story:16
サイラス視点。
サイラスは、ちらっと隣にいる上司を見た。いつも白い顔をしているが、いつにもまして顔色が悪い。白いを通り越して青い。別に病気ではなく、いわゆる妊娠初期症状なのだそうだ。
「気持ち悪い……」
「……じゃあ、屋敷で休んでればいいじゃないか」
「サイラス、一人でも大丈夫?」
「……やっぱりいてください」
最終的に、サイラスもそう言う結論を出す。一人にされるのは、さすがにまだ怖い。
「リリアン、体力は十分なはずだから、やはり体格の問題なのだろうか?」
娘二人の相手をしているアーサーが首を傾げて言った。第一王女のアンはもう歩くししゃべる。第二王女のメアリは、まだ首が据わったばかりだ。ちなみに、いつも一緒にいるクライドは、現在、大聖堂まで出張中である。
サイラスは思わずエリザベスを見て、その後にアーサーを見た。確かに、エリザベスはアーサーより細い。
「姐さん、後ろから見たら男の人に見えるもんね」
よいしょ、とメアリを膝に乗せて構うのはユージーンだ。彼もこの待機組の一人。本当は危機対策監室にいるはずだったのだが、エリザベスの調子が良くないので、彼女の代理を賜っているのである。
「……今の、セオが言ったことだったら殴ってる」
「差別だ……」
ちなみに、エリザベスの夫のセオドールは危機対策監室で指揮を執っている。今頃くしゃみでもしているだろう。思わず口を突いて出たのはサイラスの言葉だった。この夫婦、本当によくわからない。
「ん。姐さんの予想、当たってるみたいだよ」
眼を閉じたユージーンがそう言った。その間にごそごそとメアリが動きだし、目を開けたユージーンは、冷静に小さな体を抱き留めた。ザラではないが、ユージーンは可愛らしい顔立ちをしているので、子供と一緒にいる姿はサイラスから見てもかわいらしい。口に出したら引かれるから言わないけど。ここにいるエリザベスもユージーンも舌鋒の鋭さに定評のある二人だ。見ていても、アーサーは笑っているだけだろう。
「みんなは大丈夫そうか?」
「セオ様が指揮とってるから、大丈夫じゃないはずがないよね」
うん。やっぱり言い方がひねくれている。
「姐さん、体調は大丈夫?」
「……少しなら。でもジーンがやりな」
「わかった。ちょっとサイラス。メアリ様預かっててよ」
「私かっ」
ユージーンに指名されたサイラスは顔を引きつらせる。恐る恐る手を差し出してメアリを受け取る。ふにゃふにゃした赤ん坊を抱きなれないサイラスに抱えられ、メアリは火が付いたように泣き出した。狙撃銃を用意していたユージーンはちらっとこちらを見たが手を出さず、アンを抱えたアーサーが近づいてきた。
「あらら。アンの方にする?」
「どちらも遠慮したいんですが……」
「脳に響く……」
エリザベスも何やらうめいているが、立ち上がれているので大丈夫だろう。彼女は弓矢を手に取る。
「姐さん、大丈夫なの?」
「ダメだと思うから、ジーン、頑張って」
「姐さん……」
エリザベスを慕っているユージーンだが、さすがに呆れた様子を見せた。
子供たちを抱えているサイラスをアーサーは外に出られないため、現場を見ることはできない。しかし、この女王の居室からはかつて、サイラスが騎士の叙任を受けた大聖堂が見えている。現場はそこだ。
ユージーンは、エリザベスと同じく後方支援系の浄化能力を持っている。放出しても威力がそがれない浄化能力は珍しいのだそうだ。サイラスは自分がパラディンではないのでそんなに詳しくないのだが。パラディンの使用媒体は剣や槍であることが多いが、長距離攻撃ができる二人は、狙撃銃や弓矢を使用する。エリザベスは弓矢だが、ユージーンは狙撃銃を使用するらしい。
発砲音が聞こえた。ユージーンが発砲したのだろう。エリザベスが見守っているはずだが、むしろ彼女が大丈夫だろうか。
「リリアン、大丈夫だろうか……」
アーサーも同じ心配をしていた。再び発砲音。ユージーン、なかなかうまくやっているらしい。
アンとメアリ、二人の王女はぐずりもしない。それどころかアンはすやすやと眠っている。メアリも、サイラスが膝に座らせているとぬいぐるみ片手にきゃっきゃと遊び始めた。こうしていると可愛い。
「そう言えば、サイラスはザラと付き合っているんだったな」
「!?」
女王陛下に俗っぽいことを聞かれて、サイラスはびくっとした。その振動にメアリが「きゃー」と喜ぶ。いや、ちょっと待て。前にその話をアーサーにしたことがあった気がする。今更驚くことではない、のか?
