迷宮塔と、謎の少女
葬儀屋の少女の話を聞いた翌日、今日も運の良いお客様の相手を終わらせたことで、収入は銀貨4枚。
昨日の収入は少し減ってしまったけれど、日々の糧としては銀貨1枚でも事足ります。
なので、今回のお仕事を終わってしまってもいいのですが……。
なぜでしょう……、心がざわざわと騒がしい気がするのです。
手に持った糸の先からは、特になにも感じないのですが。
「仕方がないですね……。心に任せて、少し辺りを見回ってみましょうか」
といっても、普段から魔力の補充も兼ねて、18階層はよく見て回っていますし。
特に目新しいものもないとは思うのですが……。
「あら……? こんなところに、お墓なんて……?」
以前見たときには、18階層にお墓はなかったと思うのですが……。
そのお墓は、風景に紛れる様に、18階層の片隅にありました。
盛り上がった土に、棒が刺してあるだけの、とても簡素なお墓。
「名前は……、よく読めませんね……」
刺さった棒に、名前でも書いてあるのかと近づいて見てみても、汚れていてよくわかりませんでした。
ただ、ここにずっとあった、というよりも……。
「おねーさんっ!」
「きゃっ!」
突然、後ろからかけられた声に驚いて、咄嗟に声が出る。
すぐに口許を手で塞ぎ、声が聞こえた方へと、顔を向けました。
「あ、ごめんなさい。びっくりしちゃった?」
「え、えぇ……。大丈夫です、けど……」
返事を返しつつ見れば、14歳ほどの可愛らしい女の子がそこにいました。
耳が隠れる程度の少し黒めの濃い赤髪、大きな目はオッドアイみたいで、右が赤、左が灰色みたいです。
ただ、着ている服が、ボロボロで少し汚れた半袖くらいの白いワンピース……?
「あの……、あなたは……?」
一応、18階層は、中層と呼ばれる、中堅の冒険者さん達がよく来る場所で、人がいること自体は、そうおかしいことではないのですが……。
ただ、この子は……、武器も防具も着けていないように見えるのが、すごく違和感を感じるのです。
「ん……? ボク?」
「えぇ、あなたのことですけれど……」
声をかけられたはずの少女は、なにもわかっていないように首を傾げた後、私の方を見て花が咲くような笑顔を見せてきました。
「あの、お姉さん……。ここって、ドコかな?」
「え、えっと……? ここは、ヒュライドの塔、18階層ですけど……」
「ひゅらいどのとう?」
まるで、なにも知らないと、困ったみたいに笑う少女。
その様子には、嘘を言っているような感じもありませんでした。
まさか……。
「その、ウルティアという街の真ん中にある、ヒュライドの塔の中なのですが……」
「うるてぃあ?」
「……あなたはどうやってここに来たのですか?」
「えっと……、実はなんでここいるのかわかんないんだよね」
少し恥ずかしがるように、はにかみながら言った少女の言葉は、予想通りと言わざるを得ないものでした。
少し頭が痛くなってきた気がしますが……、今はおいておきましょう……。
「でしたら、あなたのお名前は……?」
もし記憶喪失であれば、答えられないでしょう……と思いながら聞いてみれば、案の定覚えていないみたいでした。
しかし、そうなってくると、私では手に負えませんし……。
「でしたら、とりあえず外までお送りしましょうか? その装備だと、危険でしょうし……」
「うん! お姉さんに任せるよー……、わかんないので!」
私の提案に対して、笑いながら頷いてくれる。
その動作が可愛らしくて、つい釣られて私も笑顔になってしまいました。
「それじゃあ、いきましょうか」
そう言って、手を差し出してみれば、彼女はそれの意味に気づいたのか手を取ろうとして……、盛大にすり抜けた。
「あ、あれ?」
「触れられない、のですか……?」
「う、うん……」
触れられない……?
ふと気になって、彼女にぶつかるように進めば、まるで感触もなく、身体をすり抜けてしまいました。
いったい、どうして……?
幻影を見せる魔法もありますが、ここまで現実に近い幻影を見せるのは、非常に大変なはずですし……。
それに、その魔法を行使したとしても、多少なりとは、魔力的な力を感じるはずです。
けれど、彼女をすり抜けた時は、全くそれを感じなかった……?
「……お姉さん」
考え込む私の耳に、彼女の声が聞こえました。
その声に顔を向ければ、なにかを悟ったような顔で、私の前方。
棒が刺してあるだけの、簡素なお墓、を見ていました。
「どうしました……?」
「ボク、たぶんね……、すでに、死んでるんだと思う」
彼女が発した言葉が、あまりにも現実味がなくて……。
けれど、その言葉が……、とても正しいものに思えた。