私の推し王子は今日も可愛い
私の推し王子、ノア・ルーカス・フォーサイス様は今日も可愛い。その容姿、性格からの人気で王子と呼ばれているだけで本当の王子様というわけではないが、家柄は由緒正しい者しか入れない学園のため良いけれど。可愛ければなんでも良い。
兄であるルーク・ザカリー・フォーサイス様が話しかけるも存在を無視してお昼寝を続けたりしているところも、優雅に紅茶を飲んで同じテーブルに座る兄のルーク様の存在をないものとしているところも、眠たげに瞼を擦りながら廊下を歩きすれ違った兄の声を聞こえないものとしているところも心臓を巡る血液が沸き立つレベルで可愛い。
ノア様は制服がお洒落なことに定評のあるこの学園に通う同い年で同じ学年で同じクラスのスペシャル可愛い男の子だ。サラサラストレートの夜を映したような黒髪にキラキラ輝く星のような金の瞳を持つ上に華奢な身体に白い肌、低過ぎず高過ぎない魅惑の少年ボイス。奇跡の美少年だ。百点満点だ。そしてお洒落な制服を着こなしている。写真を毎日撮りたい。
私、シャルロッテ・ミア・デュアルの心を飛び跳ねさせる彼は兄が大嫌いなようでいつも存在を無視している。そんなところも可愛い。
神様が清く正しく生きている私へのご褒美かノア様の隣の席になって一週間。私はよく今生きていると感動している日々。私を真正面から殺しにかかりに来ているのかノア様はよく話しかけてくれる。次の瞬間に私は生きているだろうか。いや、生きる。
休み時間。嬉しいことにノア様が話しかけてくれたので手に持つ一眼レフカメラのシャッターを切る。
「シャルロッテ、盗撮って知ってる?」
眠そうな声でノア様という名の世界中の可愛いの集大成が私に問いかける。
「わかんないですね。まったく。芸術品を撮る感覚なので」
「芸術品にも撮影禁止なものがあるんだよ」
ノア様は私のカメラを取り上げた。眠そうなわりに俊敏であった。
「そんな……」
「度が過ぎて僕の仕事、増やすようにはならないでよね」
シャルロッテは面白いから気に入ってるんだから、と仕方のないものを見る目で言われてはこれから控えめにしなければならない。大目に見られている部分もあるとわかっているのだ。
なにより注意をする推し王子が可愛い。
それからほのぼのと会話をしていると突如それは引き裂かれた。それはもうびりっびりに。
「ノア様!お聞きください!」
教室の扉から足早に。ノア様の机の前まで来た、穏やかな時間を引き裂いたナイフは今年の春に転校してきたリア充で噂の少女だった。名前はなんだったか……。イケメンと人気の男子に絡んでいくとか、女子人気なしな噂内容は聞きすぎて頭に残っているのに。
「……君は、『クラウン』なの?」
「メアリー・テイラーです。ノア様」
ノア様の問いを食い気味に否定するメアリーさん。何だか食い違いがあるような気がする。メアリーさんはノア様の隣に座る私を見て、眉間にしわを寄せると、再びノア様に話しかける。
「ノア様、シャルロッテ様の噂は本当です!彼女は悪です。ノア様に近付く女生徒は皆、シャルロッテ様に命令された精霊に酷い目にあわされてきました……もう誰も傷付けられないためにも、どうかシャルロッテ様と婚約破棄をしてください!」
「うるさいなあ、君。それにすっごく不愉快で意味わかんない」
ノア様は鬱陶しげに上半身を後ろに引いて、机から立ち上がり、ついでに私の手を引っ張り立ち上がらせる。苛々オーラを纏わせるノア様を見るのは初めてだ。兄スルータイムでも見たことはない。
それでも確かに、今のメアリーさんの発言では苛立ちもするだろう。なにより意味がわからない。
「そんな、信じてください……!私は!」
「僕も甘く見られたものだよねえ?シャルロッテ」
「あっ、はい」
縋るメアリーさんを見もせずに、ノア様は私に微笑む。そこで私に振りますか、会話を。今カメラが手元にあれば、と思いながら返事をする。
「なんで、条件は満たしたはずなのに、どうして……」
「なんで、ってこっちが聞きたいくらいなんだけど」
溜め息をついたノア様を見てメアリーさんは私を睨んだ。
「シャルロッテ、アンタのせいね!?アンタが変えたんでしょう!精霊を使って私のこと調べたんでしょう!?」
唐突な言い掛かりに私は困惑した。精霊、精霊ってやたらと精霊絡めてくるな、私に。精霊なんて見えませんけど。
「『クラウン』。シャルロッテは精霊使い(エレメンタリスト)ではない。狂戦士だ」
