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二話 白金の少女 


「それじゃあ、じいちゃん。 行ってくる」


「ああ、気をつけて行ってこい」


 まだ、日輪が顔をのぞかせて間もない早朝に、エドワードは祖父に挨拶をして、小屋を出た。

 布袋には、ヴァルガスの書状と銀貨が二枚。 そして時間を把握するために祖父が持たせた懐中時計。

 エドワードは、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 「よし」と呟き、王都への道のりを歩きだした。


 ヴァルガスからの書状にはこう記されていた。


『場所は王都ミクリアの訓練用闘技場で行われる。 日時は七日後の正午から二日にわたり行われる。 ほかの参加者も多数いるため、場所がわからないということはないだろうと思う。 合格の発表は入団試験終了後の三日目の朝だ。 それでは待っているぞ』


 シンプルで必要なことだけが記入された文章。 形式通りの長ったらしい文章より、必要なことだけが書かれた書状のほうが、エドワードには分かりやすくて都合がいい。 


 振る舞いだけ見れば、ヴァルガスはお世辞にも清く正しい騎士には見えない。 しかし、その佇まいから祖父と似た隠し切れない闘気を感じる。 エドワードは先日の数分の会話でそれを見抜いていた。


 しばらく歩いていると、『ケルト村』が見えてくる。 まだ日の出から間もないというのに、村人の何人かは畑仕事に勤しんでおり、エドワードを見かけると作業を中断し、声をかけてきた。


「おお、エドワードじゃないか。 確か今日は入団試験の日じゃったな」

「お前さんなら間違いなく合格するじゃろ」

「ほれほれ、家の畑で取れたブロムベリーじゃ、持っていきなさい」


 次から次に激励を受けるエドワード。 幼いころからエドワードのことをよく知り、『剣神』の孫だからという色眼鏡で見るようなことをせず、努力し続けるエドワードの姿勢を知っている彼らは、エドワードの入隊を信じて疑っていない様子である。


「ありがとう。 みんな。 頑張ってくる」


 しばらく村人と談笑していると、村長が小屋から出てきて声をかけてくる。

 

「エドワード。 おはよう、今日じゃったな。 鳥竜は使うか?」


『鳥竜』と呼ばれる生き物は走行に特化した乗用、荷運びに使用される竜のことである。

 王都までは徒歩で数時間ほどかかる為、村の人々は城下町に用があるときは、鳥竜が引く台車『鳥竜台車』に乗って移動する。 ケルト村は現在三頭の鳥竜を所持しており、その貸し出しを村長が申し出る。


 しかし、エドワードは祖父から鍛錬の為という理由で、幼いころから鳥竜に頼らず城下町まで行き来してきた。 その為、今回も鳥竜を使うという考えはエドワードにはなかった。


「大丈夫、歩いていく」


 村長はエドワードの殊勝な心がけを読み取り、「気を付けて行ってきなさい」とだけ声をかける。

 村人たちもそれぞれ小さな旅の無事と入団試験の励ましを口にし、エドワードを見送った。


 村人たちに別れを告げ、村を後にしたエドワードは王都ミクリアへ続く街道を歩き始める。

 小鳥達の歌うようなさえずりがどこからともなく聞こえ、涼しい風が野花の香りを運んでくる。

 エドワードは村人から貰った『ブロムベリー』を口にする。

 真っ赤に熟れてほんのり甘酸っぱく、みずみずしいそれは、エドワードを満たすと同時にアリサの言葉を思い出させた。


――ブロムベリーはキスの味がするんですって!


 顔を赤らめながら、照れ隠しのように大きな声でそう宣言していたアリサ。

 エドワードは『そうなのか』とだけ呟くと、アリサは何故か怒っていた。

 へそを曲げたアリサの機嫌をとるのは中々骨が折れたもんだと、エドワードは振り返る。

 

 先日、そんなアリサからいつものように手紙が届いた。 こちらも騎士団の入隊試験の為に王都に向かう旨を書いて伝書鳩に渡しておいた。 するとその日のうちに返書があり、長々とした文章(主にたまにしか返事を出さないエドワードへの説教)と入隊試験中の宿の提供を申し出てきた。

