初ギルドです?
あの後、ガルドさんを起こした時に気付いたのだが、プレートの上から叩いたというのに肋骨にひびが入っていたという。歴戦の戦士ゆえか、顔に出さず笑いながら最悪折れてるかもなと言うのだから豪傑である。…一応丈夫な所を狙って叩いたんだけどなぁ、少しだけずれてしまったかな?
その怪我さえなければもう一回お願いしたい所だったらしいがそういう訳にはいかなくなってしまったので、真剣と丸太が広場に用意された。
「…えーっと、これはなんですかね?」
「決まっているだろう、お主の実力を見せて欲しいのだよ」
「引き入れとかを考えているのならば一切合切お断りしますよ?一応目的があって旅をするつもりですから…」
「む、そうか…まぁそれは置いといてお主の技量ならばコレを切るくらい余裕であろう?」
親指で設置された丸太を指す、太さは直径で15cmあるかないか程度…丸太の硬さを考ええれば恐らく鎧を着た人間を想定した太さなのだろう。もっとも、刀剣が半分でも良いので通れば鎧ごと切れるという認識なのだろう。下半分は補強はされているが数回切りつけられた後がある。
「…はぁわかりました、断った所で逃がしてはくれないんでしょう?」
「当然だ、ここは片田舎で周辺には何も無い、せいぜい散歩をしてる老人と朝が早い農夫が居る位だぞ、こんな楽しそうな事は逃せないだろ」
二カっと笑う、それを見て再び溜息をつき棚に並んでいた真剣の、刀を迷わず取る。良い物ではあるが、それだけだ。他の刀剣より使いやすいというのもある。
「それで、切るのは1回でいいのですか?」
「出来るのならば2回試して欲しいかな、そこまでしてくれれば後は解放しよう」
「分かりました…」
諦めて丸太の前に立つ。鞘付きの刀を腰にすえて居合いの構えを取る。そして目を閉じて集中。
…周りの雑音が聞こえる、興味本位で色々と言っているようだ。まだ足らない、周りの音が消えるまで神経を尖らせる。暫くするとしんっと音が消える、まだ、まだ足らない、相手が見えない。今の集中力を維持したまま切るべき相手を探す。
刹那、丸太が目の前に現れる。それと同時に動く、動かせる速度で2回切りつけて鞘に刀身をしまう。
チンッという刀独特の音が聞こえた瞬間、周りの音が戻ってくる。
「…確かに俺は2回切れとは言ったが、一太刀で2回切れとは言ってないぞ」
そういわれて、そういえばそうだと気付く。やらかしてしまったな…。
声をかけられたガルドの方を見て頬を掻く、その横で丸太が3つに別れていた。
「まぁいい、面白いものを見せてもらった…一度テントに戻って汗を流してからギルドへ迎えば丁度良いだろう」
「ありがとうございます、これ以上居たら面倒になりそうなので好意に甘えてそうさせて貰います」
借りた刀を返し、そそくさと修練場を後にする。
「……無名の冒険者、ねぇ」
位置的に一太刀目で左から右へ胴を両断、かえす刃でそのまま首に当たる部分…人であるならば右脇下から首を落とす二太刀目、それを一瞬でやったのだ。この場で見ていてあの瞬間に2回切った事を見れた人間は殆ど居ない、倒れた丸太が3つになって始めて気がついたのだ。ガルド本人ほどの実力者、つまりは部隊長以上の人間以外には何が起きたのかすら気付いていないだろう。
「神は一体何を考えて彼の者を生み出したんだろうな」
誰にも聞こえない呟きは風にかき消された。
籠を背負い町の中を歩く。目的地は冒険者ギルド、冒険者登録と昨日言われていた素材の買取である。
「当分の活動費としては金貨2枚位を移動時の予算目安に用意して旅道具を揃える所からだなぁ」
金貨2枚、稼ごうと思えば2ヶ月で稼げる金額であると言う話だ。ちなみ通貨は賎貨から始まり、賎貨100枚で銅貨1枚、銅貨50枚で大銅貨1枚、大銅貨50枚で銀貨1枚、銀貨50枚で金貨1枚だ。これ以上の物となると商業用貨幣と言って一般人が触れる事は普通は無い白金硬貨とミスリル硬貨と言うものがある。白金1枚で金貨100枚、ミスリルは1000枚だそうだ。商業用とはいえ、何かの手違いで大量の金貨を手に入れた場合、王都の大銀行で依頼をすれば交換してもらえるとの事。まぁ金貨100枚とか1000枚をじゃらじゃらと持ち歩くのは不便であるのだから当然と言えば当然な端だ。
