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四話 幼馴染


 ベル爺の家で食事のもてなしを受けたエドワードは、二人に礼を言ってから別れを告げ、ガーランド家に向かった。


 ガーランド家は、ベル爺の家から南に十五分ほど歩いた場所にある。

 しかし、エドワードの足取りは重かった。

 ただでさえ、手紙の返事があまりマメでないことを咎められる上、遅れたことまで説教されるとなると辛いものがある。 単なる推測だがほぼ間違いないだろう。


 結局、予想した時刻より十分ほど多くかかって、ガーランド家に到着する。 


 国の政治を取りまとめる『賢老議員』を祖父と父に持つアリサ。 ガーランド家の邸宅は『お屋敷』と呼べるほどに大きなものだ。 立派な鉄製の門。 邸宅を囲む大きな庭。 高価そうな置物。

 そんな豪邸に泊まれるというのに、エドワードの足取りは門の前で止まる。

 アリサの非難が目に浮かぶようだ。


「……仕方ない。 正直に話そう」


「何を正直に話すのですか?」


 噂をすれば。 門の向こうには、悩みの種であるアリサが待ち構えていた。

 栗色の腰あたりまである癖のない長い髪に、花の髪飾り。 髪の色と同じ栗色の瞳。 そして、薄緑色のドレスを身にまとっている。

 まさに『お嬢様』と呼ぶのが相応しいような清楚な少女。

 そんな少女が笑顔で出迎えてくれたが――目は笑っていなかった。


 そんなアリサを見て、「やっぱりな……」と内心で呟く。

 アリサは貼り付けたような笑みを崩さず、問いに対しての返答を待っている。

 エドワードは吐息し、率直に謝罪することにした。


「悪い……遅れた……」


「そんなことは分かっていますわ。 どうして遅れたのかしら?」


 即座な切り返しにエドワードは口ごもる。 だが、黙っているわけにもいかない。 好意で宿の提供を申し出てくれた幼馴染み。 そんなアリサに説明もなしでは済まされないだろう。


「ちゃんと説明する」

 

 アリサは貼り付けたような笑みを崩し、ため息。 門の鍵を開け、エドワードに中に入るよう促す。


「ひとまずお入りになって。 お話は中で聞きます」


 エドワードは促されるままに邸宅内に入る。

 庭の中の舗装された道をアリサが歩き、その斜め後ろから付いて行くエドワード。

 表情は暗さと角度的なもので窺えないが、アリサの機嫌の悪さは言うまでもない。

 無言のまま歩き、門と同様に立派な玄関の扉を開くアリサ。


「おかえりなさいませ。 アリサ様。 そしていらっしゃいませ、エドワード坊ちゃま」


 ガーランド家の執事であるブライが迎えてくれた。

 彼は、ヴァンやアリサの祖父よりも年上であり、長年この屋敷に勤めているらしい。

 完全に白く染まった髪と、刻まれた皺が、ブライの年齢を暗に示している。

 ブライの他にも幾人かの使用人がいるが、彼が一番の年長者だ。


「ただいま。 ブライ」


「お邪魔する。 それより坊ちゃまはそろそろやめてくれ……」


「何をおっしゃいますか。 坊ちゃまは坊ちゃまでございます」


 ブライは、出会ってから今までずっと坊ちゃまと呼び続けてきた。 ヴァンの孫であり、令嬢の恩人ということが理由に挙げられるが、些かむず痒い気持ちになる。

 そんな二人のやり取りを断ち切るようにアリサが問いかける。

 

