表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/161

五話 激闘の末に 


 翌朝。 エドワードは手早く準備を済ませ食堂に顔を出す。

 昨日の疲れはほとんどなく、いつも通りに目が覚めた。

 食堂にはアリサ以外の家族がすでにそろっており、朝食をとっている。

 朝の挨拶を交わし、席につくエドワードだったが――

 

「エド、昨日はお楽しみだったみたいね」


「眠っている愛娘を抱きかかえながら堂々と廊下を通るなんて、まだまだ甘いね」


 席に着いた途端、好色めいた視線を二名から浴びることになるエドワード。

 真っ先に昨晩のことを口にするのはアリサの母と父だ。


「見ていらしたんですか……」


 エドワードはため息交じりに呟く。 

 全くもって好奇心旺盛な両親である。 それに加えてアリサの祖父までも好奇の視線を送ってくる。 

 エドワードの返答をアリサの両親と祖父が目を輝かせながら待っているが、やましいことは何一つやっていないエドワードは堂々と言い切る。


「ご安心ください。 みなさんが心配するようなことは何一つありません」


「まぁエドだものね」


「エドだからね」


「エドじゃからのぉ」


 ガーランド家の面々は納得と言わんばかりに頷く。

 からかってきた割にはえらく切り替えの早いものだと苦笑しながら、エドワードは用意されていた朝食に意識を向ける。 朝食のメニューはパンとベーコンエッグ、サラダにスープとバランスが考えられたものとなっていた。 エドワードは例により、お祈りを済ませてからいただく。

 

 数分後、ガーランド家の面々は一足先に朝食を終えたようで席を立つ。


「それじゃあ、エド。 僕と父は一足先にミクリア城に向かうとするよ」


「分かりました。 俺も朝食を終えたら向かいます」


「期待しておるぞ、エド。 詳しいことは言えんがお前の力量は既にワシらの耳にも入っとるからの」


 おそらく会議で話題に挙がったのだろう。 アリサの祖父の口ぶりからして、それが悪い評価でないことに安堵する。


「それは光栄ですね。 祖父の名に恥じないように頑張ります」


 アリサの祖父は満足そうに頷き、アリサの父と共に食堂を後にする。


「私も通りの方へお買い物に行くので、先にでますね」


「はい。 お気をつけて」


 そして、アリサの母も買い出しのため食堂から退室した。


 さらに数分後、朝食を終えたエドワードは壁にかかっている時計を見る。 時刻は七時十分。 試験開始時間には少し早いが、ガーランド家を出ることにしたエドワード。

 門に向かって歩き出した矢先。 屋敷の二階の窓から、アリサの大きな声が聞こえる。


「エド! いってらっしゃいませ!」


 急いで起きたのであろうアリサは、所々はねた髪を揺らしながら手を振っている。 そんな様子にエドワードは微笑を浮かべ、


「ああ、行ってくる!」


 アリサに手を振り返し、エドワードもミクリア城へ向かった。 


* * * * * * * *

 

 本日は試験二日目。 詳しい内容はまだ知らされていないが、座学の試験がないことを祈るばかりのエドワード。

 試験開始時間まであとわずか。 すでに全員が揃っているであろう入団希望者は、一日目の半分以下にまで数を減らしている。 試合に負けた者、試合には辛勝したものの怪我によりリタイアした者、理由はそれぞれだがそう簡単に騎士にはなれないことを暗に示していた。


 その結果、ここに残ったもの達は少なくとも才能を見込まれた強者ということになるだろう。

 みな一様に自分の強さに自信があると言わんばかりの顔つきをしていた。


 しばらく待っているとヴァルガス、ルシウスを含めた騎士たちが現れる。

 人数を見ると十人ほど。 中には雰囲気から隊長格と思われるものも数人いる。


「おはよう! 皆の者! 昨日は良い試合を見せてもらった。 さっそくだが試験の説明といこうか!」


 ヴァルガスが言い終えるのと同時に、例によりルシウスが前に出る。


「おはようございます。 本日、試験二日目は昨日と同じく、木製の武器を用いた模擬戦を行ってもらいます。 しかし、今回は入隊希望者同士ではなく、騎士団の者と対峙していただきます。 そして、敗退しても失格にはなりません。 我々、審査員が力量に見込みがあると判断したものは合格となり、晴れてシルビア聖騎士団の加入を認められます」


