story:17
「うおっ、何これ」
ノエルについてきたザラは扉の前に縛られて転がされている二人を見て悲鳴をあげた。しかも、そのうち一人は何か見覚えがある。
「あー、ザラ。乗り越えてこっちきて」
「あ、はい」
ザラは資料を抱えたままぴょん、と二人を飛び越えた。ちょっぴり罪悪感。後ろを気にしつつ、奥の女王の私室のリビング部分に向かう。
「あれ、どうしたんですかぁ?」
「リリアンがやったらしいねぇ。彼女の精神干渉魔法は強力だから、しばらく目を覚まさないよ」
何それ怖い。そのエリザベスはソファに伸びているし、そんな彼女をユージーンが見ている。他には一人がけソファに腰かけているアーサーとその娘メアリに、椅子に座っているノエルとサイラス。……ザラはサイラスを見て言った。
「隠し子?」
「違う。第一王女殿下だ」
アーサーの娘だった。いや、そんな気はしていたけど。一歳と少しの女の子はサイラスの腕の中ですやすや眠っていた。可愛い。
「ザラ。大聖堂の状況を説明してあげて」
「はい」
ザラはまとめてきた資料を読みあげる。
「ええっと。大聖堂での小競り合いは終結しました。選定の剣は無事で、クライド様を含めた、全員が無事です。まあ、怪我をした人はいますけど」
事後処理はセオドールが請け負ってくれた。ザラは資料をまとめたらすぐにノエルに連れ出されたけど。本当は、ノエルとセオドールの役は逆でもよかったのだが、セオドールの体の調子をかんがみた結果、こうなった。
「とりあえず、生かしたまま大聖堂の襲撃者は捕らえてあります。たぶん首謀者は別にいますけど……」
大聖堂の方は陽動だった。そう。一度宮殿に侵入者があったことも陽動だったのに、大聖堂の方も陽動だった。狙いは、女王……というか、二人の王女たちか。
エリザベスは最初から気づいていたのだろう。彼女の体調が好調であれば、サイラスとユージーンを連れてくることすらしなかっただろう。自分一人で片づけたはずだ。そうできなかったから、彼女は二人を連れてきた。
「まったく、食えない女だ」
彼女をそう評したのは、彼女の夫だった。困ったように笑うセオドールは、エリザベスを心配しているが、信じてもいるようだった。ちょっと、いいなぁと思う。こう言う関係。
「たぶん、首謀者はそこの彼だろう。リリアンには、初めからわかっていたのだな……」
アーサーが不満げに眉をひそめて言った。いや、これはアーサーでなくたって不満だろう。みんな、何も知らされていなかったのだから。ノエルとセオドールだって、二人で会話している間に気が付いた。ザラは全く分からなかったけど。
ちらっと、全員の目が扉口で転がされている危機対策監室の職員に向いた。いや、見覚えがあると思ったら、同僚だったのだ。びっくり。
これで、エリザベスが万全であれば彼女に尋問してもらえばいい。彼女には強力な精神干渉魔法がある。どうやら受信能力は低いとのことであるが、それでも干渉できるのであれば、揺さぶりはかけることができる。
しかし、現実はソファで伸びているので戦力外通告である。というか、ブラックリー公爵家の若夫婦、どちらも体調が悪そうだが大丈夫なのだろうか、これは。
「……えっと。まあ、大聖堂側の人たちも帰ってきてから、詳しい処理をすることになりますけど……」
「とにかく、陛下とクライドさんを引き離したかったんじゃないか、というのが僕とセオの意見。正しいかはわからないけど、狙われたのはアン王女とメアリ王女だと思う」
ノエルが確信を持って言った。確かに、アーサーの側にクライドがいる限り、王女たちを同行することもできないだろう。女王アーサーの前には何枚もの障壁が立ちはだかっている。その最後の一枚が一番突破しにくいのだ。
今、ブルターニュ王族はアーサー、アン、メアリの三人だけだ。自身もノーリッシュ子爵家を継がなければならない立場であるザラは、その状況がどれだけ不安定か、わかるような気がした。
ブルターニュ王室は長子優先だ。このままいけば、アンが次の女王になるのだろう。しかし、アンも、その妹のメアリもいなくなったら? 再び、ブルターニュ王国は王位継承者不在の不安な日々だ。
