どうやら町です?
ヘルウルフとの戦いから一夜明けて…。
出来るだけ皮を傷つけないように時間をかけて肉と切り分ける。頭の方は…無理に手を付けない方が良いか。結局日が昇りきるかどうかまで時間をかけて、皮と肉を運べる程度の大きさにして拐帯することが出来た。
解体で疲れている身体に鞭を入れて簡単な焚き火を作る。そこにヘルウルフの腹肉を手頃な枝に巻きつけて炙る。火が通るまでにいくつかの枝とツェルの蔦を用意して箱型の背負い籠をこれまた中身が落ちない様に簡単に補強を入れて編み上げる。
街までの繋ぎだ、多少目が粗くても中身が落ちなければ良しと割り切り今回の荷物が入る程度の大きさの籠を作り終わらせると、炙っていた肉を食べる。
…うむ、味付けも何も無いのだから素材そのままの味である。特にこいつは雑食なせいか…癖が強い。
とはいえ食べれる物も他にはクォルの実しかないのだから我慢するしかない。雑味野性味満載の肉を渋い木の実でごまかすというなんともいえない昼食を終わらせ行動を開始する。
冒険者の死体があった、という事はこの場所からそう遠くない場所に街道、もしくはある程度整備された道があるということだろう。自分が逃げてきた方向と死体があった場所を頭なの中で簡単に結ぶ、つまりこのラインから戻る方向になる場所は何も無いと考えて良さそうだ。ちらりと後ろを振り返る、件の冒険者の遺体は焼いた上で土葬し簡単に作った十字架を突き立てただけ。正確な位置は分からないがもし、誰か彼の遺体を捜しに来るのであれば十分な目印になるだろう。
彼のカバンやポーチは作った籠に入れた、スチールプレートは申し訳ないが使わせてもらう。ギルドカードはすぐに取り出せるように服のポケットに入れておいた。辺りには忘れ物は無い。振り返る事も無くそのまま予想のルートへと歩き出した。
色々と作業をしていた為、目的…というか予想していた街道へ出たのは日が落ちるかどうか位の時間であった。森の中が少々暖かだったせいか、森を抜けると少し体が冷える。
とはいえ森に戻っても仕方ないので道まで出て左右を確認する。
「…この時間だったお陰、かな?」
道の左を見ると地平線がほんのりと明るくなっているのが見える。目を凝らせば恐らく城門の類も見えるのだろう。比較的近場で胸をなでおろす。
とはいえ、どこかで水浴びがしたい。少々汚れっぱなしになるのは構わないのだが、上半身の殆どが血まみれである。下の方も解体作業をしている間に随分と汚れてしまった。街道沿いを歩き途中で川がある事を祈りながら歩き出そうとした時…
「そこのお前!止まれ!」
凛とした声が後ろからかけられる。その声の主に方に顔を向けるとそこには騎士団風の甲冑を身にまとった女性がいた。全身鎧の人物が何故女性かと気付いたといえば、チェストプレートには女性特有のふくらみがあり、そしてヘルムは被ってはいるもののバイザー部分は降ろしてはいなかった為、一目で分かった。
「…城門も閉まる様なこんな時間に一人、しかも血まみれとは怪しい奴だな、名はなんと言う」
高圧的にならず、けれども不審な動きは許さないといった気迫を見せる彼女。…下手な言い訳は燃料の投下か。
「……オウル、と申します騎士殿、事情の説明…といっても私に答えれる事としては、気がついたら此処の森の開け広がった所で目を覚まし日の出る方向へ進めばどこかに出れるのではと思った次第で」
名前は適当に思いついたのを教えただけだ。何となく、語感がぴったりと来たのでそのまま名乗る。
「なるほど…ここ最近の入出管理で名前や顔を見ないのもの納得ではあるな…しかし、その血まみれの格好とジョウ殿が身に着けていた装備に関しては見逃せないものだぞ」
「それについてはヘルウルフ…と言えば伝わりますかな?どうやらそれにやられたようで酷い有様でした、彼には申し訳ないとは思いましたが、次は我が身、彼の防具とダガーを借りた次第です、彼の身内や親しい人物が居て装備を返して欲しいというのであれば即座にお返ししましょう」
ヘルウルフの名前を聞いて一瞬驚いた顔をするが、そうかと言わんばかりに納得する。彼のランクを見れば勝てる見込みなど0に等しい。
「…そうなると貴殿はそのヘルウルフとは遭遇せずに此処まで来れたのか?」
「いえ、運悪く遭遇してしまい後一歩ジョウ殿のところに辿り着くのが遅かったら彼と同じ道を辿っていたでしょう」
