銀の髪の少年は隣国軍と戦う
アルカイド国の軍勢は、ドラガ伯爵領を目指し、進軍していた。
圧倒的な戦力差に、勝利は確実とばかり、軍内は緩み切った雰囲気が漂っていた。
「高々3000の兵力じゃああっという間に蹴散らせるな。」
「ああそうだとも、早く終わらせて、国に帰りたいな。」
兵たちは、口々に自分たちの勝利を疑うことなく進んでいた。
幾度となく勇猛なドラガ伯爵領の兵士と剣を交わらせてきた騎士隊長シュミッツも、この戦力差を覆せるはずはないと考えていた。
ところが、前方から土煙を上げて。急使の兵がやってきた。
「隊長、前方の兵たちが、魔物の大群と交戦中です。はじめは、ゴブリン10程の魔物で容易に排除できたものの、次々に高位の魔物が現れ、地竜まで現れました。地竜の数、5頭。」
「何、五頭もの地竜がどうしてこんな森の中に・・・。」
「餌になる魔物の数が増えたために、餌を追って、南下したものと思われます。」
「わかった、すぐ援軍を差し向ける。
「第七中隊、前方の魔物の排除に迎え。」
「はっ・・・。」
すると、右側の森の中から、ドーン、ドーンという木をなぎ倒す音が響いてきた。
何事かと思ったその時、木々の上方から地竜の頭が突き出した。
「地竜だーっ。」
「なんで、こんなところに地竜が。」
叫び惑い始める兵士たち。
シュミッツの乗る馬も、恐怖に棹立ちになる。
「落ち着け、態勢を立て直して、地竜を討伐する。槍隊前餌出ろ。」
シュミッツの号令で、隊列は保たれたが、兵たちは混乱を極めた。
「隊長、左手後方から火の手が上がっています。」
「なに・・・。」
前方で、魔物の襲撃を受け、後方からは火の手が上がる。
さらに、軍隊は混乱した。
「ドラガ伯爵の仕業か・・・。」
シュミッツは、今まで交戦した相手とは思えぬ戦い方に、戦慄を覚えた。
馬のいななき、怒号が飛び交い、鎧がこすれ合う金属音がそこかしこに響いた。
アランとジルとアルは、砦の壁面に弓を持って立っていた。
ジルとアルは冒険者をしていたが、もっぱら森の中で魔物を狩っていたので、対人間と命のやり取りをするのは初めての経験だった。
弓を持つ手が緊張に小刻みに揺れた。
「5倍の敵が押し寄せてくるんだろう。・・・俺、怖いよ。」
アルは、ぶるぶると震えながら肩を縮こませた。
「大丈夫だ、ドラガ伯爵領の騎士たちは勇猛で頼りになる。いざってときは、俺がお前たちを守ってやる。」
アランがどんと胸を叩いてにこやかに笑って、ばしばしとジルとアルの背中を叩いた。
何度か大きく息をついて、ジルとアルは次第に落ち着きを取り戻してきた。
「敵が見えてきたぞ。」
物見にいる見張りが叫んだ。
遠くの木々の間から野鳥が飛び抱いていき、森がざわめき出した。
きらりと光が見えたと思ったら、槍の穂先が日に反射し、鎧がその下で輝きを放っていた。
次第にその軍隊の一端が目に飛び込んできた。
しかし、それを、囲むように森の中から火の手が上がった。
火は見る見るうちに燃え広がり、敵の大群を飲み込んでいく。
火にあおられるように、こちらに必死に逃げてきているように見えた。
「兄さん、あれは・・・。」
「ドラガ伯爵たちが、あらかじめ燃えやすい薪を置いておいて、火をつけたんだ。」
敵は、隊列を崩し、ばらばらに逃げまどい、統制を崩していた。
「これで、どれだけ数が減るかだな。今日は、風も味方しているようだぞ。」
転々と点けた火が風にあおられ上昇気流も起こり、このところ、雨が降らず、乾燥していたのも相まって、巨大な竜が昇天するかのような火柱になり、なめるように森を蹂躙した。
あの中で人が逃げまどっていると思うと、地獄の業火のように見えた。
ジルはぞっと背筋を震わせた。
「すごいわね。お兄様の目論見通りね・・・。」
少し震えた声で背後からつぶやいたのは、エリアンヌ王女だった。
「あれって、王子の作戦なんですか・・・。」
あのやさし気な王子がこんな凄惨な罠を考えたなど、信じられないと、エリアンヌを見た。
「そうよ、ここに来た時、ドラガ伯爵にお兄様の進言を伝えたの・・・。こんなに早く、役立つなんてね・・・。あの中には、魔物もいて、兵たちを襲っているはずよ。そして・・・。火攻めのあとは、水攻め・・・。」
「水攻め・・・。」
「そう、あの山の上に池があるの。一時的に流れる量をふさいであるわ。頃合いを見計らって一気に水攻めよ。」
エリアンヌが指をさす方向を見ると、キラッと光るものが見えた。
