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迷宮塔と、偽りだらけの天使  作者: 一色 遥
2/6

白糸の大樹と、忌み子

 本来の姿のまま、壁に身を寄せるように倒し、目を閉じた。

 休息を必要としていた身体を休めるように、ゆっくりと意識が闇に飲まれていく。


 いっそこのまま……。


――――――――――――――――


「おはよう、セティ。よく眠れたかしら」

 

 懐かしい声が耳元で聞こえた。

 あぁ、これは……。


「うん……。おかあしゃま……、おはようございます……」


 寝ぼけ眼で起きてきた私を、お母様が笑いながら撫でてくれる。

 天使すら嫉妬するほどに真っ白な髪に触れる、お母様の柔らかい手が暖かくて……。

 その感触に、これは過去の夢だと、確信してしまう。


「おかあさまは、きょうもおしごとですか……?」


 そうして、過去の私は毎日のお決まりを口にする。

 お母様が亡くなる、その日の朝まで繰り返されたその問いかけは、いつもお母様を困らせてしまう。

 それもわかっていたのに、私は……。


「ごめんね、セティ」


 少し困ったように笑いながら、お母様が私を抱きしめてくれる。

 ほんの数秒だけ包まれる温かさに、夢が覚めないままでいて欲しいと、そう……思った。


「絶対に帰ってくるから……。お留守番、しててね?」


 抱いていた身体を離し、優しく微笑んでくれるお母様に、子供だった私はいつも俯いて……。

 結局、少し困った顔のお母様を見送ることしか、できなかったのです。


 母と二人過ごした場所(ココ)とは別に、『白糸(ハクシ)大樹(タイジュ)』と呼ばれる大樹がありました。

 通称『白樹(ハクジュ)』と略されるその樹は、アラクネー、つまり腰から下に蜘蛛の体をもつ、亜人の集う集落で、私がそこで暮らしたのはたった数年程度のことではありましたが、その間に出会ったあの人達(アレら)のことは、今でも赦すことができてはいません。


 ……とにかく、白樹(そこ)は私を含むアラクネー達の住処でもあり、……人間達の、恐怖の象徴でもありました。

 アラクネーは、人語を理解する、亜人(人ではないモノ)でありながら、人を喰らうことがある、魔物(人ではないモノ)でもある。

 だからこそ、アラクネーは人の住むエリアからは離れた森の中を住処にしていたのですが……。


 そんな場所に、アラクネーとして生を受けた私は、本来であれば、母と一緒にその白樹の中でゆっくりとした生活を送るはずだったのですが……。

 なんの因果か、私は男性として生まれて来てしまったのです。

 ……女性しか生まれないはずの、アラクネーでありながら。


 生まれ落ちた瞬間、忌み子として殺されそうになった私を、お母様は身を挺して守ってくださり……。

 他のアラクネーが折れるまで、殴られ続けようとも無抵抗を貫いて、私の体が多少成長するまでは、集落に住むことを約束させたのです。


 ただ、そこに私がいるというだけで、嫌われ、疎まれる毎日。

 もちろん、お母様だって……、私を生んだ親として疎外され、居心地の悪い暮らしを送らされていました。


 そんな生活を送っていた私は、10歳を過ぎた頃、お母様に連れられ白樹の外へと旅立つことになりました。

 10歳と言えど、アラクネーは人の8倍ほど生きる長命種であり、人に換算すれば、まだ1歳程度の赤子。

 しかしあの人達(アレら)は、少しでも早く、私達と関係を絶ってしまいたかったのでしょう。

 私が擬態の魔法を使えるようになったと知ると、すぐさま追い出すように、白樹の隅に作られていた、簡素な我が家を破壊したのですから。


 そうして、出ていくことを余儀なくされた私とお母様は、ほとんど休むことなく歩き続け、とある人間の街に辿り着いたのです。


「やっと、できた……っ!」


 幼い私の声に、夢へと意識を戻せば、彼は手のひらから出した糸を、手を動かさずに揺らしたり、伸ばしたり縮めたり……。

 ということは、この夢は……、私が40を越えた頃の夢でしょうか……?


 アラクネーは、魔法に対する適正が高いと言われており、お母様もそれに漏れず、人間で言えば一握りに入るほどの魔法の使い手でした。

 しかし、私はアラクネーながら、魔法に対する適正が低く、擬態魔法以外はアラクネー固有の操糸(ソウシ)魔法すらなかなか上達できなかったのです。

 だからこそ、40を越えて、ようやく操糸魔法が使えた時は、本当に嬉しくて、なんども出したり消したりを繰り返して、お母様が帰ってくるまで興奮が冷めなかったのです。

 

「おかあさま、わたし、いとが! いとが、うごかせたの!」

「がんばったのね。おめでとう、セティ」


 お母様がお仕事から帰ってきてすぐに、幼い私がお母様へと抱きつきました。

 興奮冷めやらぬままに、お母様へと飛び付いた私を、お母様の手がゆっくりと撫でてくれる。

 その手の優しさに安心したのか、幼い私はお母様の腕の中で、眠りに落ちたのです。


――――――――――――――――


「お母様……」


 夢の中で久しぶりに見たお母様に、胸が締め付けられ、知らず知らずのうちに、手を強く握ってしまう。

 閉じた目が湿っているような、そんな気がして、拭うように腕を当て、気分を切り替える。


 お母様と過ごしたあの日々は、今となっては遠い過去のことで、操糸魔法も自由に、それこそ手足のように使うことだって出来るようになりました。

 そして、今ではこの魔法をさらに別の形で使うことも、出来るようになりました。

 そんな自身の成長に少し笑い、擬態魔法をかけながら、糸で服を編んでいく。

 編み上がった服はいつもと同じ、真っ白なドレスのような服。

 所々に入っている黒いラインが、メリハリを生み出していて、とてもセンスが良いと、昔お母様に誉められたのです。


「さてと、ゆっくり寝てしまいましたし……、そろそろお仕事をしに、塔へと向かいましょうか……」


 誰に言うでもなく、ただ気分を切り替えるように、声をだした。

 昨日脱いだままになっていた襤褸切れ(ローブ)を被り、部屋のドアを開ける。


「……、行ってきます、お母様」


 ふと、そう呟いて、部屋の外へと歩きだす。

 返事はないけれど……、私の耳には、あの日のお母様の声が聞こえた気がした。

この作品は、「ヒュライドの塔」というシェアワールド設定にて、書いております。

単体でも楽しんでいただけるよう、書いておりますが、シリーズになっている他作品を見ていただくことで、リンク部分などがわかり、より楽しんでいただけると思います。

ご興味ありましたら、ぜひ、他作品も読んでみてくださいね。

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