story:8
9月!
情報を照会していくと、どうやら、情報が漏えいしたのは討伐師の能力者名簿だということが分かった。何人分が流出したのかはわからないが。それと、ヴァルプルギスの出現時の報告書。
「……討伐師の名簿はともかく、報告書なんてどうするんだろ……」
「報告書を読めばわかることはいろいろある。情報が詰まっているからな」
サイラスがザラの疑問にそう答えた。まあ、ヴァルプルギスの生態系とかはわかるかもしれないけど。相手を知ることは、戦いに勝つための基本だと誰かが言っていた。
エリザベスがサイラスを派遣したということは、彼女もこの情報を欲しているのだろう。危機対策監室主席調整官が夫なのだから、そちらから聞けばいいのに、と思わないでもないが、やはり、所属の違いで何かもめることもあるのだろう。二人とも真面目だし。
セオドールが大学教員と何やら相談しながら、漏えいした情報の追跡を始めている。ついでに情報の書き換えも行うようだ。この辺りはザラたちが関わってくることになる。
「三人とも、少し休憩しよう」
セオドールが声をかけてきた。単純作業なので淡々とこなしていたのだが、それなりに時間が経っていたらしい。途中でユージーンがセオドールに呼ばれていたのはわかったけど。
休憩、というか昼食だ。食事を今使っているテーブルまで運んでもらい、セオドールも含めた四人で食卓を囲む。ザラに提供されたのは白身魚の香草蒸しだった。最近は、各国の料理が食べられて良い。
「情報漏えいは大丈夫そうですか?」
サイラスがまじめに尋ねた。食事の時くらい、もっと乗りの軽い話題でもよいと思うのだが、まあいいか。
「まあ、もう出てしまったものは仕方がないからな……まさか知った人間を皆殺しにするわけにはいかないし」
そう言ってセオドールはスープをすする。というか、発言が時々怖い。
「宰相閣下が情報操作に入ったという話だから、そちらは任せてしまおう。私たちは漏えいした情報を調べるだけでいい」
調整官にもよるが、セオドールは仕事をできる人に的確に振ることができる才能を持つタイプの調整官だ。いや、本人もやろうと思えばできるのだが、基本的にやらないというか、人に任せるというか。
「セオドール様、デイム・エリザベスとはいつもどうやって過ごしてるんですか?」
「喧嘩?」
ザラのどうでもよい問いに、ユージーンが適当に答えた。それにしてもひどい。
「ジーン、お前、言っていいことと悪いことがあるだろ。まあしてるけど」
してるんだ。まあ、どっちも意思が強そうなので、わからなくはないけど。
「喧嘩しても、夫婦生活って成り立つんですね」
「お前もひどいな、サイラス」
全体的に、発言に遠慮のない人たちが集まっているようだ。セオドールがおとなでよかった。
「まあ、人間だからな。誰かと暮らしていれば、意見の擦れ違いくらいは起きる。それでも一緒にいるのは愛しているからだな……」
そう言った時のセオドールはとても優しい目をしていて、見ているザラたちの方がむず痒くなった。だが、続いて。
「これ、リリアンに言ったら締め上げるからな」
言わない方針なのか。とりあえず戦闘力面ではこの三人、おそらく誰もセオドールにはかなわないのでうなずいておく。セオドールもそれほど強くないらしいのだが、ここ三人の戦闘力はどれだけ低いのか、という話である。というか、ザラは戦闘食じゃないけど。
「姐さんはなんでセオさんと結婚したの」
「何故私に聞く。リリアンに聞け」
「姐さんは『妥協だよ』って言ってた」
「……」
ユージーンの言葉にセオドールがショックを受けたようだ。十歳以上も年下の少年にやりこまれている。たぶん、エリザベスも冗談で言ったのだろうが、それだけセオドールがエリザベスを愛しているのだと思うとちょっとほっこりする。
「セオドール様とデイム・エリザベスって恋愛結婚ですよね。政略結婚的な話はなかったんですか?」
ザラはわが身を振り返って尋ねた。政略結婚の場合と恋愛結婚の場合の違いは何だろう。こういうことは、先達に聞くに限る。
「……リリアンはカーライル家の出身だが、姪だったからな。それに、女王の友人ということで周囲が牽制されていたんだろう。私は……まあ、性格がアレだったからな」