 座学がないことに安堵したエドワード。 しかし昨日の試験より厳しいであろう模擬戦の内容。

 相手はおそらく騎士団のなかでも選りすぐりの強者。 確かにいくら力自慢たちが残ったといっても、素人が騎士団に勝つ望みは薄いだろう。

 そしてルシウスは事務的に続ける。


「それでは、審査員とあなた方に戦っていただく対戦相手を紹介いたします」

 

 最初に前に出たのは黒髪碧眼の端正な顔立ちの青年。 入隊希望者達の中には、憧憬の眼差しを向けている者も多くいる。


「審査員を務める、二番隊隊長レオンハルト・バルフレアです。 ここに残った君たちは充分な実力を認められている者たちだと思う。 自信を持って二日目を戦って欲しい。 期待しているよ」


 レオンハルトは爽やかにそう言ってほほ笑む。

 彼のことはエドワードもよく知っていた。 『雷神剣』の異名を持つ騎士。 数多の魔物を一振りの後に滅する雷剣『ナルカミ』を使う剣士だ。

 端正な顔立ちと穏やかな口調からは想像も出来ないが、剣の実力では現シルビア最強と言われている。

 ヴァルガスとレオンハルト、本気で戦えばどちらが上か。 町の人々の議論は尽きないらしい。


 いつか手合せしてみたいと思っていた相手が目の前に現れて、若干の興奮を覚えるエドワードだったが、残念ながら対戦相手ではないらしい。

 レオンハルトが下がり、次に前に出たのはこちらも端正な顔立ちの青年。


「同じく審査員を務める、三番隊隊長バロン・ゼルナイトだ」


 バロンは単純な挨拶をして下がる。 労いや励ましもなく、無表情。 青い髪を分けた冷淡な男、というのがエドワードの感じた印象だった。


「バロンちゃん、もうちょっとおもろいこと言わな。 冷めた男やとバレてまうで?」


 そういいながら前に出たのは、所々癖のある黒髪を持つ細身の男。 土地柄の影響かおかしな訛りがでている。


「うるさい。 さっさと自己紹介しろ」


「そんなカリカリしたらあかんで? この子たち緊張してまうやろ?」


 訛り口調の男は「なぁ?」と近くの入隊希望者に問いかけている。

 問いかけられた青年は苦笑しながらおずおずと頷く。

 男はその相槌に満足したようでこちらに向き直り、自己紹介を始める。


「審査員を務めます。 四番隊隊長リカード・ジョーンズですわ。 以後お見知りおきを。 騎士団に加入した子達は三番隊にだけは配属されんように祈っとき? その青髪のイケメンは鬼のように厳しいサディストやから」


「サディストはお前だろ! 余計なこと言ってないでとっとと下がれ!」


「ほらな? 短気やろ? でもこう見えてええとこもあるからそんな怖がらんどってな?」


 すかさずツッコミを入れるバロンと、貶した後にしっかりフォローを入れるリカード。

 二人の掛け合いに忍び笑いを漏らす入隊希望者達。 

 しかし、エドワードはリカードへの苦手意識がそれとなく芽生えていた。 表面ではお調子者にみえるが、この男からは何かしらの危険な気配がする。 得体の知れない恐怖、それを密かに感じ取ったからだ。


 審査員の紹介が終わり、次に対戦相手が紹介される。


「近接武器の試験を担当する。 二番隊所属! エディ・バトラーだ! 模擬戦とはいえ、真剣にかかってこないと怪我するからな!」


 見る限りまだ若く、恐らくエドワードより三つか四つほど年上なくらいだろう。 若さゆえの熱血さが滲み出ている。 身の丈ほどある木槍を肩にのせ、大きな声でそう告げた。

 

「遠距離武器の試験を担当します。 五番隊副隊長エゼル・ノートンです。 エディ君が言ってた通り、真剣に向かってきてください。 だからと言って固くなりすぎず、十分に自分の力を我々に見せてください」


