日常の闇
一話目からの感想本当に有難う御座います!
小売業というのは実に大変だ。
特にコンビニは更に大変であり、ノルマが厳しく人員が確保出来ないという部分がオーナー達にとっては苦労の種だろう。逆にアルバイトやパート側はオーナーの性格によっては中々休めないことだ。
予定があっても怒られるような事があれば、当たり前だが学生であれば学校に集中出来ない。代わりの人間を見つけるという最低限の行動はしても、それで駄目ならばやはり店長などに相談する他にないのが実情だ。
更に複雑になっていくレジやコピー機などの操作も厄介の種だろう。
昔はコンビニも楽だったそうだが、今では中々に難易度の高いアルバイトとなっている。
堂々のブラックとなったコンビニも存在するのだから、やはりどんな業種も最終的には悪くなっていくのだろう。
経営者が違えば運営方針も変わる。当然であるが、であるからこそ見極めというものを今後は学生も早い段階で覚えていくのだ。
「お疲れ様でしたー」
男子学生の夕勤組が挨拶をして帰っていく。
次に来る夜勤の面子を見て、彼等ならば俺が居なくても問題は無いだろうと帰宅の準備を進めた。
携帯のメール欄を開き、今月のノルマを確認する。相も変わらず売らねばならない商品を多く入れようとする本部の文が届くが、全てにおいて言う事を聞くつもりはない。
店の廃棄事情。そして客の層や売れている商品を加味して、無くなりそうな現実的な数をあげるのだ。
自分の店はそれなりに客も多く来る。当然売り上げも相応に高く、廃棄の数もそれほど多くは無い。まったくの零に出来れば此方としては有難いものの、それは不可能だ。
従業員の数も俺が立たなくて良い程にはいる。それは一重に従業員を大事にしているからだが、本部の人間はアルバイトの事を軽視しがちで溜息が口からこぼれてしまう。
今の時代において、コンビニのアルバイトをしてくれる者など貴重だ。
人間関係に気を遣って、更に可能な限りシフトの変化にも柔軟に対応しなければ直ぐに止めてしまう。素行の悪い者に関しては面接時点で落としているので表面上は何の問題もまだ起きていないが、それでも外からの被害は当然ある。
そのケアも俺の役目であると思っているし、だからこそ皆は辞めずに残ってくれていた。
俺が帰れるのも皆のお陰だ。故に、叶えてあげられる要望には応えてあげたいと切に思う。
――そうしなければ、俺が疲れてしまうからな。
心の底から浮き上がる本音を潰し、俺は今日も何時もと同じ様に夜勤組に挨拶をして帰路についた。
田舎の方面に立っているコンビニ故に客の殆どは車だ。したがって勝手な駐車も目立つし、長距離トラックが夜を過ごす為に停車している姿もある。
このコンビニの駐車場が広いので敢えて許しているが、もしも狭ければさっさと注意していただろう。
出入りも朝から昼にかけては多く、逆に夜になればあまり来なくなる。そうなれば深夜の人間も休憩時間が多くなるし、給料も深夜時間を入れているので多いから早々に辞めはしない。
後は本人達の都合次第。尤も、此処はそれなりに田舎だ。時給千二百円を超えるバイトなど早々ある筈も無く、辞めるにしてもまだまだ時間が掛かるだろう。
そんな事を考えながら歩く俺の耳に、深夜に似つかわしくない騒々しい声が入る。
なんだなんだと顔を動かし――その先で起きている出来事に眉を顰めた。
「テメェ!俺の車に傷を付けやがったな!!」
「そっちこそ俺の車に衝突しやがって!前見て運転出来ねぇのかよ!!」
互いに胸倉を掴みながら怒鳴り合うまだまだ若いだろう男達。片方はまだ免許を取り立てなのか、服装も若々しい十代のものだ。そしてもう一方は二十代程度と思われ、両者が今にも拳を交えそうな程にヒートアップしている姿が見える。
別段無視をしても構わないのだが、そうなれば警察騒ぎになるのは避けられない。両者の車は激突を起こしたのかライトが欠け、一部前面フレームが歪んでいた。
無傷であるのは幸いであるものの、規模は少々というラインからは離れている。これでは監視カメラの確認などでウチのコンビニに来るのは確実だろう。
監視カメラの確認などは一アルバイトには出来ないように設定されている。悪用を避ける為にそうなっているのだが、今回はそれの所為で俺の帰宅時間が伸びそうだ。