その光は、幅を増し、アルカイド国兵士たちの方向へと進路を取った。
ごうごうと地響きを上げて襲い始めた。
ジルは、戦場に立つのは初めてだが、こんなことは戦場では当たり前のことなのだろうか、戦場とは恐ろしいものだとまた、身を震わせた。
それにしても、あの王子はあの美しく穏やかな風貌でとんでもない策略家だ。
アルカイド国の軍隊は、魔物と炎と水犠牲者の処置と保護に追われ、砦を目の前にして動きがなくなった。
この間に、砦の一室に主だったものが集められていた。
エリアンヌ、ドラガ伯爵親子に、アラン、ジルがその場にいた。
やおらドラガ伯爵嫡男グスタフが状況報告を始める。
「斥候の報告によりますと、敵兵力一万五千のうち、半分近くが戦闘不能に陥った模様です。こちらが無傷で半数を削ったことは行幸かと・・・。今だ戦力差は開いております。しかしながら、多くの兵力を失い、かなり戦意を喪失しているのではないかと思われます。」
「なるほど、このままこの砦で迎え撃ち、時間を稼ごう。さすれば、援軍も来よう。」
ドラガ伯爵のヴィルヘルムが顎に手を当てて、報告に応えた。
「援軍は、どのくらい集まるのでしょう。」
「第一王子派の貴族の内、グラフ侯爵、サージェント侯爵、ミドルス伯爵に密書を送りまして、応援を頼んでおります。おそらく四日ほどかかるものと思われます。敵軍が体勢を整えて攻撃してくるまでに1日はかかるmのと思われます。予想兵力は6000わが方と合わせますと、敵に対抗するには十分かと・・・。」
エリアンヌ援軍の規模を聞き、グスタフが応えた。
「ドラガ伯爵の兵士で弓の腕の立つ兵士と剣の腕の立つ兵士をそれぞれ3人ほど選出していただきたいのですが
・・・。」
「それは、一体どういう意味があるのですか。」
「実は、私、戦闘力を上げる魔法が使えます。戦闘序盤で、砦前で攻めてくる敵兵を弓で攻撃する兵士に、魔法をかけ、能力を向上させます。そして、いよいよ接近戦の時に剣の腕の立つ兵士に魔法をかけるのです。ですから、弓の得意な兵士には赤い布を腕に巻いていただき、剣の得意な兵士には青い布を巻いていただければ、それを目印に頃合いを見て、魔法を掛けます。」
「・・・・。」
「・・・・。」
一同、エリアンヌの提案に息をのんだ。
「わかりました。3名ずつ選んで、赤い布と青い布をつけさせましょう。」
「お願いします。それと、アランとジルもそれに含まれます。ジルは、魔法も使えますね。魔法も能力向上します。」
「えっ・・・はい。俺一度かけてもらいましたが、体が軽くなって、動きがよくなるのは分かりました。魔法もなんですね。」
ジルは、期待に目を輝かせた。
さて、敵もさることながら混乱の中態勢を早々に整えてきた。
翌日の昼には、砦を取り囲む形で四重の隊形を作ってきた。
睨み合っていると、こちらに向かって疾駆する一騎が見えた。
「・・・戦闘を回避したければエリアンヌ殿下の身柄を渡すようにと伝令を送ってきたが、はねつけてやったわ。」
「では、いよいよ戦闘開始ですね。」
伝令の持ってきた文書を握りつぶし、伝令が戻っていくのをドラガ親子は見つめていた。
敵方から銅鑼が鳴り響き、鬨の声が上がる。
一斉に軍勢が動き出した。
一列目には弓矢隊が盾を構えて突っ込んでくる。
射程距離に入るや、弓矢を射かけてきた。
こちらは、砦の上方から射かけ、分がある。
頭には兜、背中には弓除けの盾を背負い、弓矢隊が上から矢を降らせる。
ジルは、一発必中盾、合間をぬって、次々に敵の弓隊に命中していく。
エリアンヌの魔法によって、弓の飛距離も威力も各段に伸びていた。
隣で矢を射るアランもジルに負けてはいない。
瞬く間に、それぞれ五十ほどを戦闘不能にした。
ジルとアランほどではないが、弓の精鋭たちもエリアンヌの魔法によって、次々に敵を倒していく。
「団長殿、わが方次々に敵の弓によって兵が減っております。」
少し小高い場所に天幕を張って、戦況を俯瞰していたシュミッツは、最前線で次々倒されていく味方の兵士たちを呆然と眺めていた。高低差はあるものの、まったく勢いを失わず、兵士たちを吹き飛ばすほどの勢いのある矢が放たれていた。
「なんという精度と威力だ。あんな、弓使いがあの伯爵領にいたのか。しかも、複数いるではないか。」
アルカイド国、シュミッツ団長は額に汗をたらしながら、唸っている。
おかしい・・・。
大量の魔物に火攻め、水攻め、砦の兵力増強・・・圧倒的な兵力差から楽勝できると踏んでいた戦いに、このままで勝てるのかと焦り始めていた。