「ブライ。 お父様達は?」


「各々自室にいらっしゃるかと。 もうしばらくで食事の準備が整うので、お呼びに向かう所でしたが、お二人がお帰りになったのが見えたので」


「そう。 良いタイミングでしたわね。 エド」


 まだ食事が始まっていなかったことに内心安堵する。

 自分のせいで食事が遅れていたら、罪悪感に苛まれることになっていただろう。

 そんな心配を察した上での皮肉交じりのアリサの発言に苦笑を浮かべるエドワード。


「親父さん達は遅かったのか?」


「ええ。 入隊試験についての会議があったらしいのです。 エドが来る十分ほど前に帰宅なさったわ」


 懐中時計を確認すると時刻は八時を少し過ぎた所。

 試験が終わった後に会議があったとして、二時間以上も話し合いが行われていたらしい。


「賢老議員も大変だな」


「そうですわね。 まぁそんな話は今はいいのです。 食堂に向かいましょう」


 促されるままに長い廊下を通り、食堂に向かう。

 相変わらず不機嫌なアリサに何度目かの溜め息をつくエドワード。

 非は自分にあるのだが、ここまであからさまな態度を見せられると億劫だ。

 説明して謝罪したとしても機嫌は直らないだろうと思う。

 こうなった時のアリサは手が付けられない。


 そうこうしているうちに食堂に到着する二人。


 広い部屋の中に縦長のテーブルがあり、純白のクロスの上にはまだ空の食器が綺麗に並べられている。

 天井から吊り下げられているシャンデリアには、蛍光型の魔石が組み込まれてあり、その光がまだ誰もいない食堂を明るく照らしていた。


「さて、父様達がいらっしゃる前にお話を聞きたいのですけど?」


 先に席に着いたアリサが、遅れた理由の説明を促す。

 面倒事を食事の最中に話すより、今のうちに話そうというアリサの目論みに賛同するエドワード。

 アリサと向かい合う形で着席し、事の経緯を話す。


 すべてを話し終えたエドワードは、黙しているアリサの様子を窺う。

 推測では「そんなの理由になりませんわ!」と、怒られる予定だったが――


「それなら仕方がありませんわね……」


 エドワードの推測は見事に打ち砕かれ、狐に包まれたような面持ちになる。


「なによ、その顔。 人助けをした殿方を責める気にはなりませんわ」


「絶対にお説教が始まると思ったんだがな……」


「そこまで器の小さい女ではありません」


「いつも怒られてばかりな気がするぞ」


「それはエドが剣以外にズボラだからです!」


 そんな風に思われていたのが気に入らなかったのか、アリサは鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 エドワードはひとまず説教を回避できたことに安堵し、むくれているアリサを宥める。