 こちらは初老の男で、面倒見の良さそうな雰囲気。 若干ブライと似たものを感じるエドワード。


 全員の自己紹介が終了したところで、ヴァルガスが声をあげる。


「皆の者! 今日で試験は終了となる。 持てる全ての力を出し切り、己の力を存分にアピールしてくれ!」


 総司令官の激励に入団希望者達は相槌を打ち、気合十分といった様子だ。 もちろんエドワードも例外ではない。 表情には出さないように努めているが、内心では闘志を燃やしていた。


「以上! それではさっそく始めるしよう! 呼ばれたものから闘技場中央へ来てくれ!」


 こうして二日目の試験が開始した。


* * * * * * * *


 ヴァルガスの開始の号令から、一時間半ほどが経過していた。

 近接武器を使用する者はエディが、遠距離武器を使用する者はエゼルが交代しながら試験を行っている。 入団希望者達は全力でぶつかっているが、さすがは騎士団といったところか。 半数ほどの試験が終わっている時点で、かすり傷を与えられるものすらほとんどいない。 

 

 そしてようやくエドワードの順番が回ってきた。


「次! エドワード・ヴァーミリオン! 中央へ!」


 ヴァルガスの呼び声と同時に立ち上がり、中央へ向かう。


「さて、来ましたね」

 

「あの少年がヴァルガス殿が言っていた子かな」


「なんや、まだ十代半ばぐらいやないか? ほんまにデキるんか?」


「ヴァーミリオン家の子息らしいが……見ものだな」


 ルシウス、レオンハルト、リカード、バロンが今年の目玉である少年の登場に、各々呟きや感想を述べている。 期待、疑惑、好奇。 審査員たちはみな一様に品定めするような視線をエドワードに向けていた。

 

 エドワードは中央に立ち、エディと対峙する。 連戦を強いられているがほとんど疲れは見えない。 恐らく二番隊の中でも指折りの猛者であろうことを感じるエドワード。

 そんなエドワードに不敵な笑みを浮かべるエディ。


「お前がヴァルガス総司令官が言ってたやつか! 待ちわびたぜ!」


「ご期待に添えるか分かりませんが、全力でいかせてもらいます」


「ああ! 俺も総司令官に手加減の必要はないって言われてるからマジでいかせてもらうぜ」


 ヴァン以外の強者と戦えることに、エドワードは内心高揚していた。 そして、今まで本気ではなかったという事を言外に告げるエディにさらに闘志がみなぎる。

 エディも同じく、ヴァルガスが期待をかけるほどの相手と対峙していることに気迫充分の様子だ。


 闘志を全面に出すエディ。 内なる闘志を燃やすエドワード。


「二人共、準備はいいな?」


 ヴァルガスの言葉に無言で頷く二人。

 二人の試合はヴァルガスの合図を皮切りに始まる。


「それでは――始めっ!」


 先に動いたのはエディだった。

 右足で勢いよく地面を蹴り、一瞬でエドワードとの間合いを詰める。 そして、槍を左から右へ横に一閃した。

 木剣を逆手に持ち、受けるエドワード。 その槍撃の重さに顔を一瞬しかめる。 数秒の競りありの後、エドワードが槍を受け流しながら身体を回転させ、エディの肩を目掛けて斜めに斬りおろす。 槍を横にして頭上で受け止めたエディだが、その顔からは笑みは既に消えている。 


 そして、両者ともに弾かれるように一旦間合いを取る。


「おいおい、その身体のどこにそんな力あんだよ」


 槍から手を放し、手のひらを振るエディ。

 エドワードの体型は至って標準だ。 ヴァルガスのように筋骨隆々ではないし、だからといって華奢ではない。 しかし、たった一振りで自らの腕を痺れさせたエドワードの膂力に、エディは驚きを隠せないようだった。


「そっちこそ。 さすがに試験を任されるほどの実力者は簡単には倒せませんね」


「勝つつもりかよ。 いいね! その心意気!」 


 エドワードの宣言が虚勢ではないことを感じたエディは嬉しそうに微笑み、木槍を頭上付近に構えた。 右手で柄の中央よりやや下を持ち、左手を穂の手前に添える。

 そして、槍先をエドワードに向けて体勢を低くする。

 

 その構えに試験を観覧していたリカードが呟く。

 