まあ、昔のセオドールの話はいろいろと聞くが、断片的な噂なのでザラはよく知らない。まあ、聞く分には面白いが、知らないなら知らないでいいかな、とも思うので、ザラは深く聞かないことにしていた。興味はあるけど。確かに今のセオドールはいい人だと思うが、所々が残念なのでそう言う人だったのだろうなぁと思っている。
「ちなみに、なんて言ってプロポーズしたんですか」
サイラスがつっこんで尋ねた。
「サイラス、ザラにプロポーズするときの参考にするの? 参考にならないと思うけど」
「ジーン……お前……まあいいけど」
セオドールがあきらめたようにため息をつく。っていうか、ザラ本人がいる前で聞いたら意味がない気がする。
「秘密だ」
「教えてくれないんだ……」
ザラはちょっとがっかりした。もしかしたら、エリザベスの方に聞いたらおしえてくれるかもしれないけど、何となく、この件については彼女もはぐらかしそうな気がした。
セオドールのことを根掘り葉掘り聞くのは楽しかったが、仕事もある。食事を終えると、ザラたちは漏えい情報の一覧を作りにかかった。午前中の間に情報はまとめてあるので、一覧を作るのは結構簡単だった。
「セオさん、漏えい先、わかりそうなの?」
ユージーンが直球で尋ねた。セオドールは「情報を調べるだけで良い」と言ったが、ユージーンは、セオドールが漏れた情報の行き先を調べているとちゃんと気づいていたのだろう。ザラも、サイラスも気づいていたし。
「さて。どう思う?」
セオドールはそう言って笑うと、ユージーンの頭を撫でた。少し乱暴な撫で方だが、ユージーンは文句を言わなかった。
唐突に、大学の敷地の一角が騒がしくなった。ザラたちは外の様子を眺める。
「どうしたんですかねぇ」
ザラがのんびりとつぶやいた。とにかく、非戦闘員であるザラは何があっても巻き込まれないと思っていた。そこに大学事務員が駆け寄ってくる。
「セオドール様! ヴァ、ヴァルプルギスです!」
それを聞いた途端、セオドールは駆け出した。その後にユージーンも続く。ザラもつられて走りそうになって、サイラスに止められた。
「待て! お前が行ってどうする。相手はヴァルプルギスだし、この部屋を空にするわけにはいかない」
「……そうですね」
冷静に言われて、ザラはうなずいた。なんだか、前にもこんなようなことがあった気がする。
「でも、セオドール様たち、大丈夫ですかね?」
「……だが、私たちが行っても足手まといになるだけだ」
「そうですね……」
心配だが、うかつに近づけないのがつらいところだ。サイラスが言うように、ザラと彼は討伐師ではないし、機密情報が積まれているこの部屋を空にするわけにはいかない。もしかしたら、魔導師であるサイラスは役に立てるかもしれないが、そうなるとザラが一人になる。そんなことをすれば、セオドールは怒るだろう。
セオドールもユージーンも討伐師だ。だが、セオドールは昔の怪我の後遺症もあるし、ユージーンはそもそも後方支援系の力を持っていて、直接戦闘には向かないだろう。
「ザラ、念のために資料を確認しておこう。再び漏えいなんてことになったら問題だ」
「わかりました」
サイラスの言うことも尤もである、と判断し、ザラは彼と共に資料室に残ることにした。一応、作業の続きを試みるが、集中力が続かない。ヴァルプルギスは倒せたのだろうか。
ザラはため息をついて顔をあげ、悲鳴をあげた。サイラスがびくっとしてザラの顔を見る。
「どうした!?」
「う、うし……!」
「は?」
怪訝な表情になったサイラスが背後から斬られた。ザラは悲鳴を上げて背後に飛び退る。椅子ががたりと音を立てて倒れた。
小柄な体格の男だった。少なくとも、女性の体つきではない。その顔だけ見れば美青年にも見えるエリザベスだって、もう少し丸みのある体つきをしている。
異様なのは彼が顔全体を覆う仮面をつけていることだった。お面、と言った方がいいのだろうか。そんなのがぼんやり書棚の隙間から見えていたら、誰だって悲鳴を上げる。……と思いたい。
倒れたサイラスを乗り越え、仮面の男がザラに向かって手を伸ばした。悲鳴を上げようとしたが、声が出なかった。
仮面の男の手がザラに届く瞬間、銃声が響いた。
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