銀の髪の少年は隣国軍に攻め込まれる
団長がうなだれるわけにもいかず、難しい顔で砦をにらみつけていると、一人の兵士が進み出てきた。
「シュミッツ団長。本国から応援の魔法士が来ました。」
知らせを持ってきた兵士の後ろに、マントをかぶった年のころは五十過ぎの老齢の男が立っていた。
「シュミッツ殿、なかなかに苦戦しているようですな。」
「おお、これはローランド老師ではございませんか。」
「早馬で、かなり手痛い罠にはまったと聞きましてな。応援に来ましたじゃ。」
渡りに船とはこのこと、シュミッツはこの難局を打開する応援に大いに喜んだ。
「お越しいただき、感謝いたします。なかなかに苦戦しております。どうか、力をお貸しください。」
これから反撃だとシュミッツは、魔法士の手を取った。
地竜を討伐して、砦に戻ると味方の兵士たちのやんやの声援に迎えられた。
「「アラン、ジル、アラン、ジル、アラン、ジル・・・・。」」
まるで、戦に勝ったかのように湧き上がっていた。
「地竜が出てきたときには、どうなるかと思ったが、いやはや、二人で地竜を倒すとは・・・武術大会での優勝は、やはり伊達ではないな。ジル殿も素晴らしい腕じゃ。」
ヴィルヘルムがアランとジルを労う。
「お役に立てて何よりです。」
ヴィルヘルムがバシバシとアランの肩を叩いていると、砦の外から敵の声が上がりだした。
そろって、壁を振り返った。
「それでは、壁に戻ります。」
返事も待たずに、踵を返すアランに、ジルも少し頭を下げ、後に続く。
敵陣からは、今までにない数の兵たちが、こちらに押し寄せようとしていた。
地竜は倒したものの、地竜に壊された壁のあたりに不安が残る。
敵も、壊れたところをついてくる様子を見せていた。
アランとジルは頷き合うと、壁が壊されたあたりに向かった。
大量の梯子と縄梯子が投げられて、壁に掛けられた。
弓を大量に射かけるが、数に押し負けそうになる。
ジルは、魔法を使おうと目を閉じる。
ジルの体から、うっすらと光始めた。
手を差し出し、発動させようとしたとき、敵陣の中から魔力の反応があった。
遠目にフードを頭からすっぽりかぶった男が光輝いている・・・魔法士か。
すると、遠方であるにもかかわらず、敵陣から何かが放たれた。
それは、勢いよく壁の上にいる兵士たちに到達し兵士たちは倒れる者、バランスを崩し壁から落下する者もいた。
「なんだ、あれは。」
「あれは、・・・水だ。ジルの火魔法には相性が悪いな。」
ジルの疑問にアランが応えた。
「ジルは、火の魔法しか、使えないの。」
アルが、不安そうな声を上げる。
「くそっ・・・発動するぞ。」
ジルの手から炎が飛び出した。
しかし、それを嘲笑うかのように敵側からの水とぶつかり、轟音が轟いたかと思うと、水が霧状に辺りに立ち込め、その威力を相殺した。
ついこの間まで魔法が使えなかったジルは、魔力の制御が出来なくて、発動までに時間がかかるし、無駄に魔力を消費するし、狙いも定まらない。
対して敵の魔法士は手数も多く、的確にこちらの魔法を無効化し、こちらに有効な攻撃を仕掛けてきた。
次第に決め手に欠ける味方は押され、数の勢いに負けそうになる。
もとより兵数的にはかなりの差があり、こちらの方が劣勢だったのだ。
それを、エリアンヌに強化された弓や魔法で壁に取りすがれないようにすることで、なんとか凌いで防御に徹していたにすぎない。
地竜を倒したものの、防壁の一角を僅かに崩され、優位性を損なったところに、頼みのジルの魔法まで封じられたのだ。
とうとう、壁にとりついた敵兵が一人、また一人と壁の上に立ち、次々に砦内に敵の鎧が数を増やしていく。
敵味方入り乱れているところで、もはや魔法は使えない。
