九話 本領と本質
「――以上で今回のシルビア聖騎士団への入団試験合格者の発表を終わります。 おめでとうございます」
エドワードの名前が真っ先に呼ばれて数分後。
全ての合格者の名前を言い終えたルシウスは祝福の言葉で締めくくる。
呼ばれた名前は約四十人近く。 一次試験通過者のほとんどが合格したことになる。
ルシウスの発表に一喜一憂している入団希望者の様子を見れば合否の結果は自ずと分かってしまった。
その中で一人、エドワードの隣で拳を震わせる者がいた。
「何で俺が不合格なんだ! 納得いくか!」
不満を露わに吶喊する、つりあがった目つきの体格の良い男。
男は入隊希望者達をかき分けながらルシウスに詰め寄っていく。
「俺の闘いぶりは評価される程だったはずだ!」
ルシウスの目の前まで進み、更に食いかかる。
当の本人はそんな男に溜息をつき、肩をすくめていた。
「なにを根拠にそんなことを言っているのか分かりかねますが、決定は決定なのです」
事務的な口調で、激昴する男を憐れむかのようにそう告げるルシウス。
その態度が男の琴線に触れたのか、更に声を荒らげる。
「だったら理由を教えろ! こんな不合理許されるか!」
それだけ騎士になりたかったのだろうが、ここまで抗弁してしまうと品がない。
男の様子に黙して見守っていたヴァルガスが宥めるように口を開く。
「まぁ落ち着け。 君の気持ちもよく分かるが、さっきも言っただろう?」
「想いは受け継ぐ。 か?」
男はヴァルガスの言葉の意図を理解したのだろうが、馬鹿らしいといった様子で鼻を鳴らす。
「綺麗ごとばっか並べやがって。 オメェみたいな才能があって、生まれに恵まれている奴に俺の気持ちなんか分かるかよ! あん? 総司令官さんよぉ!」
嘲笑と共に発せられる言葉。
男の不満のやり場はヴァルガスに標的を移している。
それは不満というにはあまりに嫉妬を含んだ言い方であった。
仮にも騎士を目指す者が、それを指揮する立場のヴァルガスに楯突いてもなんのメリットもない。
真に騎士を目指すなら、来季にでも試験を受け直せばいい。 だというのにその機会すら失うほどの罵倒に、エドワードは男の行動に不審感を覚える。
そして、標的から逃れたルシウスはというと、上官を侮辱されたことが彼の不興を買ったのか、目の色が変わり、刺すような鋭い視線を男に向けていた。
「あなたが言う不合理とはなんですか? 評価されるべき。 とあなたはおっしゃいましたが、それは『ピングの実』を使ってまで一次試験を通過したことですか?」
ルシウスの言葉に男の顔に動揺がはしる。
エドワードはルシウスが発した『ピングの実』という単語にそれとなく聞き覚えがあった。
肉体を強化する違法な木の実。
服用すれば一時的に爆発的な膂力を手にすると言われているものだ。
しかしその効能には副作用があり、幻覚、幻聴、情緒不安定という精神異常をきたす。 さらに一度口にすれば高揚感を忘れられず、やめられなくなってしまうという強い依存性をもつ木の実である。
そんなものを使っていた男がなぜ一次試験を通過したのか疑問に思う所だが、この木の実はすぐに副作用が発症するわけではない。
服用して数時間は、むしろ服用していない時よりも意識がしっかりしており、匂いもほとんどない為、目視しただけで見分けることは不可能に近いと言われている。
「な、なにを証拠におれがピングの実を使ったって言ってるんだ!」
「瞳孔の開き、筋肉の歪な発達具合、そして匂いです」
ルシウスは少しの間も開けず、指を立てながら淡々と告げる。
「ふざけるな! そんなの分かるはずないだろう! そもそもピングの実を服用していたとして、効能が持続している間に気付けるわけがない!」
「凡人には気付けないでしょう。 ですが私には分かるのです。 その証拠に今の貴方からはピングの実のかすかな残り香がします。 さらに筋肉の発達具合から見て常習者でしょう。 そして恐らく匂いの濃度からしてそろそろ禁断症状が出始める頃ですね」
男は負けじとルシウスに唾をまき散らしながら抗弁するが、二の句を繋げさせないルシウスの言及に男の旗色はますます悪くなっていく。 恐らく図星を突かれているのだろう。 動揺が濃くなるのは誰の目にも明らかであった。
ルシウスはさらに追い打ちをかけるかのように決定的な証拠を提示する。
