story:3
サイラス視点です。
「どうだ?」
そんなことを言う上司の顔はどや顔だった。上司は美女なのであるが、いちいち言動が残念であると思う。
ナイツ・オブ・ラウンド第一席エリザベス・ブラックリーはすらりとした長身の美女だ。先日第二席を賜ったサイラスの上司にあたる。能力的にはかなり有能で、尊敬に値する人であると思う。だが、何故か振る舞いが残念で、よく夫である危機対策監室の主席調整官、セオドールにツッコミを入れられている。
その残念な美女は、隣にいるやはり金髪の娘の肩を抱いている。この微妙に男前な行動は何なのだろうか。しかも、その娘の目が死んでいる。
……さっきから娘娘と言っているが、この金髪の人物は正真正銘の男である。しかし、恰好が外出用のブラウスとブラウンのスカートであり、どこからどう見ても女性である。まあ、女装が似合う、と言われても反応に困るだろうから、男たちは何も言えないでいる。
「可愛いな!」
「まあ、どう見ても二十歳前後だけど、これ以上老けさせると不自然で」
と、エリザベスと女王アーサーが楽しげに話をしている。いや、エリザベスは表情が読めないけど。
「……なんで俺が陛下の影武者なの……前みたいに姐さんがやればいいじゃないか」
「いや、私がやると、背丈が不自然だった」
すでにためし済みだった。女王の影武者にされた少年、危機対策監室戦況管制官ユージーン・クリスティに白羽の矢が立ったのは、かつて影武者をしていたエリザベスと女王の身長に差がありすぎて不自然であったことと、ユージーンが金髪碧眼の美少年であったことが理由にあげられる。ユージーンにとっては不幸としか言いようがない。しかし、確かに似合っている……。
「悪いが、今晩だけ付き合ってくれ」
「……どうせなら俺がエスコートしたかった……」
「おい、ジーン。私の前で嫁を口説くな」
エリザベス、ユージーン、セオドールのコントである。いや、全員真面目なんだろうが。見ているとちょっと面白い。
「ジーン、ごめんね。今度、おいしいケーキでもごちそうするよ」
アーサーが本当に『ごめんね』、と思っているのか怪しい声と表情で言った。楽しんでいるような気がする。ユージーンがすねたように顔をそらす。
「陛下の頼みなら聞きますが、これっきりですからね」
「うんうん。わかってるよ」
たぶん、またやるなこれ。と思ったが、藪蛇はつつかないことにした。とりあえず、一言だけ言っておこう。
「リリアン。もし、ユージーンと一緒に行くつもりなら、指輪ははずしておいたほうがいい」
サイラスの指摘に、リリアンがユージーンの肩に回していた左手をあげて自分の指を見た。一般的に結婚指輪と呼ばれるものが、その薬指にはまっている。もちろん、セオドールとおそろいのものだ。
「……いや、ジーンが同じものをすると言う方法もある」
また変なこと言いだした。
「……止めないけど、お前もジーンも、私のサイズでは大きいだろ」
エリザベスはともかく、言外に指が細いと言われたユージーンは憂鬱気にため息をついた。
「冗談だよ。手袋していくから、問題ない」
「お前の冗談はわかりにくいんだよ!」
ついに夫からキレられたエリザベスは堪えた様子もなくユージーンの肩をとんとん叩いて笑っている。何なのだ、この夫婦。
これから、サイラスたちはオペラハウスにコンサートを聞きに行く。女王が行きたい、たまには息抜きを! と言いだしたので、影武者を立てていくことにした。まあ、アーサーの影武者はエリザベスやユージーンで何とかなるが、クライドの影武者を立てるのは難しい。
だが、王配や女王が堂々とそのままコンサートに行ったりしないだろう、という心理を逆手に取り、一応、女王だけは影武者を仕立てていくことにした。その結果がこれなのだ。女王の仮装状態のユージーンと、どこぞの貴族子息のようなエリザベス。ユージーンが女装なら、エリザベスは男装だった。そして、またこれが似合うのである。
