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銀の髪の兄妹   作者: 銀狐
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銀の髪の少女

 赤毛の髪に金色の混じったハシバミ色の瞳の20代半ばほどと見える青年が静かに目を伏せている。

海千山千の商人でヘザー会長の右腕とも呼ばれているオットーから見てみも侮りがたい存在感を放っていた。

その隣に、影のようにすらりと立ち控えているメイドらしき銀髪のまだ10代前半と思われる少女も、メイドらしからぬ品と威圧感があった。

「それで、仕立ては任せてもらえるということで、今回の取引は成立したと考えてよろしいのでしょうか。」

本来なら老舗であるヘザー商会が下手に出ることなどありえないのだが、今や飛ぶ鳥を落とすほどの勢いで勢力を拡大している新興商会の若き会長カール・リンツに伺いを立てた。

「契約の見直しを求めます。こちらの利益は3割に引き上げていただけるのであればこの件を承知しましょう。」

「なんと、3割ですか。」

うなり声を上げて逡巡する振りをするが、これは想定の範囲内である。ヘザー会長からは、3割までなら譲歩してもよいと承認を得ていたのである。こちらの譲歩ぎりぎりを見定めてきたその慧眼に内心舌を巻いていた。

「分かりました。3割で手を打ちましょう。」

立ち上がって、手を差し出すとやんわりと握り返してきた。

その手は若い割に皮膚が固く節くれだっており、苦労人の手だとオットーはまた、認識を新たにした。

オットーが部屋を退出すると、目の前にある紅茶に口をつけつつ、ほうっと息を吐きだしたカールは、いつの間にか背後から対面のソファーに足を組み、腰を下ろしてゆったりとくつろいでいるメイドを見つめた。

「これで、レント地方のレースの流通を一手に引き受けることができますね。」

カールは、目の前のメイドのお仕着せを着た年若い少女に丁寧に話しかけた。

「そうね、これから貴族の間ではレント地方のレースが流行るんですもの。押さえておいて当然ね。」

「お嬢様が流行を作るのですから、先行投資もリスクなく行えるというものです。」

カールの言に、にんまりと口元を歪めて妖しく微笑み返した。

リンツ商会は、表向きカールを会長として成り立っているが、実質はこの銀髪、碧眼の少女こそが裏で動かしていた。

カールはまだ10代の頃、家族を流行り病で次々に無くし孤児となり行き倒れていたところをこの少女に拾われたのだ。

ほっそりとした肢体に絹のような肌、銀の睫毛に縁どられた印象的な目元に淡い色の形の良い唇の、妖精を思わせる美貌の少女は、実はこのアンブローズ国の王女エリアンヌ・アンブローズであった。


「あら、エリアンヌ殿下のドレスは素敵ですわね。何をお召しになられてもお似合いになられますが、襟元のレースがとても印象的だわ。」

王宮のバラの咲き乱れる庭でお茶をいただきながら、親しくしている侯爵家令嬢のハンリエッタが誉めそやした。

「レント地方のレースなのですよ。この丁寧で繊細な模様がとても気に入っているのです。ドレスのアクセントに使うととても華やかになるでしょう。ハンカチにもほら、素敵でしょう。」

「まあ、ほんとに素敵ですわね。ところで、どちらでお求めになられましたの。」

「リンツ商会ですの。私、ひと目見たときからレント地方のレースにくぎ付けになってしまって。」

お茶に招かれた令嬢たちは、レースに釘付けになった。

中でも、ハンリエッタ嬢父親は王宮の宰相を務め、母親もまた、社交界における影響力があった。

だが、自身の手腕で流行を作り出すためには、皆に認められる新しいアイテムが求められる。アイテム探しには娘のハンリエッタも一役買っており、年若い令嬢とのお茶会であろうと目を光らしているのだった。

ハンリエッタ嬢からレント地方のレースの情報を母親へ橋渡しをすれば、瞬く間に社交界に流行をもたらすのである。

15歳が社交界デビューと言われている貴族社会において、いまだ14歳のシャロットではあるが、すでに社交界の妖精とうわさされており、社交の場に出ずとも密かに注目を集める存在だった。

 

 令嬢たちとのお茶会を終えたエリアンヌは、王宮の中庭を散策していた。

王宮の庭は、今は盛りにと薔薇が咲き誇り、甘い芳香を放っていた。花につられて蝶が舞飛び、この世とは思えぬ情景を作っていた。

その中に、日が落ちかけた茜色の光を浴びてエリアンヌの頬をバラ色に染まり、瞳を輝かせていた。

「エリアンヌ殿下。」

もうそろそろ、部屋に戻ろうかと振り返ると、そこに行く手をふさぐような形で、若い男が現れた。

「あら、カイル様、ごきげんよう。」

エリアンヌは張り付けたような笑みを浮かべて、いやな奴に出会ったと宰相子息カイル・フックスに対峙した。

「この薔薇園の中にあって、殿下はさしずめ薔薇の妖精。薔薇たちも殿下の美しさの前では霞んでしまいます。」

いやらしい目で見つめる男がエリアンヌの手を取った。

小太りのその男の手はじっとりと汗で濡れており、いやらしい目つきで見つめられ、嫌悪感を抱かずにはいられない。エリアンヌの背にぞわりと悪寒が走り、全身に鳥肌が立ち、叫びだしたいのを必死でこらえ、柔らかな笑みは崩さなかった。