 ひとまず機嫌が直ってきたアリサは、ふと気が付いたように問う。


「食事をご馳走になってきたのなら、こちらの食事はどうなさるの?」


「ああ、用意してもらってるなら有難くいただくつもりだ」


「相変わらずの大食らいですわね……」


「否定はせんが、お前も小さい頃は俺と同じくらい食ってたよな」


「それは小さい頃の話ですわ!」


「それに危ないって言ってるのに村にちょくちょく来るし」


「だからブライをお供につけて来てました!」


「振り回されるブライの身にもなれよ……」


「もうっ! なんですの!? 話が逸れてますわよ!」


 アリサがその場から立ち、甲高い声で反論する。

 そんな様子を見ていたのか、女性の嬌笑と男性と老人の哄笑が聞こえた。


「まったく、相変わらずね。 二人は」

「『喧嘩するほど仲が良い』ということかな?」

「アリサを怒らせるのはエドぐらいじゃからな!」


 笑声の正体はアリサの母と父。 そして祖父だった。

 三人は今の会話を聞いていたようで、微笑みながら席に着く。

 覗き見されていたことに憮然たる面持ちのアリサ。

 そんなアリサを尻目にアリサの母が口を開く。


「お久しぶりね。 エド君。 元気そうで何よりだわ」


「はい。 おば様もお変わりなく」


 微笑みながら話すアリサの母に、エドワードも丁寧に応答する。

 アリサと同じ、栗色の髪を背中におろした淑女。 年の割に若く見えるのは、漂う気品さの影響であろう。

 アリサは母親似だが、唯一違う点を挙げるとすれば母親の髪は緩やかに巻かれていることぐらいだろうか。


「随分と立派になったね。 背も伸びて大人になったよ」


「ありがとうございます。 おじ様もお変わりないようで」


 次に口を開いたのはアリサの父だった。

 黒に近い癖のない茶髪。 穏やかな物言いは出会った頃から変わらない。


「背が伸びるのは当たり前じゃろう! それよりもエドが敬語を使えるようになったことの方が驚きじゃ!」


 豪快に笑う御仁はアリサの祖父。

 現賢老議員の議長であり、祖父の古い友人でもある。 刻まれた皺と鋭い眼光に貫録を感じるが、孫想いで朗らかな老人である。

 

「それはずっと言い聞かせてきた私のおかげですね?」


 黙していたアリサがここぞとばかりに尊大な態度で口を開く。


「そうだな。 ずっと『しつこく』言い聞かせてきたおかげだな」


 得意げに述べるアリサにエドワードは一言追加する。

 そんなエドワードを鬼気迫る形相で睥睨するアリサ。

 

「そんな事ばかり言ってたらいつか痛い目にあいますわよ」


「冗談だよ。 確かに目上の相手を敬うのは大事なことだ。 それを教えてくれたアリサには感謝してる」


 突然の感謝の言葉にアリサは一瞬驚きをみせ、照れくさそうに俯く。

 そんなやり取りに他三名は生温かい視線を向けていた。


「食事をお持ちいたしましたが、ずいぶんと楽しそうなご様子で」


 二人のやり取りを見ていた者がもう一人追加。

 食事を載せた台車を押しながら、ブライが食堂に入ってくる。


「二人共、仲睦まじくて嫉妬しちゃうわ。 ねぇあなた」

 

「そうだね。 いつになったらうちの婿養子になってくれるんだろうね」


 アリサの両親の会話についていけないエドワード。

 『婿養子』という言葉が聞こえたが、家名が『ガーランド』になるのは避けたい。 『エドワード・ガーランド』なんて脚韻を踏んでいるようでおかしな感じだ。 と内心で呟く。

 それに『ヴァーミリオン』という家名に愛着があり、誇りがあるエドワードには、他の家名になることはあまり望ましいことではない。

 一方、アリサの方は頬を染めて満更でもなさそうに俯いていた。 

 エドワードの心情を察した老人はアリサに同情するように口を開く。


「アリサ、エドワードに期待するのは少し難しいのう……」


 ローガンの言葉に我に返ったアリサは苦笑しながら応答した。


「わかっていますわ。 この朴念仁にはいつかきちんと想いを告げます。 わたくしは想いを伝えず悶々としているほど乙女ではありませんから。」


「それでこそワシの孫娘じゃな! 婆さんに似てきおるわ!」


 豪快に笑うローガンを見ながら、一人取り残された感覚のエドワード。 見かねたブライが食事を促す事でエドワードの『ガーランド家への婿養子計画』及び、『恋心に鈍感事情』の話は幕を閉じた。


* * * * * * * *


「さすがに疲れたな……」


 エドワードは客人用の部屋のベッドに横たわり、天井を見上げる。

 部屋の中を照らすのは発光魔石が施された卓上ランプのウォーム色のみ。

 視線を天井から部屋全体へと移す。

 壁には風景画が飾られており、出窓には天使の置物。

 床は塵一つないほど綺麗に掃除されている。 もちろんベッドも言うまでもなく、完璧な仕上がりだ。

 シンプルだが手入れが行き届いており、意匠を凝らした部屋。 高級宿屋と比べても見劣りしないだろう。

 

 室内観察を終えたエドワードは今日の出来事を振り返る。

 エルフのステラ、ベル爺との出会い。 祖父以外の相手と久しぶりに対峙した模擬戦。 ガーランド家の面々との再会。

 要約するとそれだけだが、非日常的な一日がエドワードに緩やかな疲労をもたらしていた。

 