「エディちゃん、マジで倒しに行く気やな」


「らしいな、あの槍術を初見で見切るのは無理だろう」


 バロンの言葉にリカードとルシウスも同意していた。


 一方エドワードは木剣を下腹の辺りで両手で持ち、余計な力を脱力させ、何かしら仕掛けてくる気配のあるエディと対峙していた。

 ヴァルガスとレオンハルトはエドワードの異様ともいえる落ち着きぶりに、なにかしらの予感を感じている様子だった。


「ヴァルガス殿、彼の稽古の様子を見たのですよね? ご感想を聞いてもよろしいですか?」


「レオンハルト。 『剣神』の攻撃を十六歳の少年がかわすなんて話を信じられるか?」


 ヴァルガスは真剣な面持ちで、中央の二人を見据えたままレオンハルトに問う。

 レオンハルトはしばし黙考し、答えた。


「利き手を使えず、前線を退いて十数年だということを考慮しても、可能性は限りなくゼロに近いでしょう」


「だろうな。 私もそう思っていた――先日まではな。 あの少年は間違いなく天才だ」


 その言葉を聞き、レオンハルトはヴァルガスと同じく中央を見据える。 言い切るということはそれだけの理由があるという事。 およそ冗談には見えないヴァルガスの言動の真意を、戦いの中で見出そうとしている様子が窺える。


 中央の二人はお互いに牽制し合うような視線が交わされていた。

 その様子に、入隊希望者の面々も息をのむ。


 そして、遂に二人の戦いが動き出す。


 仕掛けたのは、またもエディからである。 槍先を地面に突き立てバネがわりにし、自らの身体を跳躍させる。 数メートルの高さから真っ直ぐエドワードに槍先を向け、下降した。

 エドワードはそれを爪先で地面を強く蹴り、後退してかわす。

 しかし、エディの攻撃は終わらなかった。

 着地の際に地面に突き刺さった槍をバネにし、槍をしならせ、エドワードに向けて真っ直ぐ振り下ろす。

 まるで大木を叩き付けるような轟音が鳴り響き、鋭い槍の衝撃が地面を抉る。

 エドワードはまたもバックステップでそれを何とかかわすが、エディは畳み掛けるように連撃を仕掛ける。

 体勢を若干崩したエドワードを襲う刺突の嵐。 

 この連携をあの体勢からかわすことは不可能だ。 審査員のほとんどが勝負は決まったと確信した――


 刹那、エドワードの瞳は大きく見開かれ、エディの連撃を全て紙一重でかわす。

 顔面に、肩に、足に、腹に、胸に。 凄まじい勢いで繰り出される刺突の一撃一撃を全て見切りながらかわしていく。 


 その様子に、この模擬戦を見ていた全ての者が等しく戦慄を覚えた。 

 エドワードの能力に太鼓判を押していたヴァルガスですら驚愕している。


 すべての攻撃をかわしたエドワードは瞬間、エディの視界から消える。

 動揺の隙を見逃さず背後を取り、エディの背中に渾身の一撃。 

 エドワードの凄まじい剣撃に表情を歪め、エディの身体は数メートル飛ばされ倒れる。 

 エディは苦悶の表情を浮かべながらも、槍を杖代わりに立ち上がろうとするが――そのまま倒れこんだ。


 長いようで短い沈黙。 レオンハルトはヴァルガスに向けて呟いた。


「なるほど。 これはヴァルガス殿が推薦したくなる気持ちも分かりますね。 単純な戦闘能力だけ見れば、恐らく副隊長クラス、あるいは――」


「あぁ、隊長にも及ぶかもしれん。 しかもまだ十六歳だ。 これからさらに強くなるだろう。 間違いなく未来のシルビアを背負う騎士になる」


 喜色満面にそう告げるヴァルガス。 その表情は息子の成長を喜ぶ父親のような温かさがあった。

「ええ」と微笑みながらレオンハルトも賛同の意を示していた。


「そこまで! 勝者――エドワード・ヴァーミリオン!」


 ヴァルガスの終了の合図を聞き、エドワードは研ぎ澄まされた集中を解くかのように吐息した。 

 自分は確実に強くなっている。 騎士団にも通用する。 その自信がエドワードの中に芽生えた模擬戦となった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