「…ふむ、という事はソロでヘルウルフを討伐した、と?」
「証拠が欲しいというのであればこの背負い籠に素材がほぼ一通り揃ってます」
ほぼの理由は昼に腹の部分を食べた事と、内臓部分を捨ててきた事である。
籠の簡単な止め具を外し中から一抱えはある2本角の狼の頭を取り出す。受け取りはせず、件の物であると確認した段階で戻してよいといわれ籠へ戻す。
「事情は分かった、今夜は町までこの私、第3騎士団メルト大隊長が引き受けよう」
町に着くまでの間に色々と聞いた。今向かっているトゥエンスの町は田舎都市…といった感じの場所らしい。町の中層部を出歩く分には問題は無いが下層部へは治安が良くない為、余り出向かない方が良いとの事だ。上層部…所謂貴族街は出入りの禁止などは無いが影で笑われたくないのであれば無理に近づくことも無いとの事。
町をぐるりと取り囲む大きな城壁の外側には穀物畑が広々とある。小麦の生産量は国中回っても此処と並ぶのはメェフェリという盆地に広がってる町くらいだという。
物価に関しては特産の小麦類の食料が安い位でほかは貿易都市や中央国と比べると流通の不便からやや高いそうだ。
余り長居せず出立の準備が出来たら次の町を目指した方が良さそうだな。彼女の説明を頭の隅に覚えておく。
「…と話し込んでいる間に町に着いたな、少し待っていろ」
門の前にある詰め所へ駆け寄り何やら話している。それを見ているうちに彼女は戻ってきた。
「待たせたな、今日の所はすまないが我々が居る兵舎の1室で過ごしてもらう、君の荷物はこちらで預からせてもらうが問題は無いか?」
「それは大丈夫です、むしろ素材が腐る可能性があるのでそちらで買い取って頂けるならばその方がありがたいのですが…」
割と本音である。ばらして2日目、兵舎で1日過ごすとなると3日経つ事になる、腐敗がどうなるのか気になる所である。
「腐る事を気にしているのならば問題は無いぞ、魔獣の肉や素材は早くても5日、持つものは1ヶ月と持つからな、長距離移動の際の携行食として魔獣の肉が使われるなんて事もよくある話だ」
なるほど、ならば気にすることは無いかな?
「そういう事であるなら私の荷物は預かった頂いて結構です、もちろんしっかりと戻ってくる事は条件ですが…まぁ大隊長である貴女が言うのですから反故にする事は無いでしょう」
そういって籠を下ろし、簡単に巻きつけていた蔓とポーチを外して籠の上にまとめて彼女へ差し出す。
「では、オウル殿、貴方の荷物は大隊長たる私、メルトが責任と名誉を持って管理させていただく」
仰々しくそういうと荷物を片手に兵舎の一室に案内される。三角テントの中に小さなテーブルと干草をまとめたベットの様なものがある。その横には水の入った大きな桶とバスタオルのような布。
「こんな馬小屋のような場所で申し訳ない、普段使っている兵舎の方に空きがなく急遽こしらえたのでこの程度の物しか用意できなかったのだ」
「いえ、謝るような事ではないですよ、屋根とベットがあるだけで先の二日間よりよっぽどマシですので」
実際周囲の葉っぱを申し訳程度に集めて地面との設置面を可能な限り減らし、焚き火を横に寝ていた2日間と比べたら安全でふかふかな干草で寝れるなら十分である。
「気分を害されたようでないのならば良かった、夕食の方は後で給仕係がこちらの方へ運ばせる、麦がゆと肉の塩漬け程度ではあるがな」
「クォルの実を食べる事と比べたら問題なんてありませんよ」
それもそうかとクスクスと笑う。ではゆっくりと休まれよオウル殿よ、そう言い残し彼女はテントから去っていった。
桶の水を使い、タオルをぬらした後全身を隈なく拭く。目立つような血糊部分がなくなった後、着ていた服を桶の中に突っ込み洗う。こちらもある程度綺麗になった時点できつく絞り、余分に置いてあったタオルである程度湿気を取る。そこまでした後その服をそのまま着る。血濡れで放置したままよりは少々濡れた程度は我慢する所だろう。
簡単な入浴と選択が終わった後シートの引かれた干草へ倒れる、少々固いが今までの環境と比べたふかふかで暖かい。夕食は後でとは聞いてはいたがいつ頃来るのだろうか?さほど時間も掛からず来るのかも知れないが、気がついたら意識がゆっくりと沈んでいった。予想以上に疲れていたのだろう、その意識を手放す感覚に抵抗せず眠りに落ちる事にした。