銀の髪の王子は妹王女を溺愛する
色とりどりの薔薇が咲き誇る王宮の薔薇園は、この時期エリアンヌのお気に入りの場所だ。
エリアンヌには11歳年上の兄が一人おり、名は、ジークフリートという。
薔薇園の中央にある東屋でこの兄と一緒にお茶を楽しんでいた。
エリアンヌは整った容姿をしているが、この兄も妹に負けず劣らずの容姿をしていた。
艶やかな銀髪は、日の光を浴びると艶やかに輝き、きりりと印象的な瞳はトパーズ色で細身だが肩幅はがっちりしており、エリアンヌが妖精なら、この兄は、さしずめ妖精王といった貫録を備えていた。
「お兄様、レント地方のレースが入荷しましたわ。港にカールをやって、王都まで運ばせています。」
「レント地方は重要な土地だから重々気を付けるようにな。」
「王都から離れていますので、すばらしい品質の商品なのに今まで誰も注目しなかったのですが、これからは、高額に取引しても手に入れたいと思わせるように、皆の目を向けさせることができればと考えています。」
「ドラガ伯爵も収入が増えて、その分防衛にまわせ、私たちも恩恵を受ける。伯爵にも恩が売れると一石三鳥の効果があるな。」
レント地方は、隣国アルカイド国に接しており、国土防衛には要といえる土地である。
急峻な山脈に囲まれており、耕地が少ない上にこれといった特産物はないが、他に大した産業がない代わりに、幼いころより腕を磨いた職人によるレースは素晴らしい品質を保っていた。
このレント地方のレースを流行に乗せ、辺境伯であるドラガ伯爵と好を通じることができないかと画策していたのである。
傍らで紅茶を楽しんでいる妹姫を見やる。大きくなったものだと感慨深く思う。
この姫が生まれたとき、小さな手がジークフリートの人差し指をしっかりと握っていたことを思い出す。
母と二人、この広い王宮で隠れ住むように暮らしていた。父王はたまに訪れ、かわいがってくれたが、第2王妃の不興を買うのを恐れていた。
すでにジークフリートの母である第一夫人王妃のユリアがいたにもかかわらず、隣国の軍事国家であるアルカイド国、第一王女のシーラがごり押しで嫁いできて第2王妃に収まったのだ。母ユリアは、エルフであったため、ある意味人間離れした容姿を受け継いだジークフリートは、城の中で孤独を深めていた。
暗殺を危惧した母は、乳母さえも置かず、我が子を一人で育てた。
そのため、年の近い乳兄弟も与えられず、よそよそしい大人の中で、育ったのだった。
ユリアンヌが生まれたときは、血を分けた存在に歓喜し、同時に守らなければならないものができたことに大きな責任を感じた。
それからは、体を鍛え、よく学び、より強くより賢くあらんと努めてきた。
アンブローズ国では、王が病で倒れてもうずいぶんとなるのに、王太子をいまだ定めていない。
アルカイド国から嫁いできた第二王妃の子であるフランツ王子と、第一王妃の子であるジークフリートの二人が王位を争っているのである。
隣国の影響力を嫌う貴族たちは、ジークフリートに付き、出自を気にする貴族たちはフランツ王子に付いた。
ジークフリートとエリアンヌの母は、エルフで人間ではない。
類まれなる目を見張るような容姿と透き通るような美しい肌、珍しい銀の髪も母から受け継いだものだ。
整ってはいるが、どこか人間離れした様子の兄妹を快く思わず、ましてや自国の王に据えるなど許せぬ貴族も多いのだ。
その混乱の中、名乗りこそ上げてないのだが、王弟までも次代の王にと押す貴族もいて、泥沼の様相を呈していた。
エリアンヌが生まれると、まもなく命を落とした母と政務に忙しくなかなかかまってくれない父王、エルフの血が流れているからと遠巻きにする貴族たちのなか、広い王宮の中でエリアンヌは寂しい思いをしたが、この穏やかで利発な兄王子がその寂しさを埋めてくれていた。
エリアンヌにとっては、兄こそが血を分けたたった一人の心のよりどころであり、一番の理解者なのである。