これもまたコンビニ経営では起きる事。
溜息を一つ零し、緩めた顔を店長のものへと引き締めさせて彼等の元に向かうのだった。
……………………
朝。何時もと変わらぬ、取り留めのない普通の日。
結局深夜一時程度になるまで拘束された俺は着替える事もせずに布団で横になった。
睡眠時間はおよそ五時間。一般的な社畜に比べればまだ天国だろうが、それでも経営者側である以上やるべきことは山のようにある。
発注をなるべく早く終わらせ、給料計算もきっちり行い、早めに上がりたい人が居れば変わってあげるようにもするのが俺の朝だ。電話などの緊急の案件が無いかもチェックを行い、同時並行で食パンをトースターに突っ込む。
冷蔵庫からはコーヒー缶を取り出し、リモコンを操作してテレビをつけた。
早朝ともなれば番組はニュースばかりだ。
深夜アニメなどめっきり見る機会を失った自分では、やはり最初にお目見えになるのはこれである。
そのニュースは今日も今日とて現政権の批判をしたり、下らない流行グッズの紹介ばかり。はっきり言って金の無駄としか言えないような情報ばかりだ。
偏向報道があった事実が存在しながらも運営を続けていくなど普通ではないだろう。もっと効率的な運用すべきであると思えるのに、余計な介入があるせいでまったく是正出来ていない。
こういった者達を世界の癌と人は呼ぶのだ。
存在するだけでも害悪であるというのに、更に邪魔までしてくるなど論外だ。早めに除去すべきなのだろうが、しかしてそういった輩は保身に関しては非常に長けている。
最悪誰かを人柱にしてでも生き延びようとするのだから、恥という概念自体存在しないに違いない。
或いは、自覚しつつもどうでも良いと感じているのだろう。本に出て来る言葉であるが、泥を啜ってでも生き延びるという奴だ。
本来であればそれは臥薪嘗胆のような意味合いで使われるものだが、彼等は別の方向性で意地汚く這い蹲りながら嵐が過ぎるのを待っている。
そんな人間を態々生かす道理も無い。国の法律が無ければ一般市民に撲殺されようとも当然な結果だ。
完成の音を上げたトーストを皿に乗せ、バターを塗ってPCの前の椅子に座り込む。
電源を入れて即座に開くのは、先日確認した通りの設計図だ。
細かなパーツに別けられたそれらは一見すると何であるのかは解らない。細い物であったり、あるいは板状の物であったりと専門の者でなければこれだけを見て用途を察するのは難しいだろう。
それに、例えその道のプロが調べようとしても多数にフェイクは用意してある。そう易々と見抜けさせるような馬鹿な真似はしないという訳だ。
本命は鍵となるUSBメモリを差し込み、フェイクの映っている状態でコマンドを入力する。
そうすればあら不思議。それまでフェイクだった画像が消え、本当の設計図が姿を現す。
形状は携帯端末。より近い言葉で表すならばスマホが正しく、通話機能などを廃止して純粋な戦闘特化に設計されている。
情報関係は非常に難しく、今の俺では何かに特化させるのが限界だ。バランス良く全てを高レベルに纏めるというのは存外難しい。
誰かと相談するというのも手ではあるが、こんな物を作っている人間は現状俺だけだ。そもそもにしてパワードスーツですら生産されていないというのに、その先を目指そうとしている自分は只の馬鹿だろう。
全てを変えるには常識を覆す何某かが必要となってくる。
最初はその理由が別だったが、昔の理由のお陰で今はこうして作る事が出来ていた。
学生の頃の自分には感謝だ。切っ掛けをよくぞ抱いてくれたと諸手を挙げて感謝したい程であり、故にこそ今の俺が諦めることなど有り得ない。
やってやれぬ事は無しと昔の人物は語っていた。ならばこそ、成してやろうと決意を抱く。
材料は用意した。最悪コンビニを畳む事も想定してある。纏まった資金もあるし、家族との縁を切る書状はこれから書く。
俺がこれからする事に、誰かが巻き込まれてはならない。
この行為は悪人のそれと同じであり、捕まれば二度と陽の光を浴びることは出来ないのだから。
そんな行為に他人を巻き込むなど論外だ。家族を巻き込まないのは単純に邪魔だからだが。
「後一ヵ月。予定通りに上手くいくかどうか……踏ん張りどころだな」
気持ちの整理もせねばならないと、俺は一人冷めたトーストを齧った。