story:9
窓側から放たれたその弾丸は、ガラスを貫通して正確に仮面の男の手の甲を撃ちぬいた。次いで、派手にガラスが割れる音がする。ザラの前に痩身の人物が滑り込んだ。ザラはその顔を見て驚いた。
「デイム・エリザベス?」
「動くなよ。私はこう言ったことが苦手なのでね」
自分でそう言い、エリザベスは銃口を仮面の男に向けたまま魔法を発動させた。
エリザベスの得意魔法は精神干渉魔法である。仮面の男に精神干渉魔法をかけて制圧してしまうつもりなのが、ザラにもわかった。だが、エリザベスは手をかざして自分の目をかばう。
「ちっ。あのお面、邪魔だな……」
お面扱いである。精神干渉魔法は、目を見ないとうまくかからないらしい。
と、思うと、エリザベスが椅子を投げた。ザラが悲鳴を上げる。
「デイム! サイラスさんが倒れているんです!」
「わかっている!」
わかっていてやるとか、鬼畜か。エリザベスはさらに机に手を付き、仮面の男を蹴り飛ばした。うまい具合に、サイラスから引きはがしたようである。
「ザラはサイラスを見ていろ!」
「は、はい!」
ザラは机を回り込んでサイラスの容体を見た。血は流れているが、思ったよりも傷は深くなさそうだ。
「サイラスさん! 聞こえますか!?」
「……聞こえている」
意識もあった。ザラはほっとして止血しにかかる。手を拭くために置いてあったタオルでサイラスの傷口を圧迫していると、廊下の方からバキッ、という嫌な音が聞こえた。思わずそちらに目をやると、殴られたらしく頬を腫らせたエリザベスが戻ってきた。
「大丈夫か?」
「むしろ、こちらのセリフですが……」
ザラは困惑気味に言葉を返す。エリザベスは赤くなった頬を押さえ「ちょっと痛いけど」と答えた。
「さてと、サイラス。新しい治癒魔法の実験台になる覚悟はいいか?」
「絶対にやめてくれ」
「冗談だ。ザラ、そのまま圧迫し続けて」
「わかりました」
エリザベスがサイラスに治癒魔法をかける。とりあえず傷口がふさがったところで応急処置を終えた。
「あとでちゃんと見てもらえ。この大学にも医者くらいいるだろ」
エリザベスはそう言うと立ち上がり、先ほど自分が倒した仮面の男の様子を見に行った。サイラスもゆっくり身を起こす。
「大丈夫ですか?」
「ああ……何とか」
「貧血になってると思うから、無理しない方がいいと思いますけど」
ザラはそう言ったが、サイラスを支えて立たせる。ゆっくりと歩き、エリザベスのそばまで行った。ちょうど、彼女が男の仮面をはぎ取ったところだった。その顔を見て、ザラは驚く。
「子供……!?」
「強化魔導師だ。まだ研究が続いているんだな……」
エリザベスがそう言って眉をひそめた。強化魔導師。ザラも、話には聞いたことがあった。
「強化魔導師っていうと……戦うために訓練された戦闘魔導師のことですよね」
空気を読まずに聞いてみる。仮面の男……少年の腕を肩に回し、持ち上げたリリアンは「そうだな」とうなずく。
「内戦時代に多くのいわゆる『研究所』があった。アーサーの治世になってからは廃止されたが、隠れて行われていても不思議ではない。戦士としては優秀だからな」
彼女の口調からすると、リリアンは本当は強化魔導師に反対なのだろう。いや、ザラも反対だけど。
「詳しい話は後だ。ザラ、そちらを支えてくれ。サイラスは自分で歩け」
「鬼畜か! いやしかし、資料室を空にするわけには」
「大丈夫だ。私の干渉魔法をすり抜けられる人間がいるのなら、お目にかかりたいものだな」
と、リリアンは自信満々である。どうやら、いつの間にか結界を張っていたらしい。問答無用でサイラスは連れて行かれることになった。確かに、彼一人で置いて行くことはできない。
「あ、姐さん」
ユージーンがこちらに気付いて駆け寄ってきた。頭を打ったのか、頭と腕に包帯を巻いているが、元気そうだ。ユージーンがエリザベスとザラから強化魔導師の少年を受け取る。細身だが、さすがに男性であるユージーンの方が二人より力がある。
「リリアン姉さん。ヴァルプルギス倒したけど、これ、どうすりゃいいの」
討伐師の青年がリリアンに尋ねる。たぶん、ザラと同じくらいの年ごろだろう。エリザベスは「その辺に転がしておけ。あとで処理する」と適当に答えている。それでいいのか。
「ってか姐さん。セオさん、倒れてるけど」
ユージーンからの情報提供に、エリザベスは「だろうな」と答える。
「動けないのに無茶をするからだ。昔はあんな奴じゃなかったんだが……」
「でも、姉さん、そこに惚れたんだろ」
からかうように討伐師の青年が言った。エリザベスは冷ややかに「黙っていろ」と彼を睨む。何となく、最近エリザベスが可愛いような気がする。
「そもそもこいつだれ?」
魔導師の少年を見るなり受け取ったユージーンは、今更彼の顔を眺めて尋ねた。
