銀の髪の王子の大暴れ
王宮ではバタバタと足音を響かせて、宰相ヘルマン・フックスの私兵たちがジークフリート王子とエリアンヌ王女を血眼になって探していた。
夜中に暴れまくって、手を焼かせた王子が朝になって全く姿を見せなくなった。
「いったい何をしているんだ。この人数で、王子と王女を見つけられないとは。」
ヘルマンは、地団駄踏んで叱り飛ばした。
「申し訳ありません。手分けして探しているのですが・・・。あれだけ暴れたのですから、そろそろ疲れが出ていることでしょう。見つけることさえできれば、捕らえることは難しくないかと・・・。」
「ええい、何でもよいから、早く捕らえるんだ。」
王宮の台所では、食品置き場に50代ほどの腹の突き出た男、料理長のコンラートがいた。薄暗い食品庫に手燭を持ち、樽のふたを開けると、銀色が目に飛び込んできた。
「ジークフリート王子殿下。」
そっと、ささやきかける。
「うーん。コンラートか。」
どうやらこの王子、先ほど樽の中に入ったばかりだというのに、寝ていたようである。
「王子、お腹がおすきでしょう。これでも召し上がってください。」
料理長のコンラートが、パンにハムと野菜を挟んだものと、果実ジュースを渡した。
以前、ジークフリートの食事に毒が盛られて、命の危険に晒されたことがあったときに、このコンラートはずいぶんと、責任を感じていたのだ。
そのことを、ジークフリートもよく覚えていて、夜が明けて、一番に台所にやってくる料理長のもとへやってきたのだった。
今、王宮中をこの王子を探して大騒ぎなのに、そんなことはお構いなしで、のんびりと食事を楽しんでいる。
「ありがとう。ついでに、メイド服と化粧とかつらを持ってきてくれるかい。」
「お安い御用ですが、変装なさるんですか。」
「けっこう似合うと思うよ。」
樽の中で、ジークフリートはにっこり笑って、ウインクして見せた。
「おい、そこのメイド。ジークフリート殿下とエリアンヌ殿下を見かけなかったか。」
「さあ、存じません。」
やけに、背の高い赤髪のメイドは箒で床を掃きながら、首を傾げ、魅惑の笑みを浮かべて答えた。
宰相の私兵たちは、メイドに化けたジークフリートにまったく気づくことなく、ばたばたと走り去っていった。
メイドは、箒と塵取りを持ったまま、優雅に歩き出す。
とある部屋に着くと扉を叩いた。
「誰だ。」
「殿下、申し訳ありません。王妃様は、いらっしゃいますか。」
「母上は、ご自分の部屋であろう。」
その返事を受けて、入室の許可を出していないのにメイドは部屋のドアを開ける。
部屋に入ってきた見覚えのない背の高い赤髪のメイドはが、フランツ第二王子に近づいてきた。
「母上に用事なのではないのか。」
美しい琥珀の瞳、白皙の肌に赤い口紅がなまめかしいメイドに問いただす。
「フランツ、王宮に宰相が私兵を放って私を追っている。」
そういうと、メイドは赤髪のかつらをとった。
今までも、兄王子は美しいとは思っていたが、こうして女装し化粧まで施された姿は衝撃だった。
「まさか、兄上ですか・・・。」
フランツはぽかんと口を開け、唖然としてしまう。
「やはり、何も知らなかったのだな。」
「まさか、母もかかわっていると。」
眉根を寄せて、ついに、とんでもないことを・・・と思う。
「あの宰相が独断でこのようなことをするはずがあるまい。」
「なんてことを・・・」
手を額に当ててふらついたフランツをジークフリートが優しく抱きとめる。
「フランツ、私につけ。私は、お前が惜しい。」
ジークフリートは、フランツの背中を優しくさする。
「幼いころに一緒に遊んだのを覚えているか。お前は、エリアンヌのこともかわいがってくれていた。信用できない大人たちの中で、お前は私たちの血のつながった兄弟だ。」