「貴方のことを少し監視させてもらいました。 一次試験終了後、貴方がピングの実を服用している現場を四番隊の者が確認しています。 我々も魔石を通してその様子を確認させてもらいました」
この場の誰もが、男が違法な木の実を服用していることを納得してしまうほどの毅然とした態度での発言。 総司令官補佐としての威厳がすでに空気を支配しており、反論の余地はない。
「――あまり私を甘く見ないことです」
ルシウスは強く言い放ち、締めくくる。
格の違いはすでに明らかで、男が何を言おうとこの場では意味をなさないだろう。
「……じゃねぇ」
身体を震わせる男。
前に出た男の言葉はエドワードには聞き取ることが出来なかった――が、
「バカにしてんじゃねぇっっ!!!!」
瞬間――男は吠え、上着の内側に隠し持っていた短剣でルシウスに襲い掛かる。
発狂した男は目の前の冷静な男の顔を苦痛で歪ませるべく、その喉元をめがけて短剣を突き立てる。
しかし、
「言ったはずです――」
ルシウスは身体をひねりながら男の攻撃を徒手空拳で受け流し、流れるような動きで男を投げる。
「甘く見ないことです。 と」
大柄な男を軽々と投げ倒すルシウス。
地に伏せられた男は痛みに顔を歪めた後、何が起きたか理解できず困惑している様子だった。
「総司令官の補佐。 参謀。 そのような立場から力の無さを疑われていますが、あなたのような者を鎮圧することは造作もありません」
ルシウスはそう言い放った後に、男を拘束したまま、落とした短剣を蹴り飛ばす。
そして有事の際のために闘技場の警備の任についていたであろう二人の騎士を呼び、
「この男を獄に入れておきなさい。 しかるべき処分を与えます」
感情を消した口調で告げるルシウス。
すでに何事かと駆け寄ってきていた二人の騎士は了承の意を示し、男を闘技場の外へ連れ出していった。
「すげぇ……」
「一瞬だったな……」
「やっぱほんとは強いんだな……」
一瞬の沈黙の後、その様子の一部始終を見ていた入隊希望者達から感嘆の呟きが発せられる。
ヴァルガスが『武』なら、ルシウスは『知』という認識が国民の間では一般的なのであろう。
確かに、外見だけで見ればヴァルガスが筋骨隆々の巨漢。 対してルシウスは華奢で色白な為、戦闘。 主に肉弾戦には不向きなように見えてしまう。
だが、徒手空拳の戦いにおいて、力はさほど重要ではないとエドワードは祖父から教えられていた。
剛より柔。 相手の力の流れをそのまま返せば、大した力を必要とせず大柄な相手でも投げ倒すことは可能である。
しかし――とエドワードは思う。
世間の一般論はあながち間違えではないのだろう。
ルシウスからは、ヴァルガスやレオンハルト達、隊長格に感じられた強者の覇気のようなものは感じられない。
エドワードはそういう事柄に関しては観察眼がある方だと自負している為、相手の力量はそれとなく分かるのだ。
それでも、力だけが全てではない。
彼のような存在がいてこそ戦況を有利に運ぶことが出来、騎士たちは本来の力を発揮できるのだから。
ヴァルガスとルシウス。 お互い正反対の二人だが、足りない部分を補う良きパートナーなのだろう。
両名揃ってこそ、シルビア聖騎士団を指揮するものとして君臨し得るのだ。
――いつか、俺もそんな仲間と巡り合えればいいな。
エドワードは、未来を思い描き、聖騎士団に入隊するものとしての覚悟を新たにした。
* * * * * * * *
入団希望者達が訓練用闘技場を後にするのを見届け、合否の発表を終えたヴァルガスとルシウスは王城の最上階に向かっていた。
長い階段を上り、きらびやかな装飾の施された廊下を中央に向かって進み、玉座の隣の部屋。 王の執務室にたどり着く。
執務室の扉の番をしていた二人の衛兵の敬礼に応え、その扉をヴァルガスがノックする。
「セルエス王。 ヴァルガスとルシウスが戻りました!」
扉の奥から「入りなさい」という声が聞こえ、ヴァルガスは扉を押し開く。
シンプルだが意匠をこらした一室。 執務台の上にはたくさんの書類が積み重なっている。
「合否の発表とその後の説明。 色々とご苦労だったね、二人とも」
ヴァルガスと同じ赤髪の現シルビア王であるセルエスは、手に取っている書面を置き、二人の労をねぎらう。 その瞳には穏やかな光が宿り、優しさが滲み出ていた。
「いえ。 しかし滞りなく、とまではいきませんでした……」
セルエスの言葉に、ルシウスが眉を寄せながら申し訳なさそうに答える。
「……初日に話していたピングの実の服用を疑われていた者のことかな?」