 試験は二日に渡り行われ、合格発表がその翌日になる為、宿に泊まることになる。 アリサの申し出はありがたいが、彼女に会うとなると手紙の説教を直接聞く羽目になるので少し憂鬱だった。


「まぁ、なにはともあれ今日の試験に集中するべきだな……」


 エドワードは自分に言い聞かせるように呟き、街道を進んでいった。


* * * * * * * *


 ブロムの森を抜け、王都ミクリアと城下町を確認できる位置まで歩を進めたエドワード。


 ここまでくれば人の通りも多くなる。

 鳥竜台車に乗った商人や、荷運び屋。 街道の警備を担当する騎士。 空を舞う大きな翼を持った鳥人族。 エドワードと同じように、入隊試験を受けに来たであろう戦士たち。

 他国とも比較的交流の深い国なだけあって、様々な目的を持った人々が行き交う。

 

 王都全体を囲む門をくぐり、城下町に入ったエドワード。

 石造りや木造りの建物が密集し、所狭しと果物屋、肉屋、武器屋、魔石屋などの露店が立ち並んでいた。

 街道以上に活気ある街並みを眺めながら、城へと歩みを進める。


 ミクリア城に行くには、城下町をある程度迂回しなければならない。

 敵対勢力が攻めてきた場合を想定して、王城までの道は一本道でつながっているわけではないのだ。


 しばらく歩いていると、ふと、魚屋の隣の路地裏に不穏な空気を感じたエドワード。

 単なる勘でしかなかったが、気がかりになったエドワードは路地裏に足を運んだ。

 物陰から様子をうかがうと、あきらかにタチの悪そうな二人組が、藍色のマントに全身を包んだ一人にからんでいる光景が目に留まった。

 いくら、比較的平和な国と言ってもこういう輩は存在するものだ。

 

「なぁ、嬢ちゃん。 お顔を見せてくれよ」


「俺らと楽しいことしようぜ」


 にやにやと下品な笑みを浮かべる、いかにもな二人組。 会話の様子から藍色のマントのほうは少女のようだった。 少女はフードを深くかぶっていて、表情はうかがえないが、迷惑そうにしていることは一目瞭然だ。


「少し寄り道するか……」


 少女を助ける為、物陰から身を出そうとしたエドワード――


「下賤な種族が……」


 瞬間、彼女の身体が赤く発光し、拳ほどの大きさの火の玉が少女の頭上に出現した。

 それと同時に、魔法の発動による風圧でフードが上がり少女の顔があらわになる。

 燃え盛るそれに、二人組は小さな悲鳴をあげ、不甲斐なく尻餅をつく。


「お、お前、魔導士……しかも、無詠唱術者……」


「その眼、エルフか!? わ、悪かった! 許してくれ!」


「去れ。 二度と近づくな!」


 二人組は悲鳴をあげながら我先にと路地裏から姿を消した。

 火の玉は標的を失い、少女の頭上で儚く消える。 少女を纏う赤い光もそれに習うように霧散した。

 その一部始終を見ていたエドワードが呟く。


「エルフ……」


 細くさらさらとした長い金髪から、エルフ特有の横に尖った耳が顔を覗かせている。

 エドワードの声に少女の耳がピクリと反応し、こちらを振り向く。

 

「……誰!」


 少女の威嚇するような声。

 エドワードは彼女に歩み寄り、一歩分開けて立ち止まる。

 翡翠色と紺碧の左右色の違う瞳が宝石のように煌めき、エドワードを捉える。

 しかし、その眼はあきらかな敵意を宿していた。


「離れろ。 ニンゲン。 先ほどの様子を見ていたなら分かるはずだ」


 彼女の身体が再び赤く煌めきだす。

 しかしエドワードにとってはそんなことは重要ではなかった。

 エルフという種族はエドワードにとっては特別なのだから。


「綺麗な瞳だな……」


 エドワードの言葉に少女は驚きの表情を浮かべる。

 他種族と友好関係にあるといっても、それは国の方針であるに過ぎず、民の中から差別意識が完全になくなったとは言い難い。 特に妖精族は人族との交流をあまり良しせず、関わりが少ない為、好奇の目にさらされることも少なくなく、差別的な眼差しで見られることもある。