「弓の攻撃の薄いところに兵士を集め、壁を突破するぞ。」
ジルは、アランとアルを両脇に次々に矢を放つ。
放った矢は、敵兵たちを倒していくが、遠目のせいか、人を射ているという感覚がない。
圧倒的兵力差に、やらなければこちらがやられるという追い立てられるような焦燥感に包まれていた。
それと、エリアンヌにかけられた魔法による能力向上によって、軽々と引く弓で鋭く飛んでいく矢に高揚感を味わっていた。
「いけいけ、いっけー・・・。」
そんな中でも、時折敵の弓矢にあたって、味方が倒れていくのが、目の端に移る。
敵もやられてばかりではない。
盾を構えて、じりじりと間合いを詰めてきた。
最前列が砦の壁、すぐそこまで迫ってきた。
無数の鍵付きの縄と梯子がかけられる。
いくら弓を射かけても、数の暴力に押し切られそうになる。
「ジル、ここを頼む。」
アランはそういうと、手薄なところに向かった。
ジルは、必死に弓を射かける。
背後に人の気配があった。
「あなた、なかなかのものね。剣も使えるのかしら。」
「剣もアラン兄さんほどではありませんが、使えます。」
エリアンヌであった。
エリアンヌは、なにか呪文をつぶやくと、ジルに向かって魔法を放つ。
掛けた魔法が切れかかっていたのか、再度魔法をかけられた。
ジルに魔法をかけ終わると、盾で体を守りながら、次々に兵士に魔法をかけて回る。
おそらく、エリアンヌの魔法がなければ、三分の一ほどの能力に落ちるのではないだろうか。
ジルは、また次々矢を射かけ、梯子や縄を登ってくる兵士を射落とそうとする。
しかし、兜と鎧に守られて、なかなかに矢が通りにくい。
もう、こうなったら・・・。
「アル、頼む。しばらく俺を盾で守ってくれ。」
「えっ・・・。わかった。」
ジルは、腹部に意識を集中させ、魔力を廻らせる。
手を突き出し、かっと目を見開いた。
ごうっとジルの手から炎が放出される。
敵のかけた縄に火が燃え移り、敵兵にもその炎が達し、驚き下に他の兵士を巻き込んで落ちていった。
「ジル・・・。なんで。」
「ジークフリート殿下に教えてもらったんだ。」
呆然とするアルに、ジルは次を促す。
「アル、盾を頼んだぞ。」
「ああ・・・わかった。」
盾を構えなおして、アルはジルについていった。
戦況は膠着状態のまま、一日が過ぎていった。
夜になり、敵軍もいったん引いて、陣地を張っている。
夜間だからと油断できない、闇夜に紛れて敵が侵入してくるかもしれない。
しかし、今夜の月は明るく、煌々と闇夜を照らしている。
順番で休息を挟みつつ、ジルたちは、砦の壁面上で待機中だ。
「ジル・・・どうなることかと思ったけど、何とかなってるな。」
闇夜に浮かぶ明るい月を見上げてアルが大きく息を吐いた。
「ああ、このままいけば、援軍が来るまで、持ちこたえられるかもしれない。」
「ジル、魔法を使ったって。」
「そうなんですよ。アランさん。もうすごいのなんのって。炎がゴーってジルの手から飛んでってもうびっくりしたのなんのって・・・。」
「城にいる間に、ジークフリート殿下が、俺は魔法が使えるだろうって、教えてくれたんだよ。」
「そうか。殿下が・・・・。」
ふーっと息を吐きつつアランが言った。
「へー。ってことは、ジークフリート殿下も魔法が使えるの。」
「ああ、風の魔法を見せてもらった。」
「エリアンヌ殿下も魔法が使えるし、銀の髪の人って魔法の才能があるってことなの。」
アルに言われて、はたっと思った。
共通点といえば、銀髪だと。
それに、エリアンヌ殿下と自分はよく似ている。
「兄さん。父さんからなにか聞いてる・・・。」
アランはじっと目をつぶって、話し始めた。
「殿下方の母君がエルフだというのは知っていたか。」
「そうなの・・・・。」
アランは、深く二、三回頷いた。
「ああ、そして、お前の本当の母親もエルフだ。」
ああ、なるほどと納得した。
エルフの血を引いているから銀髪だったんだ。
エルフは、森の中に集落を作って住んでいて、なかなか人里に降りてはこないものの、中には人と所帯を持ち、子をなすものもいるのだ。
その絶対数が少ないため、めったに出会わないだけで・・・。
それが、俺だったのか。
あの王子は、自分たち兄妹と同じ銀髪を持ち、エルフの血を受け継ぐ俺に親近感を持ってくれてたのか。
俺も、自分の同胞を見つけた気分だ。
ジルは、夜空の星を眺めながら、ジークフリート王子、いやジーク兄さんの無事を祈った。




