story:4
ザラは珍しく、コンサートに来ていた。見合い相手と来ていたのだが、その相手が自分の家の自慢ばかりで煩わしく、お手洗いと偽って出てきたところだ。このまま帰ってしまいたいのだが、さすがに無理か?
「……ん?」
白いブラウスに茶色のスカートをはいた女性と目があった。金髪碧眼の美少女で、何となく既視感がある。金髪碧眼の美人となると思い浮かぶのはアーサー女王やエリザベスであるが、あの二人よりも年下に見えた。二十歳前後くらいか。
その美人はふいっと視線をそらして身をひるがえすと、廊下を小走りに走っていった。ザラは少し考え込んだが、すぐに切り替えて見合い相手のいる個室に戻ることにした。仕方がない。最後までつきあって、丁重にお断りしよう。
だが、結果としてザラは個室に戻れなかった。その前に、事件に巻き込まれてしまったのである。
背後から誰かが走ってくるような音が聞こえて、ザラは足を止めて振り返った。それが運のつきだった。何か見覚えのある人が走ってくる。走って……。
「って! へい……っ!」
叫びそうになったザラに、走ってきた女性が唇に人差し指を当てた。ブラウスにベスト、シルバーグレーのスカートをひるがえし、金髪の女性、おそらくアーサー陛下が走ってくる。
「何してるの! 逃げて!」
「にげ……ええっ!?」
魔法が飛んできて、ザラは悲鳴をあげた。駆け寄ってきたアーサーがザラを抱き込んでかばう。しかし、そうしなくても魔法障壁が魔法を遮った。
「サイラス!」
「私は平気です。しかし、反撃が……」
「俺がやろう」
「あとでリリアンに怒られますよ!」
え、一応緊急事態のように見えるのだが。だが、やり取りの間が抜けている気がする。王配クライドと確か、新しいナイツ・オブ・ラウンドのサイラス、だったか。私服だとわからない。
三人のあとから二人、魔導師らしき人が追ってきている。
「え、誰っ!?」
「正体を探るのはあと……って、対策監室の」
サイラスがザラを見て「なんでここに」と言わんばかりの表情をした。ザラだって何故自分がまきこまれているのか知りたい。
「……とにかく、リリアンたちと合流を……」
サイラスが反撃しながら言った。彼も見ている限りよい魔導師だと思うが、戦い慣れている相手の魔導師に押されている。と、クライドが前に出た。
「援護してくれ」
「は? って、クライド様!!」
攻撃魔法を避け、クライドは剣を振るう。聞いてはいたが、一瞬で魔導師二人を制圧したのを見て、本当にすごいのだな、と思った。でも、サイラスの立つ瀬がない。
「陛下。すぐに……」
「……いや。そんなことは言っていられないぞ……」
ひきつったアーサーの声に、彼女の隣にいたザラも振り返った。そして、ひぇ、という悲鳴が唇から洩れた。アーサーがザラをかばうように肩に手をまわして、『それ』から距離をとらせる。
「ヴァルプルギスか」
「……放って逃げるわけにもいきませんしね……」
クライドとサイラスからも苦しげな声が漏れる。あとで聞いたのだが、一番よく見るタイプの全身に黒いプレートアーマーを纏っているような姿のヴァルプルギスだった。といっても、ザラは初めて見る。
「ここはやはり私が」
「いえ、もうすぐマティアスが来るはずですから、何とか耐え……」
と、サイラスが言った瞬間、ヴァルプルギスが襲い掛かってきた。サイラスの攻撃魔法も放たれたが、クライドもヴァルプルギスの攻撃を弾き返した。
ヴァルプルギスを倒せるのはパラディンだけだ。今ここにいる四人の中で、パラディンとしての力を持っているのは、あろうことかアーサーだけだった。まさかアーサーを前面に押し出すわけにはいかない。
「俺とサイラスで押さえます! 陛下はその子と一緒に!」
「そんなことできるか!」
ザラをかばいながらアーサーが叫んだ。女王としてはあるまじきことだが、こう言うところが、人を引き付けるのだろう。
「クライド!」
別の声が聞こえた。というか、なんだか聞き覚えがある。
「セオ!?」
クライドと入れ替わるようにヴァルプルギスと対峙したのは、ザラの上官でもあるセオドールだった。コンサートに来ていたのだから、もちろんそれなりの恰好はしているが、かなり動きやすそうな格好でもある。右手で剣を操りヴァルプルギスの硬い皮膚にひびを入れたセオドールは顔を苦しげにゆがめた。
「距離感がわからん……!」
切実な叫びだった。聞いた話なのだが、セオドールは左右の目でかなり視力が違っていて、それを少しでも矯正するために眼鏡をかけているらしい。その眼鏡がまた似合っているから気にしたことなかったけど。
