交渉は成立です?
結局あの後は何事も無く夜が明けてしまった。例の領主殿は顔を出してすらいない、来たのは少々の小銭を持った悪漢数人だ。
窓の外を見れば太陽が地平線から昇ったばかり、騎士団の宿舎に居た時の話だとこれ位の時間だと気の早い店くらいしか開いてないそうだ。用があるのは武具屋とギルド…朝食でも食べてたら丁度良い時間になるかな?
そんな欲望に忠実な自分の腹は小気味良い音を立てていた。階下から小麦の焼ける臭い…パンか何かだろうか?
そんな事を考えてたら扉からノックの音が響いた。
「失礼します、宿泊の際に申しつけてました湯桶をお持ちしました」
…そういえばそんな事を頼んでいたっけ。昨夜のドタバタで忘れていた。
部屋の鍵を外して、ドアを開くとそこには少女がいた。傍目から見て10歳前後、宿の制服なのかカウンターにいたおばちゃんと似たような服を身に着けている。人の顔をじろじろと見る趣味は無いが、今まで見てきた人達と比べると割と整った顔立ちだ。そして何より特徴的なのは頭の天辺付近にある犬を思い出させるやや垂れ気味の耳だ。
「…えっと、お客様?」
「あ、あぁすまない、椅子の横辺りに置いといて貰えるかな?」
かしこまりました、と言って部屋の中に入り桶を椅子の横の床へ、タオルをその近くのテーブルへと置く。その作業をしている間に、ちらりと制服の襟の隙間からなにやら不思議な気配がする首輪が見えた。…もしかして奴隷の子なのだろうか?
「それではお客様、湯桶の方が使い終わりましたら部屋の外、ドアの前辺りに置いて頂ければ朝食の間に片付けておきます、それでは失礼します」
使い終わった後の事を簡単に説明をすると、彼女は軽くお辞儀をして部屋を後にしていった。…夜の間に色々あった訳だし、さっさと汗を拭いてしまって朝食でも食べよう…さっきから腹の虫が騒がしい…。
半裸になり、程よく暖かい湯桶に足を突っ込んで足湯のような事をしながら上半身を拭いてゆく。別に時間を掛ける事でも無いのでささっと拭いてしまい、少々名残惜しいが湯桶から足を出し水気を拭ってゆく。
「とりあえず贅沢は出来ないから暫くはこんな感じだろうが、湯船に浸かりたいもんだなぁ…」
風呂の様なものではなく、湯桶を渡される事を考えると色々とコストの問題があったりするのだろう、薪代とか水の確保とか…。火山地帯の近くに行ければ温泉とかあるだろうか?少なくとも風呂の恩恵は暫く受けれないだろうなぁと溜息混じりに湯桶と使ったタオルを部屋の外へ置いて食堂へ向かう。
食堂に下りると鍵を見せるように言われた、どうやら注文している客かどうかの確認に鍵の部屋番号を使っているらしい。
持ってきた鍵を見せると食堂の窓際の席へと案内された。案内と一緒に出された飲み物を飲みながら朝食を待つ、香ばしくて良いなと思い案内の男性に聞いた所、出来の悪い小麦を適度に挽いて焦がした物を煮出したものだそうだ。この町では年中通して飲まれているお茶だそうだ…後で買い付けておこうかな。
少しして運ばれてきた朝食は焼きたてのロールパンにジャガイモのポタージュ、それに茹でた鳥肉の野菜サラダ、冬入りだというのにそれなりな気がする。
「冬入り前なのに野菜が多くて不思議ですか?うちの宿屋で専属契約している農家が量は少ないですけど年中通して野菜を納品してくださるんですよ!」
温室のような環境を独自に開発した農家でもあるんだろうか?気にはなるが顔を出すほどの話じゃないだろう。スープとサラダを食べながらのんびりと朝を過ごす。とりあえず昼までに昨日の余剰鹵獲品の処理、その後はギルドで報奨金を貰って領主殿の出方を見て簡単なクエストでも受けて午後は潰そう。支払いをするのか、交渉をするのかは夕方か夜にギルドに戻ってきた時でも良いだろ、ここまで待てばどうするか決めれるだろう、腐っても領主、決断が遅くなればなるほど自分の思う通りになりようが無いのだから。
朝食を食べ終わり、麦茶の様な物をのんびり飲んでいると誰かが食堂の入り口で話しているのが目に入った。視線を送ると燕尾服で決めた、初老の男性がなにやら話している、受付の男性がこちらを指し示しているのが見える。案内された男性は真っ直ぐこちらに来る。
「オウル殿…でお間違いございませんか?」
「そうだが…あんたは?」
「わたくしはこのトゥエンス領ベルト地帯の領主様…先日毛皮を購入したいと申し出たバウロン男爵の執事でございます」
「ふーん…で、その執事殿が何用ですかね?」
「先日の件について、男爵様がご了承なさりましたので物品をギルドの方まで持ってきて欲しいとの事です、これから向かう事は出来ますかな?」
有無を言わせない威圧感がある…がそこではいそうですかと答える気は無い。
「すまないが、こちらにも都合がある…ちょいと用事を済ませたギルドに顔を出すと伝えてくれ、そうだな…昼位にはなると思う」
窓の外から太陽の位置を確認する、大体3分の1ほど昇った所だ…じかんにして9時になるかどうかと言う所か?こっちの世界に時間を把握するシステムがあるか知らないが。
「なるほど、陽光が中天に差し掛かる頃には来ていただけるという事ですな?」
ほう、こっちでは太陽の事を陽光と呼んでるのか…というか一定の教養水準がある人物が、というところが正しいか。市場なんかじゃ陽が昇っただのおてんとさまが回ったから等と言い回してるからそういう事なんだろう。
「…大体ではあるがな、少なくとも落ちるまで遅くなる事は無いと約束しよう」
硬貨袋を1つテーブルに出す。
「昨日保険として持っていた銀貨15枚だ、毛皮の代金を支払うっていうならこいつは返しておく、元々踏み倒し対策として持っていっただけだからな」
「さようでございますか」
特に思う事も無いようで淀みない動きで袋を回収し、中身に相違が無いか確認して燕尾服のどこかに仕舞った。…毎度思うがあの手の収納術はどうなっているのだろうか?