「ええ……まあ」
一応(仮)が付く関係だが、否定するのもおかしいのでそう言うことにしておこう。こうして外堀が埋められて行っているのだが、サイラスにもどうしようもなかった。
「いや、突然どうしたんですか、陛下」
また発砲音。銃声を聞きながらする話でもない気がする。
「……いや。青春だなぁと」
にまにましながらアーサーが言った。こういうところを見ると、彼女も女王であるが、一人の女性なのだなぁと思う。
「いや、陛下こそ、大恋愛の末の結婚じゃないですか」
思わずツッコミを入れたサイラスであるが、アーサーは「どうなんだろうな」と苦笑を浮かべた。
「文字通り、リリアンに背中を蹴っ飛ばされた感じだからなぁ」
「……」
サイラスはエリザベスが本当に背中を蹴っ飛ばしている姿を想像してしまった。容易に想像できる。相手がクライドなら。彼女は、王配クライドに対する態度が辛辣なのである。
「失ってから気づいたのでは、遅いんだってさ」
「……それは」
エリザベスの、体験談だろうか。顔に出ていたのだろう。アーサーは微笑むと「彼女の体験談だな」と言った。
「実際、言えなくなってからでは遅いんだ。言えるときに、伝えておかないと」
しみじみとした様子でアーサーが行ったとき、ユージーンが戻ってきた。
「陛下、終わりましたよ……ってか、姐さんが死にそうだけど」
「悪阻で死んだ人はいないから、大丈夫だろう」
アーサーも結構ひどい。とりあえず、サイラスはエリザベスの回収に行く。抱えていたメアリは、硝煙のにおいがするユージーンに預けるのは気が引けたので、ゆりかごの中に寝かせた。
「エリザベス、大丈夫か?」
ベランダの近くでエリザベスはしゃがみ込んでいた。サイラスはどうしていいかわからず、とりあえず彼女の肩に手をかけた。
「とりあえず、中まで移動しましょう」
「や、ちょっと待って」
エリザベスが明確な言葉を発した。強い意思で手を引かれ、サイラスはギクッとする。
「私たちも……ナイツ・オブ・ラウンドの役目を果たさないとね?」
「……」
とてつもなく嫌な予感がしたその時、女王の私室のドアが開いた。入ってきたのは強化魔導師の少年と、官僚の服を着た青年だった。しかもその制服は。
「やはり来たか……でも相手できないわ」
「……デイム・エリザベスを相手取らなくていいというのは、想定外でした」
そう言ったのは、危機対策監室の制服を着た青年だった。たぶん、セオドールがあえて逃がしたのだろう。だが、エリザベスはこの状態だし、サイラスの戦闘力はほぼ皆無。奥にはアーサーとユージーン、それに幼い王女が二人。たぶん、アーサーが飛び出してくるのはユージーンが止めてくれる。つまり、この二人はエリザベスとサイラスの二人で何とかしなければならないということで。
「エ、エリザベス……」
「もういいからリリアンと呼べ」
彼女はうろたえるサイラスの肩に捕まって無理やり立ち上がった。体重がかかった肩が少し痛みを訴えた。
「む、無理しない方がいいんじゃないか」
サイラスは彼女が倒れた時のために後ろで身構える。エリザベスは気にした様子もなく、まっすぐに侵入者二人を見て魔法を発動した。
「二人とも、動くな」
強力な精神干渉魔法だった。対象ではないのに、近くにいたサイラスも余波を食らい、くらっとした。
「エリ……リリアン」
せっかく許可をもらったので、愛称で呼んでみる。彼女は今にも履きそうな顔をしているけど。
「陛下! 生きてます!?」
再び扉が開いて、今度はノエルが飛び込んできた。がん、と勢いよく開けられた扉が倒れた危機対策監室職員の頭にぶち当たった。あ、とノエルが彼を飛び越える。
「ノエル?」
「あ、みんな無事だね」
ひょこっと顔をのぞかせたユージーンに、ノエルはほっとした表情になる。それからサイラスとうずくまるエリザベスを見て尋ねた。
「で、どういう状況なの、これ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あと二話くらいで終わる、予定です。