた。
バキバキと木をなぎ倒しながら、目を血走らせて進んでいく地竜にこのまま通り過ぎていくかに思えたが、くるりと右に方向を変えた。
その先にはアルが隠れている木がありその木めがけるように進んでいった。
「まずい。」
小さく、つぶやくジル。
あわや、アルのいる木が倒されようとしたその時、地竜の後方から矢が飛んできて、地竜の頭に刺さった。
頭をのけ反らせ、びりびりと空気が震えるほどの大音声を上げて、足と尻尾をドシンドシンと大地を揺らしながらばたつかせ、痛みを訴えた地竜が振り返り、弓を構えて立つジルをお前かとばかりに睨みつけた。
鋭い鉤爪が、ジルに向かって振り下ろされたが、それをジルは難なく躱した。
図体が大きい分動きには無駄があり、地竜の攻撃はジルにかすりもしない。
頭を振り、大口を開けてジルを一飲みにしてやろうとするが、それもジルには届かない。
しかし、ジルにも地竜に対する有効な攻撃が繰り出せない。
ジルがいくら短剣で切りつけようとも、地竜の鱗が固くてほんの少し表面を傷つけるに留まった。
合間に、アルとヨハンも攻撃を繰り出すが、決定的なダメージを与えることはできなかった。
こうなったら、どちらかが先に体力を消耗するかの勝負になるかと思われた。
このまま、逃げて振り払いたいところだが、村のほうに逃げるわけにもいかない。しかも、ここは村にも近く振り切ったとしても村に向かわないとも言い切れなかった。
できればここで、討伐しておきたいところだ。
体力には自信があるジルが息切れしたとき、一番体力がないアルが体力切れを引き起こすのは必定。
ついに、足をがくがくとさせ尻もちをついてしまった。
弱いものから狙われるのも必定。地竜がその好機を逃すまいとアルに迫り、鋭い鉤爪の腕が振りかぶられ、アルに迫った。
アルの髪の毛が鉤爪に引っ掛かり、わずかばかり持っていかれたものの間一髪、ジルがアルの腕を引き回避できた。しかし、無理に突っ込んだ反動で、ジルも態勢を崩してしまった。そこをもう一方の鉤爪が、襲った。
「やられる。」
と、思ったその時、ジルの目の前が暗くなった。
それは、ヨハンの背中だった。ヨハンは、二人をかばって、鉤爪の攻撃を受けてしまった。
爪に引き裂かれながら横に吹き飛んでいった。
「わあああああ。父さん。」
ジルが悲痛な声で叫び声をあげた。
ヨハンに駆け寄ると、ヨハンは懐から短剣を抜き出し、ジルの手に握らせた。
「ジル。これを使え。」
それは、大きな赤い宝石が埋め込まれ細工も美しい、見るからに自分たちには分不相応な短剣だった。
ジルは、すらりと短剣を抜き、地竜に対峙した。
次の攻撃をかわすと、地竜の腕に短剣を突き刺した。
すると、今までダメージを与えることができなかった固い地竜の腕から血しぶきが上がり、地竜は絶叫を上げた。
「この短剣、スゲー切れ味。」
これならいける、と踏んだジルは、そのまま喉元めがけてその剣を振るった。
大きな傷をつけると、ジルめがけて血しぶきが降り注いだ。
血しぶきを浴び、真っ赤に染まったジルが目だけをぎらつかせ、痛みに大きくのけ反った地竜の弱点、心臓に剣を突き刺した。
最後の断末魔を上げながら、地竜は、ふらつきながら地響きを上げながらその巨体を投げ出した。
「やった。」
ふうっと大きく息を吐きだしたジルは地竜の討伐が果たせたことに安堵した。
駆け寄り、すがったヨハンは、酷い怪我を負っていたが、まだ意識があった。
「父さん。」
「ジル。無事でよかった。」
ジルの無事を確かめ、それだけ口にすると、ヨハンは意識を失った。
「ジル。」
けたたましくドアを開け、一人の男が部屋に入ってきた。
王宮の近衛騎士をしている兄のアランだった。
生臭いにおいと、体中に浴びた血が乾いてこびりつき、流した涙の跡が目の下に筋をなして、ジルがベッドに縋り付いていた。
そのベッドには、ジルとアランの父であるヨハンが息荒く冷や汗をかきながら横たわっていた。
「話は聞いた。父さんが地竜にやられたんだって・・・。」
「ごめんなさい。父さんは俺をかばってこんなことに。」
「お前が悪いんじゃない。仕方のないことだ。」
そっと、ジルの頭に手を置いて、髪を梳いてやった。
すると、ベッドに横たわっていたヨハンが目を開けた。
「父さん。分かる。アラン兄さんが来てくれたよ。」
「ジル。怪我はないか。」
「父さんがかばってくれたから、俺は大丈夫だよ。ごめんなさい。俺をかばってくれたために、父さんがこんな目に・・・。」
ジルのさんざ泣きはらした目からまた次々涙が零れ落ちた。
「・・・気にするな。お前が無事なら何よりだ。お前は、大事な・・・俺の息子だからな。」
苦しい息の中ヨハンがジルに語り掛ける。
「でも、俺は父さんの実の息子じゃない。」
「お前が気にしているのは知っていたよ・・・。いつもフードを被って、その珍しい色の髪を隠しているのもそのせいなんだろ。俺もアランも黒髪だし、ほんとは何も知らせず、実の子として育てたかったが、その珍しい髪と容姿じゃごまかせそうになかったからな。血はつながってなくとも、お前は俺の子だし、アランの弟だ。」
「そうだぞ、アラン。お前を他人だなんて思ったことないよ。お前は俺の大事な弟だ。」
「ああ、父さん、兄さん。ごめんなさい。」
ヨハンが伸ばした手をしっかりと握って、ジルは大声を上げて泣きだした。
今まで、ジルはどんなにヨハンとアランがかわいがってくれていても、血がつながっていな事実にどこか信じられずにいた。邪魔者なんじゃないかとさえ思い、少し距離を置いていたのだ。
しかし、命がけで自分をかばってくれ、ジルの身を気遣ってくれるヨハンと、ヨハンの傷を責めもせず、気にするなと言ってくれるアランに今までの疑心が涙によって流されていくのを感じていた。
「ジル、お前に渡した短剣だが、お前を預かるときに、お前の母から預かったものだ。これからは、お前が持っているといい。」
「これは、本当のかあさんが・・・。どこにいるの。」
「訳あって言うことはできないが、時期が来たら必ず本当のことを話すから。信じて待っていてくれ。」
「分かったよ、父さん」
その会話を聞きながら、その扉の裏で、アルが声を殺し、うずくまりながら涙を流していた。
深手ではあったものの、ヨハンの傷は命にかかわることもなく、しばらくは安静を強いられたが、次第に回復していった。