銀の髪の少年は伯爵領にたどり着く
ゴトゴトという音と体の揺れで、うっすらと目を開けると、荷馬車の中に寝かされているのが分かった。
なんで、こんなところに寝ているんだと、ぼーっとした頭で考えた。意識はまだ霧の中にあった。
「王子。」
昨夜のことを思い出し、飛び起きる。
確か、宰相の私兵に襲われて、王子とアランが部屋に逃げ込んで・・・王子はどうなった。
「ジル。目が覚めたの。」
「アル、ここはどこ。王子は、王子は・・・。」
アルは、荷馬車に座った膝に握りこぶしを並べ、うつむいた。
「あれから、俺たちは抜け道を通って脱出したんだ。王子は、一緒に来なかった。そのあと、王子がどうなったかは分からない。」
肩を震わせ、握った拳に雫がぽたぽた落ちた。
「なんで王子を置いてきたんだ。」
俺は、掛布を握りしめ、大声で叫んでいた。
いくら、王子が剣の達人でも、魔法が使えても、敵の手に落ちた王宮の中に置いてくるなんて、正気の沙汰じゃない。
すると、馬車が停まって、アラン兄さんが荷台に乗ってきた。
「兄さん、なんで王子を守ってくれなかったんだ。俺は、王子を守るって約束したんだ。」
「ジル、殿下はあの広い王宮で信用できる者がいなかった。ジルに会えて、心を許せることができて、うれしかったんだと思うよ。それに、エリアンヌ殿下を守るためにも、ジルにエリアンヌ殿下のそばに行ってほしかったんじゃないかな。」
「そんなことで、兄さんは納得できたの。俺はできないよ。」
「俺も、納得はできないが・・・・しょうがなかったんだ。」
俺の目から次々に涙が零れ落ちる。兄さんは眉を寄せて何かに耐えるように口を引き結んだ。
その様子から、兄さんも苦渋の選択だったとは思うが、分かりたくなかった。
串肉をおいしいそうにほおばる顔、剣を差し出してウインクした顔、湖の畔で風の魔法を見せてくれて、一緒に虹を見たこと、いろんな表情を見せてくれた王子が思い浮かんだ。
ジルにとって、兄と呼べるのはアランだが、短い時間で、同じ銀色の髪を持つジークフリートには親近感を抱いていた。そう、兄と呼べるほどに・・・。
「アラン兄さんのバカ。なんで、なんで・・・。」
俺は、声を上げ泣きながら兄さんの胸に拳を振り続けた。
今にも雨が降ってきそうな曇天の中、俺たちはドラガ辺境伯の城についた。
事前に連絡していないにもかかわらず、訪れてすぐに応接室に通された。
勢いよく扉が開くと銀の髪の少女が駆け込んできた。
「アラン、ジル、アル。お兄様は無事なの。」
言わずと知れた、エリアンヌ王女である。
「申し訳ありません。ジークフリート殿下の消息は分かりません。」
アランは、エリアンヌの前で膝をつき、これまでのことを話した。
「なぜ、お兄様は残ったりしたの・・・。」
エリアンヌは、両手で顔を覆い蹲って、声を上げて泣き出した。
傍らに立ったのは、いかにも武人然としたドラガ辺境伯である。
「ドラガ伯爵様でいらっしゃいますか。私、近衛騎士のアラン、こちらは、弟のジルと仲間のアルです。
この度は、エリアンヌ王女殿下を保護くださり、感謝申し上げます。」
「いや、此度は大変なことになったものだ。あらましは、当方の別邸のものが急使をよこしたので承知している。宰相殿の指金とのことだが、独断ではあるまい。」
フードを取り、素顔をさらしたジルに一瞬目を見張った後、伯爵は答えた。
「はっ。裏でシーラ妃殿下、引いてはアルカイド国の関与も考えられます。」
「ここに、エリアンヌ殿下を匿っていると敵も把握しているのか。」
「エリアンヌ殿下は、ここにいるジルを身代わりに、お忍びで出かけられましたので、おそらく、居場所の特定には時間がかかるものと思われます。」
「なるほど、殿下の暗殺をたくらんだなど、そうそう公表できることではないであろう。」
「エリアンヌ殿下が見つからない今、ジークフリート殿下も捕らわれているとはいえ、お命まで取られてはおらぬやもしれん。」
伯爵は、右手を顎に持っていき、ひじを左手で支え、フムフムと思案顔をした。
「其の方ら、王都からここまで逃げ延び、疲れもたまっていよう。ひとまず、休むとよい。部屋を用意させよう。」
人払いをしていた部屋の扉を開け、使用人に告げると、執事らしき男が入室してきた。
「伯爵家の執事、セバスでございます。お部屋にご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」
30代後半と思われるこの黒服の姿勢の良い男に付いていく。
「皆さん、それぞれにお部屋をご用意いたします。アラン様は、手前のお部屋で次にジル様、アル様とお入りください。御用の折は、部屋のベルを鳴らしてください。食事の時間になりましたら、および致しますので、それまでごゆっくりお過ごしください。」
さすがは、伯爵家の執事と感心するほど上品な礼をして、セバスは踵を返した。
アランが部屋で荷物の整理をしていると、ドラガ伯爵が部屋を訪れた。
部屋にあるテーブルの椅子に案内し、胸に手を当てて礼の姿勢を取った。
「ドラガ伯爵様、突然の訪問にもかかわらず、このような部屋を用意していただき、ありがとうございます。」
「アラン殿、堅苦しい呼び名は無しにしましょう。ヴィルヘルムと、呼んでくだされ。」
伯爵は、好々爺然とした笑みを浮かべて、手を前に出し、ゆっくりと振った。
「はい。では、ヴィルヘルム様。」
「単刀直入に言いますが、あのジル殿は、ユリア様のお子ですな。」
「・・・・。」
「いや、エリアンヌ殿下そっくりな顔。それに、あなたはヨハン・グラフのご子息ではないのですかな。」
「・・・・。」
「ヨハンの奥方のヘレーネ殿によく似ておられる。しかも、ジークフリート殿下がわが身を顧みず、ジル殿を逃がしたとあっては、そうと考えるのも当然でしょう。」
これ以上は隠し通せないと見て、話す覚悟を決める。
「ヴィルヘルム殿には、隠し通せませんね。ジルは、エリアンヌ殿下の双子の弟です。ですが、どうかまだ内密にお願いいたします。」
「やはり、そうでしたか。」
「今回、エリアンヌ殿下がジークフリート殿下にお味方するように、説得にいらしたのだが、もとよりあのユリア妃殿下のお子様方に味方するのは吝かではありませなんだ。戦場では、女性ながら獅子奮迅の働きを見せ、命を救われたことすらあるのですから・・・。できうる限り、お二人を匿いましょう。」
「そのお言葉、感謝の念に堪えません。どうか、よろしくお願いいたします。」
二人は固い握手を交わした。




