story:5
ざっくりと、というか、普通にお見合い相手と来ていて、お手洗いに出てきたときにたまたま巻き込まれた、と言うと、エリザベスが「そうか」とうなずいた。
「わかった。君にも少し話を聞きたい。見合い相手には私から断りを入れて来よう」
個室番号を教えてくれ、と言われ、ザラはエリザベスに部屋番号を伝えた。わかった、とうなずいたエリザベスは、ザラの顔を見て言う。
「……嬉しそうだな」
「実は、今回のお見合い、あまり私は乗り気でなくて」
「ああ、わかるよ」
ザラに同意したのは女王アーサーだった。アーサーも女王として縁談に追われていたのかもしれない。
「ノーリッシュ子爵家は後継ぎが君だけだからな。ある意味、アーサーと同じ状況だ」
と、エリザベス。やっぱり、ザラの事情を知っていたらしい。アーサーが「すごく親近感」とザラを見て微笑んだ。女王陛下、やっぱり美人。
「君たち似た者同士だな……サイラス、マティアス。この二人連れていってくれ。それと、うちの旦那も頼む」
「あいよ。で、リリアンはどーすんだ?」
「あとからジーンと一緒に追いかけるさ」
エリザベスの返答を聞いて、マティアスが「了解」と言って笑った。たぶん、リリアンにはまだ仕事が残っているのだろう。
「俺も残ろうか」
心配したのか、セオドールがそう言ったが、エリザベスは素っ気なかった。
「ろくに動けない人間がいても邪魔だ」
「……お前、本当にかわいくないな……!」
「恨むならかわいくない私と結婚した自分を恨め」
「……夫婦喧嘩は犬も食わない……」
ユージーンのツッコミに、ザラは吹き出しそうになって腹に力を籠めて耐えた。たぶん、ブラックリー夫妻は毎日のようにこんな応酬をしているのだろうな、と思った。仲がいいって素晴らしい。
ザラはそのまま宮殿に連れて行かれた。王家の紋章は描かれていなかったが、高級感のある車だった。ザラの身分と手取りでは乗ることができない車を体験してしまった。
「そう言えば、なぜセオはあの会場にいたんだ?」
「それ、今更聞くか?」
クライドの向かい側に座っているセオドールが肩をすくめた。
「……まあ、今日は残業もなかったし、久々に音楽でも聞きに行こうかと」
嫁も素直ではないが、旦那も素直ではなかった。マティアスがははは、と笑う。
「素直じゃねぇなぁ。お前も、リリアンも」
「余計なお世話だ」
反応まで似てるし、とアーサーが笑った。昔からの仲間同士、話が弾む。何となく疎外感を覚えたザラである。思わず、向かい側のサイラスと目があった。彼も途中加入でついて行けない人だった。
宮殿に到着し、車を降りる時サイラスに手を差し出されて、ちょっと戸惑った。いや、手を貸してくれようとしているのはわかる。そう言う扱いをされるのは初めてではない。
ただ、相手がサイラスであると言うことに戸惑った。顔は知っているが、知り合いとは言えない相手。ここは社交の場でもない。うまく言えないが、なんだかもやもやする。
怪しまれないくらい一瞬を戸惑った後、ザラはサイラスの手を取って車から降りた。
「巻き込んでしまってすまなかった。何か飲む?」
「ええっと……」
女王の執務室に通され、ザラは気後れして戸惑う。ザラの一応上司にあたるセオドールがいることが唯一の救いである。できれば、ユージーンにも一緒にいてほしかったけど。
ザラが迷っている間に、どん、とセオドールが彼女の前にマグカップを置いた。立ち上る香りからして、ホットチョコレート。
「あ、ありがとうございます」
「遠慮するな。陛下は女性が好きなんだ」
「……セオドール様。それはちょっと誤解を招くのでは」
サイラスから冷静な指摘が入った。マティアスから「そう言うところもリリアンに似てきたな」と言われている。しかし、アーサーは鷹揚に笑う。
「いや、女性が好きなのは否定しないけどね。可愛いじゃない」
うちの女王陛下は、どうやらとても心が広いらしい。その女王陛下は、優雅にハーブティーを飲んでいらっしゃる。王配クライドも相伴にあずかっているが、サイラスとセオドールは待機中だ。というか、セオドールが普通にホットチョコレートを作れることにビックリした。これでもこの人、公爵家の跡取りなんだけど。
「陛下。デイム・エリザベスがおいでです」
「ああ。通してくれ」
部屋の外から声がかかり、アーサーが即答した。本当にリリアンが入ってくる。別れた時と同じ、紺色のベストとスラックス姿だ。やっぱりよく似合っている。
「ジーンは?」
「着替えてくるって」
「それは残念。似合ってたのに。写真撮っておけばよかった」
と、アーサー。まあ、確かに似合っていたけど。
「もちろんリリアンも似合っている」
「そんなフォローはいらん」