背中の中ほどまである金髪をうなじで束ね、ピシッとスーツを着ている。何故かよくわからないがとてもよく似合っていた。ユージーンとは身長差もあり、お似合いに見える、と言ったらセオドールは怒るのだろうか。
「アーサーとクライドさんも、私とジーンも、戦闘力としては十分だけど一応ナイツ・オブ・ラウンドの護衛をつけておこうか。サイラスはアーサーたちについて行け」
「了解」
確かに、それぞれ戦力としては十分だ。特に王配クライドは、常々エリザベスが『頭のおかしい強さ』と言っているくらいには強い。おそらく、女王一人を護るくらい造作もないだろう。そもそも、エリザベスの前任者であるのだし、当然かもしれないが。
「じゃあお前たちは?」
「マティを連れて行く」
「お、俺?」
関係ないと思って傍観していたナイツ・オブ・ラウンド第四席マティアス・リードが自分を指さして首をかしげた。そんな仕草が似合わないがたいの良い男である。
「リリアンが言うなら了解! ジーンもよろしく」
軽いノリで言ったマティアスであるが、リリアンに「何かあればこっちはいいから、陛下の安全確保に行けわかっているな?」と念を押されていた。彼は、別に馬鹿なわけではないのに思慮が浅いところがあるのだ。
マティアスはちらっとクライドを見てから言った。
「……いや、でも、お前もジーンも接近戦になるとそんなに強くないだろ。陛下にはクライドさんがいるし」
「馬鹿か。お前の立場は?」
「ナイツ・オブ・ラウンドです。すんません」
エリザベスに一喝されてマティアスはしゅんとした。アーサーを含めてみんなが微苦笑を浮かべる。
「しかし、本当に大丈夫なのですか?」
ほっそりしたエリザベスとユージーンを見てさすがにサイラスは心配した。ユージーンはともかく、エリザベスは自分なんかより戦い慣れているというのはわかっているのだが。
「むしろ私はそちらの方が心配だな。ヴァルプルギスが出る可能性は皆無とは言い切れない。その場合、そちらはパラディンがアーサーしかいないからな」
その頭脳を買ったのだ、とエリザベスはサイラスに言った。その言葉が示す通り、サイラスは戦力としては大したことがない。もちろん、一定水準以上の実力はあるが、それくらいは軍人には一般的なレベルだ。
まあ、その話は置いておき。サイラスもパラディンではないし、クライドもそう。アーサーだけがパラディンである。
アーサーも九年前の内戦を戦った責任感の強い女王だ。しかも、そこら辺のパラディンより強い。そのため、積極的に前に出るのだが、ナイツ・オブ・ラウンド的にはやめてほしい。
それもあって、エリザベスはマティアスにアーサーたちの救援に行け、と言っているのだろう。マティアスもちゃんとわかっている。
「まあ、その時はその時だよ。私たちとリリアンの個室もそんなに遠くないのだろう?」
「そうだけど、本当に無茶はしないで」
「わかってるよ」
アーサーがエリザベスに笑顔で請け負ったが、それが守られるかは微妙だとサイラスも思っていた。
「でも、リリアンに何かあったらきっと、セオがショックで死んじゃうかもしれないからね。リリアンも気を付けるんだよ」
アーサーが本気で心配そうに言った。エリザベスもアーサーも、本気でお互いを案じているのである。
「結構ひどい言いようですけど、否定できないので黙っておきます」
と言ったのはセオドールだ。黙っておきますと言いながらしっかり主張している。似たもの夫婦である。セオドールとエリザベスは。
「まあ、行って帰ってくるだけだからな。気楽に行こう」
たぶん、サイラスの緊張を和らげようとしてくれたのだろうが、こういう時、たいてい何かが起こるんだよな、と心の中で思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この話、ころころ視点が変わるかもです。