今手持ちには銀貨20枚と大銅貨10枚、これから持ち込む素材が珍しいと言うのを聞いているのでトータルで銀貨25枚くらいになれば良いかなぁとのんびり構える。
そんな事を考えながら市場通りを歩く。値札や掛け声を聞いて考えるに一般的な商品辺りの物価は高くても銅貨5枚、宿屋の宿泊料もグレードによるが大銅貨2~3枚ほど、1ヶ月過ごすならば銀貨1~2枚位という所だろう。
秋の収穫も終わり、冬支度の話を井戸端会議をしている人らからちらりと聞こえてきた。ここに長々と居るつもりは無いが、冬が明けるまで待った方が良いのか、それとも装備を整えて強行軍に出た方が良いのか考える。そんな風に悩んでいたら冒険者ギルドへ辿り着く。
「やる事をやりますか…」
扉を開けて中に入る、軽く周囲を一瞥するとカウンター、依頼書の張られたクエストボード、休憩が出来る様に用意されたスペース。いたって普通の様子だ。複数人の品定めをするような視線を除けば…だが。
特に何かをされた訳ではないのでそのままカウンターへと向かう。
「ようこそトゥエンスのギルドへ!本日はどのような用件でしょうか?」
見た目15歳ほどの女性が聞いてくる。体型こそやや幼く感じるが、ハツラツとした言葉遣いに人懐っこい笑顔で対応する。
「冒険者としての登録と…後この手紙の事について対応できる人にお願いしたいんだが」
「かしこまりました!それではまず登録の手続きの方から説明させていただきますね」
そういって1枚の紙とトランプ程度の大きさのカードを1枚、カウンターの上に取り出した。
「まずこちらの紙にお名前と年齢性別、住居登録してある所在地がございましたそちらも記入してください、職業やクラスの部分については…こちらは記入の必要は無いですね」
不思議そうな顔をしてると簡単に説明してもらえた。
職業はともかく…クラス持ちは騎士団や貴族の私兵団所属で幼少の頃から鍛えられた者、生まれた時点で祝福を授かった者、そういった人物以外はまず持っていないそうだ。
「ギルドカードの登録に必要な魔道具の方をお持ちしますので少々お待ちください」
話を聞きながら記入欄を埋めていると、彼女は手紙を片手に席を離れた。名前はオウル…で良いだろう、性別は男、年齢は…そういえば気にしてなかったな…自分の顔や身体を見る機会なんて無かったからな、うーむと悩んでいると突如18という数字が思い浮かぶ。…それで選ぶのはどうなのかと言われそうだがそのまま18と記入する。
悩んで年齢を記入した所で先ほどの受付嬢が道具を抱えて戻ってくる。
「おまたせしました…書類の方は問題無さそうですね、ではこちらのオーブの方に触れて、その後カードを握るようにしてください」
言われたとおりにオーブに触れて、空いている手でカードを握る。するとオーブとカードが体内の何かを通して繋がるのを感じる。
「…はい、もう大丈夫です、これで登録の方は完了となります、このカード自体が身分の証明書の代わりになりますので他の町や都市に入る際はこちらのカードを掲示していただければ問題はありません、紛失等の再発行が必要になった場合は最寄のギルドで申請をしていただければ銀貨5枚の発行手数料は取られますが再度カードを作ってもらえます」
身分証の代わりとなると無くさないように気をつけないとな。お金も掛かるし。
その後は冒険者ランクについての説明だった。登録したてはGから始まり積み重ねでなれるランクはAまでだそうだ、一応Aの上にSランクという物があるが、これは国から賞与として渡されるものであり、俗に言う勇者や王都守護で一騎当千をしたというある意味伝説級の人物にしか与えられないそうだ。またランクで受領不可のクエストは無いそうだ、Cランク以上で指名依頼を受ける事を嫌がるDランク止めの冒険者等が居る為、実力が認められていればDやEでもC以上のランククエストを受ける事は出来るそうだ。ただし、失敗した場合は通常の違約金の2倍の支払い義務が発生する。
「何かほかに質問はございますか?」
「…いや、大丈夫だ」
「かしこまりました、続いて手紙にありました素材の買取についてですが…こちらでは扱えないので一緒にギルド裏にある買い取り用倉庫の方にご足労頂いてもよろしいですか?」
毛皮1枚で大げさな気はするが問題ない事を伝えると案内をされるままカウンター横の扉から倉庫へ向かう。