ナイツ・オブ・ラウンド第一席は主君相手にも容赦なかった。だが、女王はそんなエリザベスを気に入っているのだろう。おおらかに笑った。
「リリアンも飲む?」
「職務中。ジーンが来るまでくつろいでいればいい」
「別にアルコールを入れろと言っているわけでもないのに……」
アーサーは不服そうだが、エリザベスは「職務中」ともう一度言った。アーサーが膨れる。クライドがなだめるようにその肩をたたいた。アーサーがとろけるような笑みを浮かべてクライドを見る。ザラは胸やけがした。
「お二人とも、ほどほどに。新人が困っている」
エリザベスが遠慮なく言った。いや、この人もコンサート会場で夫に抱き着いていた人だが、ザラとしてもアーサーとクライド夫婦の方が見ていて胸焼けがする。
「お待たせしました」
と、ユージーンがやってきたのはそれほど経たない頃だった。シフォンのスカートからシャツとスラックスに戻ってしまい、少し残念。かわいかったのに。
「……なんですか」
女性陣からの視線にむすりとしながらユージーンが尋ねた。まだ短い付き合いだが、彼にはこういうところがある。いや、まあ、可愛いんだけど。
「うん。その格好もかわいいけど、スカート姿もかわいかったなって」
アーサー、はっきり言った。いや、ザラもそう思って見つめていたのだけど。ユージーンが視線から逃れるようにエリザベスの背後に隠れた。ユージーンよりエリザベスの方が背が高かった。
「……せめて俺もリリアンくらい背丈があればいいのに」
と、ユージーンは恨めしげにエリザベスを見上げた。エリザベスがかかとの高い靴を履いていることを差し引いても、顔半分くらいの身長差があった。
「私は男性の平均身長くらいの背丈があるからな」
確かに。何でも家系的に長身らしく、彼女の兄も背が高いそうだ。顔が整っているのもあって、普通に男性のふりもできている。夫のセオドールともあまり身長が変わらないし。セオドールの方が一応背が高いけど。身長がどうの、と言う前に美男美女でお似合いだからいいけど!
「気にしなくても、まだ伸びるだろ」
セオドールがエリザベスと彼女に隠れるユージーンに近づきながら言った。苦笑を浮かべてユージーンの頭を軽くたたいた。親子……と言うには年が近いか。
「まあ、気を取り直して」
ぱん、と手をたたいたのはアーサーだ。話がそれたので戻す。
「アーサーを襲った人間は全員確保した。ヴァルプルギスは確認できただけで二体。今、コンサートの招待客に照会をかけているところだ」
「お前、勝手に人の部下を使うな」
セオドールがツッコミを入れたと言うことは、エリザベスは危機対策監室に調査依頼をかけたのだろう。まあ、彼女の古巣であるし、順当ではある。セオドールが必ず許してくれることをわかっての行為だろうと思うと、こっちもこっちで夫婦仲が良いのだな、と思う。
「ザラも、すまなかった。私の配慮が足りなかった」
「え、いえっ。ふらっと一人で出てきた私が悪いんです」
「それと、見合い相手だが、申し訳ないが怒って帰って行った」
「あ、それは別にいいです」
急にテンションが下がるザラ。本当にそれはどうでもいい。エリザベスに謝罪された方が衝撃的だった。たぶん、男装したエリザベスがハンサムだったので腹を立てたのだろう。
「リリアン。お詫びに誰か紹介してあげるとか」
と、アーサーが楽しげに言うが、ザラは首を左右に振った。
「いいえ! そこまでご迷惑は!! というか、両親が勝手にあせっているだけですし!」
「そもそも、リリアンに仲人のようなことができるとは思えません」
堂々と言ったのはセオドールだった。エリザベスがセオドールを睨む。
「余計なお世話だ。まあ、こじれるだろうけど」
「認めてるじゃねーか」
エリザベスの言いように、口出ししないようにしていたであろうマティアスも思わずというようにツッコミを入れていた。ザラはマティアスの方を見た。
「……でも、マティアス様とか、いいかもしれません」
「え、マジで?」
マティアスが反応した。半分冗談だけど、半分本気だ。
「いや、やめておけ。ザラは美人なんだから、もっといい相手を選べ」
「平時に私を本気で怒らせた男だからな。やめておいた方が賢明だ」
「ちょ、ブラックリー夫妻ひでぇ」
真顔で止めに来るスタイルのセオドールとエリザベスの夫妻。マティアスもアーサーたちも笑っているから、ザラにもこれが冗談なのだとわかった。
「……冗談だったのか」
同じく察したらしいサイラスのつぶやきが聞こえて、ザラは彼を見た。彼も、彼女を見た。この少しの間に、このとっつきにくそうな青年にシンパシーを覚えた。
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