 エルフはぼんやりとしたものだが読心術を生まれた時から備えているため、そういう要素も煙たがれる要因であろう。


――人は誰でも、心を読まれることを恐れるのだから。


 赤い光はみるみる行き場を失い、音もなく消え去っていった。

 

「……エルフ以外の者に初めて瞳を褒められた。 ニンゲンはこの瞳を見ると気持ち悪がるから」


「そうなのか? 俺には気持ち悪いなんて感情は浮かばなかったな」


 エドワードは柔和な面持ちでそう告げる。

 エドワードの言葉から本心であることをそれとなく読み取り、純粋で偽りのない感情に毒気を抜かれる少女。

 そして、目の前の少年からわずかにエルフの香りがすることに気づく。


「あなた、エルフの血をひいているの?」


「ああ、母さんがハーフエルフだ……分かるのか?」


 エドワードが少女に不用意に近づいた理由。  母、そして自分の身体に流れる妖精族の血。

 その種族の純血の少女を目にして、好奇心が勝ってしまったのだ。

 エドワードの問いに彼女は俯きながら応答する。


「匂いで。 そう……」

 

「混血はあまり好かれないと聞いていたんだが?」


「あなたは私を見ても気味悪がらなかった。 だから私もあなたが混血だとしても差別することはしない」


「それは有難いな。 それよりあんたこんな所でなにしてるんだ?」


 エドワードは素朴な疑問を口にする。 少女がこんなところにいれば面倒事に巻き込まれるのは一目瞭然である。 それがエルフの少女ならなおさらだ。


「道に迷ってしまった……」


 困ったように髪の色と同じ眉を下げながら呟く。 鈴の音を遠慮がちに鳴らすような小さく澄んだ声。

 エドワードの性格から、困っている人を見捨てる真似は出来ない。 

 幸い、早朝から余裕を持って出立したおかげで入隊試験まではまだ余裕がある。 それを懐中時計で確認したエドワードは少女の道案内をしようと考えた。


「どこに行きたいんだ?」


 少女の翡翠色と紺碧の双眸が丸くなる。

 エルフという他種族にわざわざ道案内を申し出る様なおせっかいはいない。

 少なくとも少女はそんな『ニンゲン』には出会ったことがなかった。

 

「お人好しというやつなの?」


「困っているやつがいたら助けろ。 そう教えられてきたからな」


「そう」


 宝石を埋め込んだような瞳が細くなる。 少女は初めてやわらかい表情を見せた。

 そのわずかに見せたほほえみには、自然的な美しさを感じられる。 

 そんな表情にエドワードの中で、先ほどまでの冷たい氷のような少女の印象から、温かい日差しのような印象に変わる。

 

「なんだ、あんた笑えるのか」


「失礼な男。 それと私の名前はあんたじゃないわ。 ステラ・ガーネット」


「俺はエドワード・ヴァーミリオンだ。 エルフは笑わない種族かと思った」


 真面目な顔でそんな突拍子もないことを言い出すエドワードにステラは一瞬唖然とし、直後、こぼれるような笑顔を浮かべ、晴れやかな笑声をもらす。 白く透き通るよな美貌の少女。 しかし、笑うと幼さの残るあどけない顔になる。