 そんな中、部屋を二度ほどノックする音が聞こえ、エドワードは半身を起こして応答する。


「アリサですわ。 入ってもよろしいかしら?」


「ああ、開いてる。 どうしたんだ?」


 入ってきたアリサに問いかけるエドワード。

 アリサは先ほどとは違い、薄水色のネグリジェに身を包んでいる。

 少女と女性の間の、どこか幼さの残る色気がある。


「お休みになるまでお話をしようと思いまして」


「別に構わない。 適当に座ってくれ」


「それでは、失礼しますわ」


 アリサはすたすたと歩み寄り、エドワードの隣。 つまり、ベッドの上に腰を下ろす。

 このような美女に夜に部屋を訪ねられ、ベッドに座られれば、期待しない男はいないだろう。

 もちろんそれは『普通の年頃の男』での話である――


「隣に来ると話しづらいだろ」


 それが色気にあてられた上での発言ならばアリサも報われるのだが、エドワードにそんな気配は全く感じない。 そんなエドワードに小さくため息をつくアリサ。 


「エドが適当に座れとおっしゃったからここに座ったのです」


「……まぁいい。 それより説教の続きはやめてくれよ」


 食事を終えた後、恐れていた手紙の話題になってしまった。

 遅れたことに対する説教がなくなって、安堵していたエドワードの不意を突くような話題の登場。 当初推測した通りではあったが、安堵していた矢先にあれこれと説教が始まったのは正直勘弁してほしかった。


「わざわざそのことでお話に来るほどしつこくありませんわ。 お望みなら一からもう一度お話しますが?」


「頼むから勘弁してくれ」


 お手上げと言わんばかりに両手をあげるエドワードに、アリサはクスリと笑う。


「冗談ですわ。 せっかく久しぶりに会えたのですから、もう少しお話しておきたいと思ったのです」


「明日も泊まらせてもらうんだからそんなに焦ることはないだろ」


「時間は有限なのですよ? こんな世の中ではいつ儚く散ってしまうか分かりませんから」


 冗談交じりのように呟きながらも真剣な瞳のアリサ。

 アリサの言うことには同意するエドワード。 魔物が存在し、山賊団などの危険な組織もあるこの世界では、いつ死が訪れても不思議ではない。

 しかし――


「俺が守る。 その為に騎士になるんだからな」


 その言葉にアリサは驚愕の表情を浮かべる。

 しかしそれはゆっくりと優しい微笑みになる。

 

「エド」


「なんだ?」


――少しだけ、甘えさせてください。


 そう言ってアリサはゆっくりエドワードの太腿に倒れこみ、頭を預ける。

 エドワードは一瞬、呆気にとられるが、そのまま成されるがままの状態になった。


 どのくらいそうしていただろうか。 エドワード何も言わず膝の上にいるアリサを眺めていた。


「エド。 初めてあった時のこと覚えてますか?」


「覚えてる。 森で迷って泣いてた」


 いつもは強気で説教ばかりしている彼女だが、初めて会ったときはただのか弱い子供だった。 森で迷い、うずくまって震えていたアリサ。 当然といえば当然だ。

 十歳に満たない少女が獣の唸り声や魔物の気配に怯えながら森で迷えば誰でもそうなるだろう。


「そうですわ。 あの時も泣いているわたくしに同じ言葉をかけてくださいましたね。」


「そうだな。 それも覚えてる」


 アリサはピクリと反応し、頭を動かして俺を見上げる体勢になる。 


「覚えていて……くれたんですね」


「俺は約束は守る。 交わした誓いは忘れん」


 アリサはその栗色の瞳に涙を浮かべながら微笑む。


「本当に……変なところで細かいんですから」


 その後エドワードはアリサが眠るまで膝を貸し、眠ったアリサを抱きかかえて、部屋まで連れていった。

 

 眠り姫は幸せな夢を見ているようで、穏やかな表情をしていた。



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