確かに、ザラから見ても踏み込みが甘かったり、逆に踏み込み過ぎたりしているような気がする。本当に上手く距離感がつかめていないのだろう。
「セオ! 無理するな!」
「どちらがだ!」
クライドとセオドールの言い合いである。確かに、体が不自由なのに戦うのと、パラディンではないのにヴァルプルギスを相手取るの、どちらが『無理』かは微妙なところである。
「すまん、ちょっと遅れ、たっ」
よく通る声と共に、誰かが滑り込んできた。こちらもナイツ・オブ・ラウンドのマティアスだ。彼もパラディンであり、クライドやセオドールより安心して見ていられる。その場にへたり込みそうになったセオドールをクライドが引っ張ってくる。
「クライド、セオ、大丈夫か?」
アーサーがセオドールの側にしゃがみ込んで二人の顔を見比べつつ尋ねた。クライドはけろりとしているし、セオドールも何とかうなずいた。
「何とか」
「あまり無茶をするな。もともとお前、頭脳派だろう」
「リリアンを見ていると、私が頭脳派と言うのは申し訳なく思える」
「……セオとリリアン、ラブラブだね……」
「陛下たちには言われたくありませんけどね」
さすがにアーサーに対するツッコミは、嫁に対するものより穏やかだった。
「ちょっと俺も頑張ったんだけど、誰か少しくらい見ててくれてもよくね?」
「私は見ていました」
「そう言うことじゃないんだよ……」
何だかマティアスとサイラスが面白い会話をしている。この騒ぎでも、コンサートはまだ続いているらしい。さすがは防音施設。
「アーサー!」
「あ、リリアン」
駆け寄ってきたのは紺色のパンツとベストを着た青年……に見えるエリザベスだった。その後に金髪の少女が……少女が……。とっても見たことある顔だ。
「……ユージーン君」
ザラの呆然とした声を拾い上げた少女、ではなく女装の美少年はふいっと顔をそらした。今の女王の恰好と似ているため、影武者なのだろう。
「に、似合ってるよ!」
「……うれしくない」
ぷいっと顔をそらされた。大人びた発言の多い彼だが、こう言うところはまだ子供だなぁと思う。
「アーサー、怪我は?」
「私はないよ。大丈夫。君の旦那さんはちょっと危なかったけど」
そう言われてから気づいたように、エリザベスが旦那さんことセオドールの方を見た。
「あなたは何をしているんだ」
「マティの到着が遅かったから、フォローに入ったんだよ……」
「申し訳ない! 謝るからどつかないで……」
マティアスががばりと頭を下げた。エリザベスが呆れた表情になる。
「ヴァルプルギスに襲われた私とジーンを助けてくれたからだろう。さすがに命の恩人をどついたりはしない」
「お前とジーンで倒せなかったのか?」
「相変わらず一言多いな、あなたは」
もう、エリザベスとセオドールの夫婦の会話が面白すぎる件について。
「あなたも、立てなくなるほど戦う必要はなかった」
「お前も相変わらずだな。でもそれ、一応心配してくれてるんだよな?」
やっぱり面白い。どうやら、エリザベスはツンデレのようだ。あ、エリザベスが座りこんでいるセオドールをぎゅっと抱きしめた。アーサーがにやにやと言う。
「新婚みたいに仲がいいな」
「アーサーとクライドさんには言われたくない」
「同感だ」
やりあっていたと思ったら、突然意見の合うエリザベスとセオドールである。
「セオ、お前、リリアンに似てきたな……」
「余計なお世話だ」
よいせ、とばかりに立ち上がるセオドールに、エリザベスとユージーンが手を貸す。セオドールは「ありがとう」と二人に微笑んだ。
「そうしたら、魔導師が二人と……リリアンたちの方はどうだったんだ?」
アーサーが尋ねた。こちらは魔導師二人とヴァルプルギスを倒している。エリザベスたちの方は。
「魔導師一人と、戦闘員二人、ヴァルプルギス二体だ。少し手間取った。すまない」
ちなみに、ヴァルプルギス一体はマティアスが、あとから出てきたもう一体はエリザベスとユージーンが協力して倒したらしい。マティアスはこの短時間に二体のヴァルプルギスを倒したと言うことになるが、けろりとしている。
「そう言えば、ザラはどうしてここにいるの」
女装姿が可愛いユージーンに尋ねられ、ザラはやっとお見合い相手を放置してきていることを思い出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今までリリアンで通してきたので、エリザベスとうつととても変な感じがします。