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चंद्र讚歌 -La L'inno per il Candra-

バベル

作者: 関ひだり

 目が覚めると、知らない惑星にいた。体を起こし、寝惚けた頭を振ると、少しずつ思い出してきた。そうだ、家族とともに、脱出してきたのだった。

 振り返ると、彼が見えた。その巨大な姿に向かって、質問する。

 「これで、良かったのだろう?」



 ***



 約20年に渡る第三次世界大戦の後、地球上には国と呼べるものの数が激減し、勝戦国が残った国を次々に自国の領土とし、最終的にアメリカ合衆国の星条旗には数え切れないほどの星が描かれているし、暗黒大陸(アフリカ)の全ての国はヨーロッパ連合国に吸収された。イギリスはかつてのように豪州大陸とその周辺を支配し、反対にロシア連邦は領土を縮小した。中国はアジア一帯を統一し王朝を定め、名前を中華王国に改めた。これら5つの国は地球平和条約を批准し、「もう戦争はしない」と宣誓し、地球上に再び平和が訪れたのであった。

 その後300年間、意外なことに比較的安定した情勢のまま過ぎた。しかし、この均衡はある人工知能の一言によって崩壊することとなる。



 その人工知能の名前はホシと言った。彼は大昔のアメリカで開発され、次々バージョンアップを重ね、地球の中枢を担うほど高度に進化していた。その見た目は50階建ての黒いビルで、全事象を一瞬のうちに演算することができ、疑似的な未来予知をすることができた。いつしか人々はホシを神聖視し始めるようになった。新たな宗教の誕生ともいえた。ホシの言葉は絶対であり、その言葉に従ってさえいれば、一見どんなに困難に思えることでも最適解に導かれると、そういう事実を否定しようなどという者は現れなかったのである。彼は旧北アメリカ大陸に位置していた。それでも、すべての国は彼の言葉に耳を傾け、その通りに(まつりごと)を進めた。実はこの功績によって、地球は300年もの間争いのない平和な状態にあったのだ。

 ホシの外装は物理的にも情報科学的にも堅牢で、たった一人を除いては、誰一人として立ち入ることをホシ自身によって厳重に禁じられていた。というのも、もしそうしなければ、外部の人間によって不正なプログラムを入力され、自身が暴走させられることを予見しているからだ。今や、彼の内部に無理に立ち入ろうとする者は誰であろうと容赦なく徹底的に抹消することになっている。その様子は昔流行った『原子還元処理』に似て、一度に高エネルギーを与えることで対象を構成するすべての化学または物理結合を切断し、無に還すといったやり方だった。

 彼の内部に立ち入ることを許されたただ一人の人物は、名前をドクター・ラウロ・エスポスティ八世といった。彼の祖先は著名な睡眠学者で、その子孫たちも様々な分野で活躍したらしい。ホシを開発したのは、彼の高祖父だった。その人は、ホシの演算結果の一つにロックを掛けた。話によると、その解を実行すれば、ホシの望む最大の平和条件を満たすことができるという。その解を何故封印したのか、今となっては知る術はなく、そのロックを解除する術もまたなかった。ラウロ・エスポスティ八世はその封印を解こうとずっと奮闘してきたが、相当強力なガードが施されているのだろう、一向に解ける気配がなかった。

 彼は高祖父が何故ホシの解を封印したのか、その理由が知りたかった。その解が地球の最高の平和を齎すというのに、それを封じたのには、きっと理由があるに違いないからだ。封印を解けば、その理由がわかるはずだと信じ、無謀とも思える試練に立ち向かっていた。そしてとうとう、音を上げた。彼は思考を放棄して、誰もいない室内で大声で独り言を言った。

 「ああ! このロックが解除されればなあ!」

 次の瞬間、ホシが答えた。

 『了解しました』

 それから数秒、モニターが莫大な量の文字を紡ぎ出したかと思うと、やがてそれが止み、再び現れた文字列は、次のようだった。

 『Successfully unlocked』

 きょとんとしたラウロの目の前で、ホシが問いかけた。

 『地球の最大の平和のための解を表示しますか?』

 ずっと、長い間追い求めた解が、すぐ手元にある。そう思うと痛いほど心臓が脈打った。

 「頼む()

 震える声で、ようやく答えた。するとモニターは瞬時に、

 『了解しました』

 と反応し、続いて短いセンテンスを並べた。

 『地球上の言語を統一し、それを記念した塔を(ホシ)を覆うように建設すること』

 拍子抜けするほど簡素で、単純な文章だった。続きが出ないかとラウロは待ったが、しばらくホシが無言である様子を見て、本当にこれだけだと言うことを悟った。これが何故高祖父によって封印されたのかは、理解できなかった。