というのをザラは想像したのだが、ノエルとセオドールの意見は少し違うようだった。
「まあ、子供を人質にとってっていうのは常套手段だよね」
ということらしい。ツッコミはサイラスがいれてくれた。
「しかし、そうまでして何をしたいんだ?」
「さあ?」
答えは簡潔すぎた。答えになってないけど。ノエルは肩を竦めて言った。
「本人に聞けばいいでしょ」
まあ、その通りなのだけど。ノエルは笑顔で尋問しそうで、エリザベスとは違った意味で怖い。
正直、考えていることがよくわからないので、自分たちで考えるより聞いた方が早いのは事実だ。何故、そんな危険を冒してまで子供に手を出そうとするのか。しかも、宮殿の真ん中で。意味が分からん。
ザラはちらっとエリザベスを見たが、相変わらずソファで伸びていた。たぶん、寝てる。彼女についているユージーンとは目があったけど。
「とりあえず、クライドさんたちが帰ってくるのをこのまま待とうか」
ノエルがそう言ったのは、やはり、アーサーが狙われたのを気にしてのことだろう。
うめき声が聞こえた。転がされていた襲撃者のどちらかが起きたのだろう。ユージーンが立ち上がり、そばまで行くと容赦なくけりを入れた。ザラはびくっとする。可愛い顔してやることが過激である。
「ジーン、やり過ぎないようにね」
「わかってるよ」
と言いつつ、ノエルも止めない。彼は視線を伸びているエリザベスに向けた。
「リリアンは大丈夫? 生きてる?」
「うん、まあ、悪阻で死んだ人はいないと思うし」
と、アーサー。サイラスが「さっきもそれ言ってませんでした?」とツッコミを入れている。そもそも、この体調で出勤してきていることのほうが間違っていると言いたい。
しばらくすると、眠っていた王女二人が起きだした。まだ赤ん坊のメアリはアーサーが抱き上げ、よちよちと歩けるようになったアンは何故かザラに懐いてきた。
「お、王女様、お母様はあちらですぅ」
動揺して間延びした声になってしまった。それでもアンが離れないので仕方なくザラは王女殿下を抱き上げた。
そこにノックがあった。近くにいたユージーンが扉を開けた。
「うおっ、何これ」
女性の声が聞こえてそちらを見ると、エイミーが先ほどのザラと同じように足元に転がる男たちに驚いた声をあげていた。どうやら大聖堂に派遣されていた皆さんが戻ってきたらしい。当然だが、クライドも戻ってきた。
全員、転がっている彼らを飛び越えてくる。まあ、飛び越えるしかないからだけど。移動させるべきだろうかとも思うが、ザラが口をはさむことでもないので黙っておく。
「みな、ご苦労だった。怪我は?」
「ない。みな無事だ」
一応、ノエルとザラも報告していたが、アーサーも本人たちから聞きたかったのだろう。自然にクライドとアーサーが抱擁を交わしたので、がっつり見てしまった。
「で、どうだった?」
「いや……リリアンが言っていた通り、襲撃はありましたけど、手ごたえがなかったと言うか」
「なんつーか、本気じゃない感があったよな」
素直なエイミーとマティアスである。ノエルが「その感覚は正しいね」と微笑む。
「狙いはこっちだったからね」
「こっちって、陛下!?」
「王女殿下の方だよ、エイミー」
ニコニコ笑いながら自分の嫁にツッコミを入れるノエル。ザラのまわりの夫婦の中では一番普通っぽいと思っていたけど、今の会話で自信がなくなった。
「アンとメアリが? 大丈夫でしたか、陛下」
「ああ、私は平気だよ」
にっこりとアーサーが微笑む。かわりにエリザベスが伸びているのだけど。
「でも、王女殿下が狙われたのは何故?」
「さあ? 答えの知っていそうな人はそこで伸びているからね」
「……リリアン大丈夫なの……」
ノエルが指示したほうを見たエイミーが、伸びているエリザベスを見て少し不安げな声をあげた。
その時、ザラの腕の中のアンがぐずりだした。ザラがよしよしと軽くゆするが、最終的に大泣きし始めた。
「ああああ! 泣かないでくださぁい!」
何故か雰囲気が和み、緩やかな空気が流れた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
さりげなく次で最終話。