「そんなわけないでしょ。 おかしな男」


 先ほどのエドワードの発言がよほどツボにはまったのか、ひとしきり笑った後で、目の縁の涙をすくっている。

 その様子にエドワードも微笑みを浮かべる。


「前言撤回だな。 よく笑う」


「当たり前でしょ。 エルフをなんだと思っているのよ」


「第一印象がびっくりするぐらい冷たかったからな。 それに純血のエルフに会うのは初めてだ」


「そうなんだ」


 落ち着いたところで話を続けるエドワード。 

 彼女はどうやら町の西側に住んでいるエルフの老人に会いに行きたいらしい。

 老人の名前はベル爺。 長寿のエルフの中でもさらに長く生きる老人で、このミクリアに住む唯一のエルフだそうだ。

 場所は、聞くところによるとエドワードの行きつけの雑貨屋のすぐ側だった。

 入隊試験が行われる訓練用闘技場も、ミクリア城の西門付近にある為、時間的なものを考えても十分に送り届けることができる。


「送っていく。 俺もちょうど西側に用があるからな」


 ステラはしばし思案する様子を見せ、申し訳なさそうに頷く。

 エドワードはステラが頷くのを確認して歩き出す。

 並んで歩く彼女にエドワードは「それに……」と付け加える。


「またあんな風に魔法を使っていると衛兵に拘束されかねないからな」


「暗に私がまた面倒事に巻き込まれるって言いたいのね」


 ステラには余計なひと言だったらしく、頬を膨らませて不満をアピールしている。 

 先ほどまで無慈悲に魔法を発動していた少女には見えないほど表情豊かだ。

 それに言葉づかいも年相応の少女のもの。

 エドワードはぼんやりとした安堵感を感じるのと同時に、ステラがフードをかぶっていないことに気づく。


「ステラ。 フードはかぶってなくていいのか?」


「エドワードと一緒なんだし面倒事には巻き込まれないんでしょ。 それにかぶってたら話しづらいじゃない」


 若干の皮肉を交えながら、ステラは事もなげにそう言う。

 エドワードを信頼してくれているのだろう。 思いのほか距離が縮まっていることに、ほんのりとした嬉しさを感じる。 

 改めて見ると彼女はとても美しい。

 

 白に近い金色に輝く細長い胸まで伸びた髪。 主人の感情を表現するように動く横に尖った耳 星が色を付けたよな左右色の違う瞳。 そこから覗く髪の色と同じ長い睫毛と形のいい眉。 誰も足跡をつけていない新雪のような白く透き通る肌。 すっと通った鼻筋。 薄桃色の綺麗な唇。 

 彼女の美しさを再確認するように見つめるエドワード。

 それに気づき、ステラは小首を傾げ疑問符を浮かべる。 そんな仕草ですら彼女の魅力を助長させる。


「エルフはみんなそんな風に端正な顔立ちなのか?」


「――なっ!」


 エドワードのストレートな発言に顔を紅潮させるステラ。

 そして質問を返すように俯いて呟く。


「ブレイブは言葉を選び、嘘を得意とし、エルフを煙たがる種族だと聞いているけど……」


「そんなの人それぞれだろ。 俺は自分で見たもの、感じたもので判断する」


 勇気の種族『ブレイブ』と呼ばれた人族。

 いつからか彼らは、強欲で傲慢で、勇気とはかけ離れた種族になっていった。

 エルフの年寄りたちは口々にそうステラやほかの子供たちに教えてきたのだ。


 嘘を嫌い、思ったことを駆け引きなしで発言するエドワード。

 ぼんやりととはいえ心理的に読み取ることが出来るステラは、ますます明確になるこの少年の特異性に呆気にとられる。

 教えられてきた事実とは明らかにかけ離れた少年。

 そんなエドワードだからこそ、このような短時間でステラが心を開いたと言えるだろう。


「エドワードは変わってる……」


「そうか? 無愛想だっていうのは言われてきたが、変わっていると言われたのは初めてだ」


 何気に自虐を含んだ言葉にステラは再びクスリと笑う。

 

* * * * * * * *


 ベル爺の家を目的地に歩くこと数十分。 エドワードの家より一回りほどの大きさの石造りの家の前でステラは足をとめる。

 目的の家を見つけたステラは笑顔を見せ、お礼を伝えてきた。


「ありがとう! エドワード。 すごく助かったわ。 あなたも用事があったのに道案内させてごめんなさい」


「どういたしまして、俺もこっちに用があったし、時間にも余裕があったから大丈夫だ」


 事実を述べて立ち去ろうとするエドワードを、ステラが制止する。


「良かったら用事が終わって時間があったらここにきて! お礼がしたいから」


「お礼なんてしなくても大丈夫だ、もともと見返りを求めて助けたわけじゃない」


「こっちの気が済まないの! 無理は言わないけど……」


 消え入りそうな声で俯いてそう告げるステラ。 

 その様子にエドワードは困ったように眉を下げた後、首肯する。


「……わかった。 時間があればよらせてもらう」


「うん! 待ってる」


 柔らかな笑顔を見せたステラに片手を上げて、別れを告げる。

 元来た道を少しだけ戻り、訓練用闘技場を目指す。 ふと後ろを振り返るとステラはまだエドワードを見送っていた。 そんな健気な姿を見ながら、エドワードも再び手を振る。

 

 そしてエドワードは足早にミクリア城西門へと向かった。

   

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