商談という恫喝ですか?
ギルドの買取倉庫に呼ばれた理由は簡単だった。
その倉庫の中には作業がしやすそうな、人前に出ても問題無さげの統一された服を着たのが数人、軽装の鎧で固めた厳つそうな男が2人、その間に傍目から見てもなめらかで柔らかそうで着飾ったやや恰幅の良い中年男性が1人いた。
おそらく取引相手が直接赴いた為の対応なのだろう。
「ふん、ようやく来たか…たかが無名の冒険者が待たせよって…」
聞こえるかどうか分からないように小声で呟いたのだろうが、はっきりと自分の耳へ届いた。よし分かった、釣り上げれるだけ釣り上げてやろう。
「オウルさん…こちらの方が今回ヘルウルフの毛皮を購入していただける方です、訳あって素性の方は内密に…」
「あぁ、それは大丈夫ですよ、商売は信用が第一ですから」
暗に外で会ったとしても声をかけないようにとの配慮なのだろう、相手は貴族でこっちは一般冒険者、比べるまでも無い。さて、絵に描いたような傲岸不遜な貴族なんぞ、今後関わり合うとは思えないし支度金をこの場で用意出来てしまうならやってしまった方が良い。…さてさて、どれだけ絞れるかな?
「はじめまして、私はオウル…と申します、今回ヘルウルフの毛皮を買って頂けると聞いて持ってきた次第です」
「ふん、挨拶だけは一丁前だな…ワシはここヘクタ王国トゥエンス領地にある農地の領主である…何でもそれなりに大きく損傷の少ない毛皮を手に入れたとの事だな?」
そうです、と答えて籠の中にあった毛皮を近くの机に広げる。良く金持ちが大きな部屋の真ん中に動物の剥製を広げている様な大きさだ。
「頭の方は荷物検分の際に錬金術ギルドの方が買われてしまったのでもうありませんが、加工をして敷物にするには十分な物と思いますよ?」
それを聞いて、なるほどと言った顔を領主殿は顎を撫でる。隣にいた従者に目配せするとジャラリと音を立ててテーブルの上に銀貨が並べられた。
「そこに銀貨15枚ある、それで買い取ろう」
銀貨を一瞥した後、一瞬だけ周囲を見る。
領主と従者2人はニヤニヤと鼻で笑っているようだ、恐らくギルドで雇われてる買取り役はまた始まったといった顔をしている。どうやら適正価格ではないらしい。
「…なるほど、その値段でしたら……売る訳にはいかないですね」
「ふん、当然であ…なに?」
無名の冒険者、しかも成り立てであれば物価周りも知らずと踏み、そこそこの値段…この町で普通の宿場を3ヶ月借りる程度の金で何とかなると思ったのだろう。
「成り行きとはいえ、確かに良質な毛皮を手に入れたのは事実です…この金額であれば確かに冬を越す程度なら問題ないでしょう」
ギルドへ来る前に相場はさらりと確認してきた、銀貨15枚…一室借りて贅沢せず暮らせば冬越えは問題ないだろう。しかしここに留まる理由は無いし、ましてや冬入りする前に支度金が用意できる可能性がある物をこんな安値で渡す気になれない。
「こちらも事情がありますので王都方面へ早く向かいたい訳ですよ…なので金貨10枚ならお譲りしましょう」
「お…お前…!貴族である私からたかるのか…!」
わなわなと怒りを隠そうとせず真っ赤な顔で震えている。その隣にいる従者も剣の柄に手をかけている。
「いえいえ、私には私の事情があるのです…その金額が無理と言うのであれば、そうですね…この町には防具を仕立てて頂ける店はありますよね?そちらに持ち込んで防寒着として仕立ててもらうのも良さげですね」
にこにこと笑顔を作り相手の出方を見る。それが癪に障ったのか怒鳴るように叫ぶ。
「この無礼者を切り捨てろ!」
隣にいた従者はその一言を待ってましたと言わんばかりに飛び出してくる。血気盛んで困りモノだ。
駆け出すと同時にショートソードを抜き、そのまま右から左へと横薙ぎに切りかかる。半歩だけ踏み込んで剣の根元部分に手のひらの下の方で受け止める、もちろんただ受け止めただけでは刃先位は斬れてしまうだろう。そうならないように受けた瞬間ばねの様に引きながら押し戻す。
予想外の対応をされて相手は一瞬固まる、その隙を逃すほど自分は優しくない。空いた右手を相手の顎を突き上げるように打ち放つ。そのまま相手は仰け反って後ろへ倒れた。…今の頭から落ちたけど大丈夫かな?
わざとらしく左手を振る。
「商談に来たというのに殺されかけるとは…これは迷惑料も申し立ててもよろしいのですかね?」
確認するように周りを見る。赤くなったり青くなったりと忙しない領主以外はこれから起きる事は何も知らないと言わんばかりにする事も無いのに作業を始めた。
背もたれ付きのイスの背を正面に向け、天辺に寄りかかるように座る。
「さて、貴方の手段かどうかは知りませんが殺してでも奪い取る事は出来ませんでしたね…交渉してお互いに納得の金額に話を進めれば良かったのですが、起きてしまった以上仕方ありません…ここで起きた事は喋らない代わりに金貨30枚、これ以上の交渉は無しです」
「そ、そんな大金…!」「先に仕掛けたのは貴方で、私は殺されたくなかったから抵抗しただけです、別に良いですよ?今からこの荷物をまとめて駐屯地に向かい、取引相手に殺されそうになったって掛け合ってきても」
ニッコリと笑う。正直この領主がどうなろうと関係ない、貴族が傲岸不遜なのは聞いていたがここまでとは思っていなかった。今後の対応は慎重にしないと…
「……今は持ち合わせで20枚しかない、後ほど追加で残りを渡すと言うのはどうだ」
「今日中に30枚きっちり頂けるなら」
「無茶を言うでない!今日中など無理だ!」
「…貴方の身に着けてるものはなんですか?見栄と飾りですか?それともはっきりと言わなければ分かりませんかね?」
そこまで言うと彼は押し黙る。身に着けてる金品を質に流せば金貨の10枚位なら用立てできるはずである。
「話はこれでおしまいですね、私は商店通りの所の穂草の宿にいますので、あぁそうだ保証としてこの銀貨と毛皮は預かりますね、逃げるとは思いませんが…一応の為です」
そう言い放ち、テーブルにあった銀貨と毛皮を籠にまとめて倉庫を後にした。