フランツの脳裏に、幼いころのジークフリートとエリアンヌの姿が浮かぶ。
よちよちと兄2人の後を追ってきたかわいらしい妹。
その手を両側からそれぞれ握って、微笑み合った兄2人。
さあどうぞと手渡した花を受け取って満面の笑みを浮かべた妹のかわいらしい様子を思い出した。
「兄上・・・。」
母は、すでに亡くなったユリア王妃に対する対抗心しかない。
いつも、自分と優秀なジークフリートを比べては、届かないフランツをなじる。
どんなに努力しても、母が見ているのはジークフリートで、兄に勝てない自分はふがいない息子でしかない。
もういい加減疲れ切っていた。
「お前は優秀だよ。私はお前が努力を怠らなかったのを知っている。追ってくるお前に脅威を感じていたのは私だからな。」
「えっ・・・・。」
体を離して兄の顔を見る。
ジークフリートはやさしい笑みでフランツを見つめていた。
この兄は、そんな風に自分のことを見ていてくれたのか、認めてくれるというのか。
実の母さえ自分を見てはくれなかったのに。
「お前が私についてくれるのなら、悪いようにはしない。まったく自由とはいかないが、シーラ王妃の命まではとらないと誓おう。さあ、私の手を取れ。」
大きく頷き、差し出された手におずおずと手を重ねる。
ああ、なんて優しい手なんだ。
その手のぬくもりに、今までの心の重しが溶けてなくなるのを感じた。
「では、シーラ王妃はお前に任せるよ。」
この兄は、敵側である私に首謀者である母の仕置きを任せてくれるのか。
私が裏切って、母の側に着くとは思わないのだろうか。
「私に一任していただけるのですか。」
「ああ、お前の母ではないか。」
フランツは、こんなに信用してもらえるなんて、もうこの人を裏切れないと思った。
背の高い赤髪のメイドはそっとフランツ王子の部屋を出て、手に箒と塵取りを持ち、階下に降りて行った。
すると、食堂の方からなにやら大声と体当たりでもしているような音が聞こえてきた。
そこへ、行ってみると、扉は大きな家具で塞がれていた。
「ふーん・・・。」
赤髪のメイドは、廊下の窓を開いて、足を掛けた。
王宮の食堂には、昨夜宰相フックスの命により、近衛騎士たちが集められていたのだが、鍵を掛けられて、外に出られないでいた。
「いったいフックス様はどうしてこんなことをなさったんだ。王宮内が騒がしいようだが、何が起こっているんだ。」
近衛騎士団長のデニスは苛立っていた。
どんなに扉を叩いても、押しても、扉の向こうがなにかで塞がれているようで、びくともしない。
デニスは、とんでもないことが起こっているんじゃないかと気が気ではない。
「団長、窓に誰かいます。」
見ると、窓に人が張り付いている。
こんな高所の窓に人がいるなんて、落ちたらどうするんだと焦った声を出した。
「窓を早く開けるんだ。」
窓から入ってきたのは、やけに背の高い赤髪のメイドだった。
「デニス、私だ。」
メイドが赤髪のかつらを取ると見慣れた銀の髪が現れた。
「まさか、殿下・・・。」
驚きすぎて、それ以上言葉が出てこない。
顔に化粧が施され、それだけ見ると妖艶な美女である。
「宰相フックスが私兵を王宮に送り込んで私の命を狙っている。この中の誰かと服を替えてくれ、まさかフックスもお前たちの命までは取るまい。このまま、ここにいて、お前たちに混じって外に出よう。」
「・・・・。はっ、おいテオ、服を交換して差し上げろ。」
メイド服を着せられ、惨めにもじもじしているテオを尻目に、服を替えた殿下は、ああ疲れたとばかり、椅子に座り、テーブルにうつ伏して眠り始めた。
この王子は、肝が据わっているにもほどがある。