「強化魔導師だ。精神干渉で意識を奪ってあるから、そうそう目を覚まさないとは思うが」
「了解。念のため拘束しておく」
「お願いね」
ユージーンがうなずき、引きずるように強化魔導師の少年を連れて行く。それからエリザベスはサイラスに言う。
「お前はいつまでそこにいるんだ。早く治療を受けて来い。ザラ、連れて行ってやってくれ」
「はーい」
ザラは返事をして、青い顔をしているサイラスの手を引っ張った。サイラスが抵抗する。弱いけど。
「だが、後始末が……」
「私がやっておく。いいから行って来い。女王陛下の指示であるからな」
そう言ってエリザベスはサイラスの額を指ではじいた。あ、サイラスがふらっとした。
「デイム、やめてくださいよ。サイラスさん倒れちゃう」
「それは失礼した。行ってこい」
そう言いながらエリザベスはやはりサイラスの肩をたたく。ザラは「行きますよ」と言ってサイラスを引っ張って行った。
急遽大学の講義室にしつらえられた医務室で、魔法医により治療を受けるサイラスを待っていると、先にセオドールが出てきた。松葉づえをついて足を引きずっている。
「お疲れ様です、セオドール様」
「ああ、ザラか。そう言えば、中でサイラスを見たな……」
「私は付き添いです」
心もちキリッとして言うと、セオドールは苦笑を浮かべて「そうか」と言った。ザラは心配そうにセオドールを見つめる。
「その……大丈夫ですか?」
「ああ。またリリアンに怒られてしまうな」
「あ、そういえば、動けないのに無茶するからだってデイム・エリザベスが怒ってました」
「だろうな」
セオドールはそう言いながらも、優しい表情だ。本当に愛し合っているのだなぁと思う。
「それで、ザラ。リリアンはどこに?」
「聞いてないですけど……でも、事件の後始末をするって言ってました」
「わかった。ありがとう」
セオドールはそう言うと、松葉づえをついて歩いて行く。こけないかはらはらしながらザラはその背中が見えなくなるまで見送った。
「お嬢さーん。恋人の治療終わったよ」
「今行きます」
看護師に「恋人」などと言われたが、特に否定はしない。嘘ではないし。一応名目上は恋人だし、と言い訳しながら簡易医務室に入る。
「サイラスさん、大丈夫ですかー?」
「セオドール様は!?」
「デイム・エリザベスのところに行きましたけど」
「置いて行かれた……」
ザラは丸椅子を引き寄せながら、「まあ、治療を受けてたんだから仕方ないですよ」と言った。
「っていうか、サイラスさんってまじめなのか適当なのか微妙なラインにいますよね」
「職務はまじめにこなすつもりだ」
「……そうでしょうね」
ザラも結構人生適当なので人のことは言えない。まじめに考えていれば、サイラスと(偽装)恋人なんでしないだろう。
「まあ、あとでジーンにでも詳細を聞きましょうよ。今は行っても馬に蹴られるだけですよ」
ナチュラルにいちゃつくブラッドリー夫妻の観察は楽しいが、たまに胃がもたれる。それより、しばらくサイラスを安静にしておかなければ、と思ったのだ。
「……おそらく、今はザラの方が冷静だから、君の指示に従おう」
「そうしていただけると助かります」
ザラはニコリと微笑むと、おとなしく目を閉じたサイラスの頭を撫でた。
ザラたちが事情聴収を受け解放されたのはすっかり日が落ちたころであった。さすがにこの時間に出歩くのは危険だということで、宮殿の馬車で送ってもらってしまった。そして、違和感に気付く。いつも静かなノーリッシュ王都邸が何やらにぎやかだ。屋敷に入ったザラは近くの使用人に尋ねる。
「何かあったの?」
「ああ! ザラお嬢様、お帰りなさいませ! 実は、今日、奥様がいらっしゃったのですよ!」
「母さんが?」
ザラは小首を傾げてとりあえず自室に着替えに行った。部屋着に着替えてからリビングに入ると。
「ザラ!」
母のマーガレットが駆け寄ってきてザラを抱きしめた。
「返事が待てなくて来ちゃったわ。さあ、母にもあなたの恋人を紹介して頂戴」
やっぱりか。やっぱりそれが目的か。ちなみに、サイラスに母からの手紙を見せたら、「面白い人だな」と言われた。我が母ならが変わっていると思うのだが、それ以上の変人と一緒にいるからか、耐性があるサイラスだった。
「母さんテンション高すぎ……っていうか、もう夜だし最近忙しいんだからやめて。っていうか、父さんは?」
「領地に置いてきたわ」
父、憐れ。父と母は一応恋愛結婚なのだが、父は母のどこが良かったのだろうか。
「会うのはあきらめるけど、さあ、ザラ! なれそめを話なさい」
ぱんぱん、とテーブルをたたいて言うマーガレットに、ザラは嫌そうに「えー」と言ったが、拒否権はなかった。
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