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After Eden  作者: 雲居瑞香
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story:2










 事務員の中でも下っ端であるザラは、使いっ走りにされることもある。しかし、やはり女性ということで遠慮されることも多いのだが、もう一人いる事務員の女性は容赦なくザラを使いっ走りにした。ザラを成長させるために会えてやらせているのか、それともただの嫌がらせか微妙なところである。たぶん、後者だけど。

 書庫から危機対策監室への道のりは、薔薇園に面する渡り廊下を通ると近い。あまり人が居ないところなので、ザラはよくこの道を利用していた。

 のだが、いつもと違い、今回は人影があった。痩身で、長い金髪を束ねた人。赤い制服は、ナイツ・オブ・ラウンドの証。


「ん?」


 淡い緑の瞳と目があった。切れ長気味の目にすっと通った鼻梁。各パーツが完璧な形で、完璧な位置にある。とてつもない美人であるが、その腕に抱えられているのは赤ん坊だった。何ともアンバランス。

「……デイム・エリザベス?」

「敬称はいらない」

 そっけない返答だった。だが、これが彼女の通常営業である。


 ナイツ・オブ・ラウンド第一席。女神の美貌とも呼ばれる驚異的な美貌を有する彼女は、エリザベス・フランセス・カーライル・ブラックリーと言う。年は今年で二十五歳になるらしい。何故こんなに詳しいかというと、ザラが彼女の隠れファンだからである。言ってもいいのであれば、もっといろいろ知っている。


 エリザベスはザラの一応上司にあたるセオドールの妻にあたる。ザラの隣の席のお兄さんが言うところの『ラブラブな奥さん』だ。しかし、見る限りエリザベスもセオドールも『ラブラブ』な雰囲気を醸し出すような人には見えない。二人ともどちらかというクールな人間に分類されるだろう。

「君は危機対策監室の事務員だったな。夫が世話になっている」

「あ、いえ……こちらこそ、迷惑かけっぱなしで」

 ザラはふるふると首を左右に振る。エリザベスがふっと笑った。

「すまないが名前は何というのだったか」

 顔はわかっても、さすがに名前まで把握していなかったらしい。薔薇園の方を見ているエリザベスの横顔を見ながらザラは名乗った。


「ザラ・ノーリッシュです」

「ノーリッシュ? ……そうか」


 エリザベスは一瞬目を伏せた。どうやら、家名を聞いただけでザラの事情を察したようだ。さすがは二代前の危機対策監室の主席調整官、とザラは妙なところに感心する。

 不意に、エリザベスの腕の中の赤ちゃんがふえふえと泣きだした。あわててエリザベスが赤ちゃんをゆする。


「よしよし。泣くな。もうすぐ母上が戻ってくるからな」


 どうやら、赤ちゃんを預かっていたらしい。たしかに、結婚して三年は経つだろうが、エリザベスとセオドールの間には子供がいなかった。ザラは気になって「どなたのお子さんですか」と尋ねた。いや、ほんの出来心なんだ……。


「ああ。アーサーの子だ。今、クライド殿とデート中なんだ」


 さらっと言われたので一瞬気付かなかった。泣き疲れたのか、赤ん坊は眠りに入ろうとしている。ザラははくはくと唇を開閉した。

「で、な……ことは……」

「ポリーだ」

 ですよねー。ポリーはメアリの愛称であり、この国の第二王女の名である。生まれたばかりなのも一致する。

 アーサーとクライドは、女王とその王配の名であり、二人が薔薇園を歩いている間、エリザベスが子守をしているらしい。というかむしろ、護衛について行かなくてもいいのだろうか。


「クライド殿が帯剣している。私なんかよりも、ずっと良い腕をしているからな」


 そう言いながら、エリザベスはメアリのふくふくとした頬をつついた。その優しく微笑む横顔に思わず見とれた。

「エリザベス!」

 低いがよく通る声で名が呼ばれ、エリザベスは振り返ると人差し指を立てた。

「サイラス、静かに。ようやく寝たところだ」

「……乳母じゃないんだから、何やってるんだ」

 呆れたように言ったその男性は、整った顔立ちをした男だが、さほど背が高くなかった。少しサバ呼んではいるだろうが、エリザベスとさほど背丈が変わらない。

 ザラは視線をメアリに移すが、どうやら起きなかったようだ。


「……誰ですか、彼女は」


 男性の目がザラに移り、目をあげたザラと目があった。エリザベスはザラをかばうように少し前に出た。

「危機対策監室の事務員だ。ザラ、時間は大丈夫?」

「あ、そうでした!」

 エリザベスがザラを円満に帰そうとしてくれているのがわかったので、ザラもありがたくそれに乗っかる。お邪魔しました、と頭を下げれば、エリザベスはふっと微笑んで赤ん坊を抱いたまま器用に手を振ってくれた。クールな見た目の割に気さくな人物だ。やっぱり、セオドールの奥さんだなぁと何となく納得してしまう優しさがある。