人の傷口に塩を塗りたくる発言を挨拶にノア様の兄、ルーク様が現れた。弟よしよしタイムに来たのだろう。ハイパー可愛いノア様の兄ではあるが美少年を越えて美青年なため私に内蔵された可愛いアンテナは電波を受信しない。可愛いよりかっこいいとか美しい系なのもある。
逃げ遅れたノア様の機嫌は更に急降下してついに舌打ちをした。不機嫌を隠すことなく腕を組んでメアリーさんとルーク様を見ている。ルーク様は久しぶりに存在を認識されて嬉しそうにノア様の頭を撫でようとして手を叩かれた。
「魔王が来たら更に面倒になると思わない?」
「可愛い弟と愛しい人が妙な者に纏わり付かれていれば、守れるように前に出るぞ」
ノア様にルーク様は微笑んで、視線を私に移した瞳は月のような色にあたたかさを含んでいた。
「ルーク様まで、信じられない!」
前から出た悲鳴のような叫びにその優しい瞳の温度は絶対零度に変わる。
「『クラウン』、お前の言う噂とは何だったか。精霊によるシャルロッテの悪行は全て不可能だから、他人に濡れ衣を着せられたとしか思えない。そして調べてみれば、全ての噂はお前から発信されている。つまり?」
「不可能だなんて、どうして言い切れるんですか!?それこそシャルロッテが……!!」
言葉は途切れた。ルーク様の、魔王の畏怖される瞳に威圧されたのだろう。
「よく聞け、『クラウン』。彼女は狂戦士だ。精霊の存在に気付けないというのに、何が出来る?」
魔王先生の問題
清らかな精霊がいます。清廉な人にしか精霊は見えません。荒々しい狂戦士は精霊が見えるでしょうか?
狂戦士の答え:見えませんしわかりません!!
精神的ダメージの慰謝料を要求したい。ノア様がちょっと笑っている。この話題では私は悲しいだけだ。
「えっ!?なによ、バーサーカーって!意味わかんない!それでもしたの!シャルロッテは嫌がらせする役なんだから!」
「俺の配下の精霊をシャルロッテに付けていたが、毎日のんびりと過ごしていたが?」
「なんだって……?」
発狂しそうなメアリーさんを追い詰めるように言葉を出すルークの言葉に私が発狂しそうなびっくり発言があったような。信じたくない。嘘だろう……?えっ、見張られていたの私?愕然とした私の顔をノア様は覗き込みじわじわ笑いの渦に落ちて行き肩を震わせている。
「はあ……もういいよね、君は【クラウン】の罪だ」
笑い終わったノア様はそうメアリーさんに告げる。判決を受けた彼女は、まだ何も理解していない。
審問官。ノア様の生まれ持った職業。
この世界に生まれ落ちた者全てに与えられた力。変わることは死ぬまでない。変えられるのは、審問官であるノア様だけ。
ルーク様が手をかざすと、メアリーさんは黒い骸骨に拘束された。青ざめた顔は呆然としている。
「なんで?なんでなの?なんなのこれ……!私はただ、ノア様とシャルロッテの婚約破棄をしたいだけなのに!!」
空気が凍った。
ノア様は可哀想なものを見る目でメアリーさんを見た。あーあ、やっちゃった。と言いたげに。私も同じ目をしているかもしれない。
「ノアとシャルロッテの婚約破棄….…?」
無表情。からの怒り。表情の変化全てが冷え切っている。当然だ。弟大好きな兄、ルーク様の前で大事な弟と平凡な女が婚約している前提の話をされたのだから。
「してないのに」
「遺憾の意」
「シャルロッテの婚約者は俺だというのに何故そうなった?」
えっ。斜め上を勢いよく見る。にっこりと笑っている。
「え!?」
「知らなかったんだ。どんまい」
横からの視線は同情的であった。知っていたのかノア様は。
「昔、初めて会った日にしただろう?俺が理想だとシャルロッテが言って、俺が結婚したいと言えば喜んでいた。その日から」
婚約していたと?覚えていない……。いや、確かにルーク様の少年期は理想も理想だったのだろうけど、いや、ならば何故覚えていない……。
「なによそれ、なによそれ!」
本当になによそれ……。
「シャルロッテ、兄さんと久しぶりに会った時に成長してたショックで精霊使いからバーサーカーになっちゃったんだよね」
前例なくて驚いたなあ、とノア様が言う。
「理想が崩れたと倒れて、起きた時には記憶まで抜けていてな。こっちがショックだというのに……」
内輪で話はじめた彼らの盛り上がりといったら。ノア様の兄嫌いはどこへ。
メアリーさんは灰になるしでどうしたらよいのか。
これは可愛い推し王子を愛でる話、ではなく。婚約破棄話でもなく、元推し王子とのラブコメ話の前日譚だ。