ジークフリートは、よちよちと頼りない歩みで自分の後をついて回っていたころのことを懐かしく思う。
頻繁に命を狙われる兄を助け、力になりたいとこの年で必要以上の事物を学び、随分落ち着いて大人びて見えることがかえって不憫さを誘う。
ジークフリートにしても、なんの後ろ盾もなく、どこのだれが敵なのか常に気を張っていなければならない王宮の中で唯一心許せる存在がエリアンヌなのだ。
その二人を3階の窓辺から伺う影があった。
この国の第二王子、フランツである。
フランツ自身、能力が低いというわけではなく、努力家で優秀な男なのだが、第一王子のジークフリートには遠く及ばない。
年上であることを加味しても、学問においても、武術においてもジークフリートが優秀すぎるのだ。
もとが優秀なうえに、エリアンヌという守るべき存在を前に、努力を惜しまないとくれば、追いつきようもない。
そのことを亡くなったユリア王妃に今だ対抗心を燃やす母王妃シーラは全く理解してくれない。
何かにつけ、フランツとジークフリートを比べては、悔しがるのだ。
おまけに、エリアンヌは年経るごとに、故ユリア王妃に似てきて、シーラ王妃の心を苛み続ける。
苦しむ母を何とかしてやりたいとは思うものの、ジークフリートを負かして鼻を明かしてやることもかなわず、虚しさは募るばかりだ。
幼いころは、部屋を抜け出しては、あの兄妹のところに行き、遊んだこともあった。
美しく、賢い兄妹と自分の血が半分でも繋がっていることが誇らしく思ったこともあったのだ。
悪いことをしているわけでもないのに、カーテンの陰から兄妹を盗み見ながらフランツは、ため息をついた。
「相変わらず、気味の悪い髪だこと。エルフなどの血が混じっているなんて、汚らわしいったらないわ。フランツ、こちらにいらっしゃい。」
シーラ王妃が窓辺に寄ってきて、嫌悪感をあらわに、フランツの横に並んだ。
「王陛下がご病気のいま、あなたがしっかりしなければ、あんな、化け物にこの国を渡してなるものですか。次代の王はあなたこそがふさわしいのですよ。」
フランツの頬に両手を添えて、懇願するように顔を寄せてくる王妃に、何を言っても駄目だと、あきらめているフランツは頷くよりほかなかった。
夕暮れ時の少しひんやりした空気の中、窓から差す斜光がエリアンヌの横顔をバラ色に染めていた。
ここは、王都にあるリンツ商会の事務所。
机に置かれた書類に目を通していると、ドアから在室を問う音が響く。
エリアンヌは、顔を上げると入室を促した。
「随分と遅かったのね、カール。レント地方のレースは手に入ったのかしら。」
「はい。十分に手に入ったと思います。品質にも問題はないようですので、このまま加工でき次第次々納入するよう取り図ってきました。」
「そう、ご苦労だったわね。」
「ところで、港に向かう途中賊に襲われまして、二人の少年に助けられました。」
襲われたと聞いて、ぎょっとしてエリアンヌは顔をこわばらせた。
「襲われたなんて、大丈夫だったの。」
「はい、雇った護衛がグルで危ないところでしたが無事です。それが、そのとき助けてくれた少年の一人が恐ろしく腕が立つのと、気になる容姿をしているのとで、ぜひ、一度お会いになっていただきたいのですが。」
「気になる容姿・・・。どういうこと。」
「あくまで私見で気になるということなので、直接会っていただいて、お嬢様に確かめていただきたいのです。」
「カールがそこまで言うなら会いましょう。」
「ありがとうございます。少年に話をつけておきます。」
護衛に裏切られるなんて危ない目に合わせてしまったが無事で何よりと、胸を撫でおろした。
数少ない信用できる者のカールを失うわけにはいかないとその少年に感謝した。
しかし、その少年のなにがカールの興味を引いたのか気になったが、会ってみればわかることだと、書類に目を向けた。