 少し遅くなってしまったが、遅刻、というほどではなかったのでちょっと迷ってしまって、とごまかした。少し、エリザベスと話をした、とセオドール言ってみたい気もしたが、とりあえずこらえておいた。いつも通り仕事を始める。

 猛然と計算をしていると、危機対策監室にノックがあった。基本的に警報がならなければ危機対策監室は静かなものである。


「失礼」


 クールにそう言って入ってきたのは先ほど別れたばかりのエリザベスだった。赤い制服に不釣り合いだった赤ん坊は、本当の母親に任せてきたのだろうか。

 彼女は一人ではなかった。先ほど彼女を呼びに来た青年も一緒だ。彼もナイツ・オブ・ラウンドの制服を着ているのでナイツ・オブ・ラウンドなのだろう。ザラは仕事柄ナイツ・オブ・ラウンドと面識があるので彼が新顔で、先日セオドールが叙任式に参加してきた相手だとわかる。

「関わることもあるだろうから紹介しておこう。先日、ナイツ・オブ・ラウンド第二席を賜ったサイラス・ジェンキンスだ。私の補佐に入ってもらう」

「ってことは頭脳派なんだ」

 最初に口を開いたのはノエルだった。彼は気さくにサイラスに話しかけたが、彼は生真面目に「よろしくお願いします」と言うだけだった。

「冗談がわからないやつでな」

「お前に言われたくないだろう、まったく」

 まったく、と言いながらもセオドールのツッコミの口調は優しい。毒舌に定評のあるリリアンであるが、セオドールのツッコミもシュールだと評判である。


「要するに、初期のリリアンとセオを足した感じだと思えばいいんだね。大丈夫大丈夫。慣れてるから」


 ノエルがあっけらかんと言った。管制室からユージーンがひょっこり顔をのぞかせる。

「っていうか姐さん、何の用?」

 無理やり話を戻した。最年少の彼が一番冷静ってどういうこと。っていうか、姐さんって。

「ああ……少し相談だ」

 ナイツ・オブ・ラウンド第一席のエリザベスが相談に来るのだ。女王に関わることなのだろう。エリザベスはサイラスを呼び寄せて勝手に来客用の椅子に座った。彼女はセオドールから数えて二代前の主席調整官だったらしく、ここは古巣なのだ。というか、どう考えてもエリザベスは二十歳そこそこで主席調整官をしていたことになるが、まあ、それだけ能力が高かったのだろう。

「ジーン。何かあったらすぐ報告してくれ」

「わかってるよ」

 最年少であるが、何かと態度が不遜である。管制室に引っ込んでいくユージーンに対し、セオドールとノエルはエリザベスと向かい合って座ったようだ。ここからは見えないけど。声も小さくなったので、よく聞き取れない。


 と、隣から「仕事しろ」とツッコミが入った。ザラは小声で「はい」と返すと手元の書類に集中した。

「そう言うわけで、ジーンを借りていく」

「ちょっと待って。何で俺のいないところで貸し借りが成立してるの」

 自分の名前が出てきたユージーンが振り返って言った。一段低くなっている管制室から上がってくるユージーンがちらりと見えたが、やはり可愛い。


「ジーン、知っているか? 身長は伸ばすことはできても縮めることはできないんだ……」

「何言ってるの姐さん」


 ユージーンがツッコミを入れる。絶対真顔だったと思う。

「昔はリリアンもこんなに大きくなかったのにね」

「昔から大きかったら怖いだろう」

 ノエルとリリアンの会話である。セオドールは「そうなのか」とうなずくだけだ。彼とリリアンが出会ったのはリリアンが成長しきった後だったらしい。

「そりゃそうだけどさ。昔は背格好も陛下と似てたのにね」

「そうなのか? 背丈はともかく、体格は似てないだろ」

「お前殴るぞ。いろんな意味で」

 ノエルのセリフに対するセオドールの回答で、リリアンがちょっと怒った。いや、さすがに夫婦でその発言は怒るだろう。


「それがどうして俺が貸し出されることに……」


 ユージーンの疑問にもそろそろ答えてあげるべきだと思う。リリアンの説明では意味が分からなかったから。

「私がアーサーの影武者をできないからだ」

「姐さん、説明になってないよ」

 危機対策監室全員が聞き耳を立てている気がした。

「つまり、リリアンはジーンに陛下の影武者をしてほしいんだと」

「……」

 沈黙が下りたが、みんなの心は一致していたと思う。そう。ユージーンなら行けるのではないかと。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エリザベスと言われていますが、リリアンのことです。


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