「カイル様、お手をお放しください。私、もう恥ずかしくて卒倒してしまいそうですわ。」

「失礼いたしました。せめて、お部屋までお送りさせてください。さあ。」

カイルは、エリアンヌの手を放さず、そのままエスコートしようと横に並ぼうとした。

エリアンヌは、汗ばんだカイルの手をたたき落としたいのを我慢して、笑みをひきつらせた。

「このカイル、エリアンヌ殿下をお慕いしておりますことをお忘れなく。殿下ももう14歳におなりですから、婚約者をお決めになってもよろしいのでは。殿下が一言私を望むと、ジークフリート王子殿下に言ってくだされば、私が終生お守りいたします。」

突然跪いたカイルが、エリアンヌの手を捧げ持ち、その手に口づけてきた。

「素敵なカイル様にそのように言っていただいて、大変光栄に存じますが、申し訳ございません。私、お兄様のことで頭がいっぱいで、他のことに思い至ることができませんの。」

それだけ口にすると、青白くなった顔を伏せ、もう無理とばかりにめまいがした。

ふらりと傾いだその身を後ろから支えた手があった。

「カイル様。エリアンヌ殿下はご気分がすぐれない様子。私がお部屋までお運びいたします。」

近衛騎士のアランがカイルからエリアンヌを引きはがした。

「アランか。いやいや、殿下はこの私がお運びしよう。」

「お父上の宰相閣下が、カイル様をお呼びですので、お早くどうぞ。」

「いいところで・・・。アラン、エリアンヌ殿下を丁重にお運びするんだぞ。」

カイルは、頭が上がらない父親のもとへと急いだ。

「大丈夫ですか。殿下。」

「ありがとうアラン。助かったわ。心にもないことをいうのは疲弊するものね。お兄様の地位が盤石になるまで、敵を作るわけにはいかないのよ。」

胸を押さえて今にもうずくまりそうなエリアアンヌに、黒髪に、きりりとした涼し気な目元の23歳の近衛騎士は、エリアンヌを横抱きにして、歩き出した。

先程、カイルに触れられて鳥肌が立つほどの嫌悪感がたちどころに薄れていく。

通常、近衛騎士は貴族で見目もよく、実力も相応なものが選ばれるのだが、アランは、若くして武術大会で優勝した実力を認められ、平民としては特例で近衛騎士に抜擢されたのだ。剣の腕だけでなく、平民にもかかわらず、どこで学んだのか知識も深く、判断力にも優れ落ち着いており、貴族たちから妬まれるほどであった。

俊敏な動きで他を圧倒し、武術大会で優勝した凛々しい姿にエリアンヌの心は釘付けになった。

容姿も能力も完璧なジークフリートを兄に持ち、日々接しているエリアンヌは、大抵のことでは男性を意識することはないが、このアランだけは別なのだ。

たくましい胸に抱かれ、美麗なアランの顔を間近にして、エリアンヌの胸はこれ以上にないほど高鳴り、顔に熱が集まった。アランに抱えられる機会を得られるなら、カイルの存在も役に立つものだと、ほくそ笑む。

(抱えられて、こんな間近でアラン様のお顔を見れるなんて、幸せだわ・・・。)

エリアンヌは自分の美貌に男たちがどんなに夢中になるか、この年でよくわかっていた。ところがこのアランには、他の男たちがエリアンヌのちょっとした仕草に頬を赤らめたり、もじもじ怪しい動きになったりするはずのそれがない。

今も、エリアンヌを横抱きにして、こんなに間近に接しているにもかかわらず、平気な顔をしている。

常々、なにくれとなく世話を焼き、今回のように気遣ってはくれるのだが、あくまで職務上の域を出ない。

エリアンヌにとっては、アランこそ自分を意識した反応を見せてほしいものだと期待しているのに、自分の方こそがもじもじと怪しくなってしまっている。

「殿下、お部屋に着きました。もうお立ちになられますか。」

「ありがとう。もう大丈夫よ。」

下ろされた拍子に、わざとよろけて見せる。

「殿下。まだ、足元がおぼつきませんか。」

抱きとめたアランにすがり、必殺の上目遣いで目を潤ませてみる。この角度なら、窓からの光が当たってきっとアランからは輝いて見えるはず・・・。

見つめあってみるが、エリアンヌの方が耐え切れなくて、顔を真っ赤に染めて、うつむいてしまう。

おかしい。他の男なら一発なのに・・・。

「殿下。お顔が赤いですね。体調を崩されましたか。」

うつむいた顔にアランが顔を寄せて様子を伺う。

「アラン様、近いです。」

「これは、失礼しました。」

心臓が破れるかと思うほど、脈を刻む。エリアンヌは、胸を押さえて大きく息を吐いた。



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