「ジル、エリアンヌ殿下を頼んだよ。」
エリアンヌには、ジル、アル、カールが護衛に着いた。
アランは、ポンっとジルの肩を叩くと、敵に向かっていった。
銀色の鎧をつけているのが、ドラガ伯爵領兵、黒の鎧がアルカイド兵である。
アランは混戦する戦場に飛び込み、次々黒い鎧の兵士たちを薙ぎ払っていく。
ドラガ伯爵親子も獅子奮迅の働きを見せていた。
「あそこだ、あの銀の髪の王女をとらえるのだ。」
敵兵の一人がエリアンヌを指さした。
「殿下、ここは危険です。どうか、建物の中へお入りください。」
ジルは、エリアンヌを背中に庇いながら、建物の中へと入っていった。
「殿下、敵は銀の髪で殿下を見分けています。その兜と服を交換してください。俺が敵を引きつけます。殿下は、髪を隠してください。」
「駄目よ。ジルにもしものことがあったら、アラン様が悲しむわ。」
「ジークフリート殿下から、あなたのことを頼まれたのです。俺の腕は見たでしょう。大丈夫です。任せてください。カールさん、殿下を頼みます。アルはこっちに来てくれ。殿下が全く一人というのも怪しまれる。」
不安げな王女の手を両手で包む。
ああ、なるほど王女の手は柔らかいな。
こんなときにも拘わらず、ジルは今ここにいない人を思い浮かべた。
「絶対無茶はしないでね。」
ジルは、わざと銀髪が見えるように兜をかぶった。
部屋にはエリアンヌとカールを残し、内側から鍵をかけさせた。
部屋を出て一階に降りていくと、早速敵兵に見つかった。
5人の敵を薙ぎ払うと、建物から外へ出てアランが戦っている方へと向かった。
「殿下・・・。ジル。」
そくっりなはずの王女の正体をあっさり見抜いたアラン。
「背中は任せて。」
アランとジルは背中合わせで敵と対峙する。
革製の軽鎧と王女の乗馬用の下履きをまとったジルがアランと息の合った共闘を見せる。
銀の髪の王女めがけて敵兵が殺到する。
王女を確保すればこの戦いに勝利することができるのだから必死だ。
王女の影武者のジルは、思惑が当たったとばかりに暴れた。
相手は王女と侮って押し寄せた敵兵は、バタバタと切り払われていく。
味方も数では負けるが、日ごろ国境防衛を担っていて、鍛え上げているため善戦を見せる。
敵は、ジルの炎の攻撃を防ぐためとはいえ、水を大量にかぶり、重くなった下着のせいで動きが鈍くなっているということも幸いした。
しかし、地竜によって壊された壁をさらに壊され、隙間を作られてしまっていた。
必死に守って気づけば、3000の味方は500までに減り、実際に対峙するまでに1万5000から7500まで減った敵兵は、さらに減り、およそ2000となっていた。
辺境軍をかなりの数倒したというのに、アランとジルをはじめ、魔法で強化されたドラガ伯爵親子や兵士たちに適わず、兵力が激減したことに焦りを覚えたか、一旦態勢を整えるべく、歩ける兵士を庇いながらアルカイド兵たちは敵陣へと撤退した。
砦の中は、火を放たれ、燃えた樽。怪我を負ってうめき蹲る兵士たち。
戦えないほどの怪我を負った兵士たちを奥の部屋に匿い、残った500の兵士たちは、体中に傷を受け、脂汗のにじむ顔に疲れを張り付けていた。
アランとジルも無傷とはいかず、多くの敵を倒したものの、疲労を見せていた。
強化魔法に気づかれてはいないものの、あと少し長引けば、魔法の効果が切れて、総崩れになってもおかしくなかった。
何より、壁の一部が壊され、土嚢でふさぐなどしているものの、次に攻撃を受けると、防ぎきれない。
アルカイド軍としても、3000の兵力に1万5000もの兵力で臨んだのに、2000まで減らされ、もう引き込みがつかなくなっていることだろう。