「……で用件はそれだけか?」
「今は、それだけでございます…それでは時間までお待ちしております」
すっと軽く会釈をして食堂を去っていく。あの手合いは中々読めない。少なくとも取引に応じるというのは事実だろう。それならば用事をサクッと済ましてギルドに向かうとするか。
食堂を後にして、部屋で毛皮を籠に丁寧に丸めてしまう。ベルトに手作りポーチ2つを左側に、硬貨袋を2つ右側に吊り下げてナイフ2本を背中側の蔦に鞘のベルト通しに通す。ツェル蔦でまとめた鎧を籠と別に背負う。…籠は良いとして鎧はやっぱり重たい。諦めて全部背負って町の武具屋を目指した。
結果としては大した損傷も無く、3部位1セットで3つもあったのに加えてダガーナイフが6本、それで銀貨6枚だそうだ。そんな物なのかと交渉気味に聞いてみた所、装備自体に使われている皮は良く居る低級の魔獣の皮なので入手自体は難しくなく、内側の鉄板もくず鉄…所謂折れた剣や材料の端材の寄せ集めである為、これ以上は無理だとはっきりと言われた。
まぁ当然ではあるよな、鍛冶スキルがある人間ならば最初期に作る武器防具だ。殆ど魔獣の素材の買取り代金みたいなものなのだろう。ちなみに店に入る時に同レベルの皮鎧を見たが防具だけで銀貨5枚だった。
昨日も見たが採取依頼では大した防具は要らない、目利きが出来れば良いのだ。それを何度か繰り返していけばこの皮鎧くらいなら1ヶ月前後で買える程度にはなるだろう。であれば妥当な所か。
その値段で了承し、鎧のセットとナイフを買い取り台に改めて載せる。事前に確認して貰っていたのでそのまま銀貨を受け取る。
鎧の分だけ身軽になったその足で市場の出店でホットドックのような物を銅貨1枚分頼み、おまけで1つ増えて3つばかしになったそれを食べ歩く。うーむ、結構腹が膨れてしまったが、午後から依頼で出かけるつもりだから丁度良いかな?そんな事を考えているとギルドへついた。
所持品について、状態を含めてこちらに常にまとめて置こうかと思います
オウルの装備・所持品
銀貨46枚(布ポーチA)・大銅貨2枚・銅貨99枚(布ポーチB)
ダガーナイフ:個人防衛用の刃渡りの短い刃物、魔法使いや弓使い等のサイドウエポン(装備2本)
皮の篭手・具足・鎧;一般的に売られている安価な鎧、初心者セットとも言われている(装備1セット)
ツェル蔦のベルト:森で作った簡素なベルト
ツェル蔦のケース:小枝で枠を作りツェル蔦で編んだ簡素なケース(2つ)、HPポーション8本/ポイズンポーション4本・アンチポーション4本、それぞれ布で簡単に緩衝材代わりに巻いている
ツェル蔦の籠:ケース同様の簡素な背負い籠、そこそこの量が入る(20L程度)
ヘルウルフの皮:個体としてはかなりの大型らしく、加工を通せば防寒具やカーペットなど比較的幅広い用途がある
ヘルウルフの肉:解体する際に大量に出来た物、魔獣特有の効果で1週間程度なら問題なく食べれる程度の保存性を持っている(4日目経過)
ヘルウルフの魔核:解体の際に心臓付近で見つけたこぶし大の石、鑑定術で魔核という事は分かっていたが使い道が無いので籠の底に眠ってる
ツェル蔦:使い道がありそうと思って森から出る道中それとなく集めておいた、総量として20mほど、籠の底に眠っている
アイテムポーチ:4つあった内2つを布切れにして、残りの2つに銀貨と銅貨を分けて入れている