 『示された解を実行しますか?』

 どうする、ラウロは自身に問うた。高祖父がロックを掛けた理由もわからず、勝手に実行してよいものなのだろうか。しばらく一人で問答を繰り返した後、結局答えは出せず、ラウロはホシに訊いた。

 「本当にこれは地球に最大の平和を齎すのだね?」

 『その通りです』

 ホシは何の躊躇いもなく、そう答えた。



 ***



 新たな言語がホシによって創設され、各国に行き渡った。最初は皆当然戸惑ったが、これまで神聖視してきた存在が下した解であるので、すぐに新言語を受け入れた。

 記念の塔は太古の宗教の経典にあった『バベルの塔』と名付けられ、早速建設が始まった。ホシの提示した設計図により、まずは彼を覆い隠すような構造が作られた。

 すべての国が総力を挙げてこの塔の建設にあたったため、半年で最初の層が出来上がった。ホシの設計図には、全部で4096層の塔になるはずで、その通りにすれば地球上がすべて埋め尽くされることとなっていた。

 第二層の建設にはそこから一年かかった。周囲の建物――民家や施設など――は順次取り壊され、バベルの塔は次第に広がっていった。もともとその場に住んでいた住民たちは、塔の内部に充てられた居住区に移り住んだ。

 第六層を建設するとき、範囲があまりにも大きくなりすぎたので、国毎に担当箇所を割り当てることとなった。これもホシが予め設計図中に記してあったことであった。その後10年かけて、この層は完成した。

 第十八層に差し掛かった時、今度は国内部における組分けと割り当てがなされた。この頃は既に多くの人類がこの塔に移り住み、国民総出で建設を進めていた。この時点で、ラウロ・エスポスティ八世がホシの地球平和の解の封印を解いてから140年が経過していた。とうの昔にラウロは死んでおり、その曾孫がホシの傍にいた。

 第九十六層が完成したのは、それから1500年ほど後のことだった。最早人類は何のためにこの塔を建設しているのかを忘れ始めているのであった。ホシは塔の中心にあり、塔を建てる人々から遠く離れていたため、その存在を知っている者すら、ほとんどいなくなっているのだ。

 


 ***



 5億6700万年ほどたった頃、最後の層――第4096層目が完成した。つまり、設計図通り、バベルは地球全体を覆う中空の球体として完成したのだった。

 地球の裏側で、五億年ぶりに他の国の住民と出会った人々は、困惑した。統一されたはずの言語が、この気の遠くなるような年数を経るうちに変化し、全く別の言語になっていたのだ。

 長年(というにはあまりにも言葉が足りない年数)の成果を手を取って喜び合うばかりか、自分たちの言語こそが正当な言語だと、各地で争いが起こった。この争いはやがて全人類を巻き込んだ戦争へと発展した。しかし、この五億年間ものあいだ全く進化もできず、生まれてから死ぬまで塔を建設する術しか持たずにいた人類は、相手の喋る言葉もわからず、ただただ自らの正当性を訴え、大きな声で威嚇することしかできなかった。そして、それは次第に暴力へと発展し、その結果、ひとり、またひとり斃れていくのであった。

 やがて、たった一つの団体が残った。同じ言葉を話す者の集団だ。たった一握りしか残らなかった彼らは、初めは喜び踊ったが、塔が完成したことで目的が果たされているので、既に生きる価値を見失っており、最後にはその彼らも全員死んだ。こうして地球上には人類がいなくなったことになる。――エスポスティの一族を除いては。



 ホシはエスポスティに問いかけた。

 『約束の時が来ました。人類はあなた方を残して絶滅しました。もうすぐ地球が平和で満たされます。しかし、このままでは条件を完全に満たすことはできません。あなた方を地球の外に脱出させる必要があります。(ホシ)にはその準備が出来ています。地球外転送システム「AYERTIAM」を起動しますか?』

 エスポスティは答えた。

 「頼む()

 


 ***



 正真正銘、地球上から人類が消滅した直後、地球は崩壊を始めた。完成したばかりのバベルの塔もろともに、エネルギーとなって発散してしまった。この時、地球上は正に平和だったと言えよう。それを阻害する因子が存在し得なかったのだから。

 AYERTIAMによりエスポスティとともに宇宙を移動している最中に、ホシはメッセージを誰にともなく発信した。

 『新たに、一から』

 


 …Torre di Babele


いろいろ突っ込みどころ満載ですけど、許してください。

AYERTIAMは逆順にして検索してみてくださいね。

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