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とある春夏秋冬の4コマ

とある春初の一コマ

作者:

「有った……良かった」


 見上げた掲示板に、手元の紙と一致する三桁の数字を見つける。安堵に大きな息を吐いた。

 一緒に発表を見に来た母さんなんかはさばさばして「あら、良かったじゃない」なんて言ってるが、こっちの緊張をもっと汲み取って欲しいもんだ。


 今日は志望校の合格発表だ。なんとか公立の進学校に入ることが出来た。自分としては「ギリギリ」なつもりはないけれど、不安もあったので気分としては滑り込みである。

 田舎の進学校は狭き門だ。他の近隣高校だとまともに進学しているのは私立で、それ以外は工業農業商業系かヤンキー高校しかない。ちなみに私立から進学してるのも系列私立大学が主で、就職先は地元の事務職である。夢がない。


 緊張で狭くなっていた視野が急激に広がった気がする。周囲を見回せば、さっきまでは意識することもできなかったいろいろな物を、脳がちゃんと認識する。

 これから通うことになる校舎。

 後ろで中学生たちを眺める高校の教師たち。

 高校の眼の前の川沿いに植樹された桜並木と、寒そうな木にびっしりとついた蕾。

 泣き崩れているサクラ散った、どこかの受験生。

 そして、同じように周りを見回している、一人の少女。


 きれいな子だ、と思った。僕はロングヘアー巨乳教の信者なのだが、肩に触れない程度のボブカットと、すらりとしたスレンダーな彼女を見て、一瞬で周りの景色が目に入らなくなった。

 彼女と同級生になれるのか。願わくば、同じクラスや隣の席になれると……。


「タクちゃん!!」


 周囲が振り向くような大きな声で彼女が叫んだ。

 誰のことだ、と思って振り向いたがみんなこちらを見ている、彼女に手を振っているタクちゃんとやらは見当たらない。


「いやいや、君のことだから」

「おわっ!?」


 いつの間にか眼の前に接近していたさっきの少女が、僕に話しかけてきた。


「は?オレ?」

「えっ?色羽 拓人(いろは たくと)くんでしょ?神奈川出身の」

「そうだけど……」


 なんで知ってるんだ。こわっ。ちなみにここは神奈川ではないし、僕は県外に名前が知られるようなことは何一つとしてしてこなかった。

 美少女だけどやばい美少女なのだろうか。どうやって逃げよう。

 そう思っていると、背後の母親が社交的な甲高い声を上げて手を振り始めた。


「あらあらあら。水澄さんじゃない!お久しぶり~」

「えっ、色羽さん?おたくの子もココ受けたの?」


 彼女の後ろに立っていたおばさんと、うちの母親が親しげに会話を始める。


「水澄?」

「あんた覚えてないの?」


 忘れてた。けど、思い出した。


水澄 春香(みすみ はるか)、さん?」

「うっわ。"さん"だって。合ってるけど他人行儀~。っていうか、気付かなかったの?ショック。バレンタインのチョコも毎年上げてたのに~」

「保育園と幼稚園と小学校一年生までの話だろ!小学生の外見ならともかく高校生になってたらわかんねーよ!」


 苦笑した母親同士が離れて世間話を始めている。

 うぅっ、くそ、恥ずかしい……。

 しかし、改めて目の前の少女を、見る。

 勝ち気な目、ハキハキとよくしゃべる口、ちょっと低めの鼻先をカリカリと掻く仕草。

 あぁ、なんとなく思い出せてきた。


「ずっとお絵かきしてた水澄さん?」

「あはははっ、やめ、やめてっ。幼馴染みにそれはない!」

「木登りして蜘蛛に驚いて落ちた、は、春香さん?」

「それはタクちゃんもじゃん」

「助けてって言うのに落ちてきて巻き込まれたんだろ」

「かわいくなーい。恥ずかしそうにチョコを受け取ったタクちゃんはどこいったのー」

「ここだよ。そういやホワイトデーに上げた飴を目の前ですぐガリガリ噛み砕いておばさんに怒られてたよな」

「わーっ!それは忘れて!」

「えーっと、」


 他にも思い出してきたことはあるが言葉に詰まる。

 ハルちゃん、なんて。今更呼べるかよ。


「春香」

「あ?」

「春香って呼べばいいよ。高校生になるんだもん、恥ずかしいよね。それともハルちゃんって読んでくれる?」


 にひひ、と笑う彼女にあおられて顔が熱くなる。

 女子を呼び捨ては、交換条件になってねぇ。なってないが、


「は……春香」

「うん、オッケー。ま、私はタクちゃんって呼ぶけど」

「なんだそりゃ」


 一気に気が抜ける。

 僕の緊張を少しでもわけてやりたい。


 母親同士も挨拶が終わったみたいだ。

 帰るわよ、と促されて互いに手を振る。

 車に戻ってシートベルトをまき、ようやく人心地ついた。


「春香ちゃん、かわいくなってたわねー」

「……そうかな?」

「あんたはかわいくなくなったわねー」









 四月。

 隣のクラスからやってきた美少女が最初の休憩時間で扉を開け放ち、


「タクちゃんいますかー?」


 とやったもんだから、僕の三年間のあだ名は彼女に決められてしまった。

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