セルエスはルシウスの応答に、昨日の会議であがった違法な木の実の服用を疑われていた人物に思い当たる。
試験一日目終了後、ピングの実の使用の疑惑を向けたルシウスは、会議の場でそれを発言した。
確たる証拠はなかったがゆえにその場で摘発することは難しかった為、審査員を務める隊長たちにも判断してもらう事となった。
そしてその後の調査により、使用の現場を確認するという決定的な証拠をつかみ、男は不合格となった。
疑わしきは罰せよというものだが、実際にそのやり方を行使してしまえば反感を買う可能性もある。
そう思ったゆえのルシウスの判断だ。
「はい。 やはり合否の結果に簡単に納得するような輩ではありませんでした」
「ふむ……地下牢獄に送られた男がいると報告があったが、件の男で間違えないようだね」
ルシウスは頷き、先ほど起きた一部始終について語る。
合否の結果に納得がいかず、あまつさえヴァルガスをも侮辱する言葉を発した男。 そして違法な肉体強化を指摘された男が激昂しルシウスに襲いかかってきたこと。 それを鎮圧し牢獄へ送ったこと。
ルシウスの話に相槌を打ちながら傾聴していたセルエスは、話が終わると手のひらを組み、吐息する。
「問題は次から次に出てくるものだね……」
「……心中お察しいたします。 それで――例の男にはいかような処分を下しましょうか?」
険しい顔を見せるセルエス。
他種族の差別思想の根強さを始めとする様々な問題を抱えているシルビア王国。
その現王であるセルエスの苦労を察しつつ、ルシウスは指示を仰ぐ。
「ひとまず男から話を聞き出してくれ。 処分については賢老会とも話し合った後、追って判断するとしよう」
「承知しました」
ルシウスは頭を下げ、了承の意を示す。
そんなルシウスにセルエスは「それにしても」と話題を切り替える前置きをし、
「ヴァルガスの事になると、ルシウスは冷静じゃなくなるな」
話を聞いていただけでもその光景が浮かんだのであろう。 悪戯っぽい笑みを浮かべながら告げるセルエスに、それまで黙して傾聴していたヴァルガスがそれに同調するように笑みを浮かべ、口を開く。
「いつもは澄ましているくせに私のこととなるとすぐに怒りだすのは相変わらずだな」
「っ! だいたいあの場面では貴方が激怒するべきでしょう! 自分のことを馬鹿にされて、なぜ何も言い返さなかったのです!」
ルシウスは痛いところ突かれ、動揺するのと比例して声を上げる。
いつも冷静な彼の見せる意外な一面である。
「言いたい奴には言わせておけばいいんだよ。 いちいち相手にしていてはキリがないだろう?」
「貴方は聖騎士団のトップなのですよ! あのような輩に嘲笑されて黙っている必要はありません!」
「大切な者を嘲笑されれば私も激怒するさ。 それに自分の事のように怒ってくれるお前がいるのだから、私が憤慨する必要はない」
「……また虫のいいことを言って。 少しは自分の事に対して怒ることを覚えてください」
ルシウスは、ヴァルガスの言葉に毒気を抜かれたように落ち着きを取り戻していく。
その二人のやり取りを見ていたセルエスは、聖騎士団を動かす二人の素のやり取りに温かい瞳を向けていた。
「相変わらず二人とも仲がいいな。 微笑ましい限りだよ」
セルエスの言葉に我に返ったように頭を下げるルシウス。
「申し訳ありません。 王の御前でこのように取り乱してしまって……」
「気にすることはないよ。 この場には私たち三人以外に誰もいないんだ。 取り繕う必要はないさ」
セルエスは穏やかに微笑み、告げる。
王の広い器に感謝するルシウスであったが、ヴァルガスの発言に再び激情することになる。
「そうだぞ。 幼いころからの仲なのだ。 なんなら昔みたいに『ヴァル君』と言ってみるか?」
「なっ! 貴方は黙っていてください!」
二人の掛け合いに爽快な笑声をあげるセルエス。
長い付き合いであるからこそ、セルエスもヴァルガスもその反応に懐かしさを覚える。
何もかもさらけ出していた少年時代からの関係が、ルシウスに意外な一面をさらけ出させる。
いつしかお互いの立場から表面に感情を出すことを自粛してきたルシウス。
その事を寂しく思いつつも二人は受け入れてきた。
しかし、それでも変わらずにあるものを実感し、心が温まる感覚を覚えるセルエス。
願わくば、この先も心の奥底は変わらず平和な世を続けていきたいものだと内心で静かに手を合わせていた。