story:14
閉鎖の解かれた危機対策監室に入ると、まず、本日の常駐だったらしい調整官ノエルと目があった。
「セオ、無事だったんだ。あと……ザラも一緒なんだね」
「途中で出会ってな。現場を見ていたんで、そのまま連れてきた」
ザラはとりあえず、「お疲れ様です~」と頭を下げる。何か空気を読めていない感じになってしまった……。
「ていうか、松葉づえついてるってことは、また無理したんでしょ。ホントにリリアンが泣いちゃうからやめなよ」
そう。ノエルが指摘するように、セオドールは松葉づえをついていた。ほぼ立ち上がれない状態だったので、仕方がない。セオドール本人も松葉づえと友達になりそう、などと言っていた。
「むしろ私が泣きそうだ。あいつ、妊娠に気づかないまま戦ってた……」
「マジで? でも、リリアンならあり得るね。エイミーもそうだったし」
「そういえば、エイミーにもあったぞ」
「マジで!?」
ノエルが驚いた声をあげた。ツッコめないザラに対し、ここには安定のユージーンがいる。最年少だが一番落ち着いている彼が、管制室から声をかけてきた。
「で、話進めようよ。セオ様もノエルさんも早く嫁さんに会いたいでしょ」
「ああ、うん、そうだね。とりあえず、陛下たちは無事なんだね」
「元気だな」
「だろうね」
何だろう、アーサーたちに対するこの信頼感は。まあ確かに、ちょっとやそっとでは死なないような感じはわかる。
「今のところ、宮殿内に侵入者は確認できていない。一掃したのか、それとも撤退して言ったと考えるべきか……」
「まあ、リリアンなら悪い方に考えるだろうね。自分ならそうするって」
セオドールとノエルが重いため息をついた。その空気のままザラの方を向いたので、ザラはちょっとびくっとした。
「そう言えば、ザラとサイラスはどうして宮殿に? 休みだったんだろう」
「え~っと」
改めて聞かれるとは思っていなかったザラは、セオドールからの質問にちょっとどもる。これは素直に答えたほうがいいのか?
「そう言えばザラ、今日はサイラスとデートに行ってたんじゃないの?」
「なんで知ってるの、ジーン!」
ちょっとさがったところから頬杖をついて見上げているユージーンにツッコミを入れる。すると、相変わらずクールに言われた。
「いや、自分で言ってたじゃん。そこに来て休みとれば、デートしかないでしょ」
ユージーン十六歳。侮りがたし。動揺したザラはありのまま話すことにした。
「ええっとですね。サイラスさんと外出していたのですが、宮殿から煙が上がっているのが見えて……」
彼と一緒に宮殿に向かったこと。その途中でエイミーに出会い、一緒に宮殿内に入ったこと。マティアスに遭遇したので、途中でサイラスとは別れ、エイミーと共にアーサーの方へ向かったこと。
「……そこで来るという決断をしたのか、君は」
セオドールにつっこまれ、ただの事務員であるザラは顔を引きつらせる。
「気になったもので……」
ザラが言うと、ユージーンがクールに「視覚的なインパクトだね」と言った。
「視覚的なインパクト?」
ザラが問い返すと、ユージーンはさらりと答えた。
「人間は視覚から入ってくる情報がほとんどだからね。視覚的なインパクトがあるとあわてちゃうってこと」
「そうだね。ザラが宮殿から煙が出ているのに驚いたように……」
ノエルがユージーンの言葉を肯定した。セオドールも「実際には、煙が出るようなことは起こっていないからな」とため息をついた。
「でもまあ、多数の住民が煙を見たってことだね。陛下の演説、いるかなぁ。セオ、ちょっとリリアンと協議しておいてよ」
「……あれは今、悪阻で使い物にならないんだ……」
「はは。そんなにひどいんだ。リリアンならけろっとしてるような気がしたのに」
ノエルの中でエリザベスはどうなっているのだろう。確かに図太いというか、無駄に肝の据わった人だなぁとはザラも思うけど。
というか、もう自分の席に戻ってもいいだろうか。助けを求めるようにユージーンを見ると、彼は意を組んでくれたらしく、口を開いた。
「ねえ二人とも。もうザラを解放してあげなよ。おっさん二人に挟まれてかわいそうだよ」
断っておくのなら、ザラはセオドールやノエルをおっさんだと思ったことはない。まあ、ユージーンから見れば十歳も違うし、おっさんかもしれないけど……というのはともかく。
「確かにそうだね。っていうか、今日休みだったんだよね。どこかでまた代休もらいなよ」
こういうフォローはノエルの方がうまい。セオドールも同意したので、ザラはほっとして事務職の席に戻ろうとした。今日はもともと非番が多い日なので、人数が少ない。
しかし、戻る前に言うことがあった。
「ジーン、ありがと。大好き。結婚したい」
「それ、サイラスさんに言ってあげなよ」
ユージーンが冷静に言った。その通りである。
△
「ただいまぁ」
ザラが定時で帰宅すると、母のマーガレットが「おかえり」とひらひら手を振ってきた。彼女は目を輝かせて尋ねた。
「デートはどうだったのかしら」
「……あー」
そう言えば、今朝そう言って出かけたのであった。もう、それどころではなかったからすっかり忘れていたが。
「うん。それどころじゃなくなったからね。デート自体は楽しかったけど」
一緒に出掛けただけで、何もなかったけど。後半は宮殿で騒ぎに巻き込まれたし。ちなみに、セオドールとエリザベスの夫婦は結局、宮殿に泊まることにしたらしい。
「それって、宮殿から煙が上がっていたことと関係ある?」
「……なくはないけど、母さんも見たのね……」
やはり、王都の人間は目撃していると考えていいだろう。視覚的インパクトは大切だよね、と言っていたのは誰だったか。まあ、その辺の情報収集はノエルたちがしているだろうから、ザラはいつも通り事務作業を行えばよい。まあ、ことが起これば起こるほど、その事務も増えていくのだが。
「仕事が忙しい? サイラスさん? と会いたいわね」
マーガレットがぐいぐい押してくる。相変わらず押しが強いが、ナイツ・オブ・ラウンドは今忙しい。
「ダメ。サイラスさん、今そんなことできる状態じゃないもん。エリザベス様が妊娠して、その代役しなくちゃだし」
言い訳がましく口を突いて出た。強引に押してくるかと思ったマーガレットだが、彼女は「へえ」と面白そうに言った。
「エリザベスって、エリザベス・フランセス・カーライル? ナイツ・オブ・ラウンドの」
「え、うん、そう。母さん知り合い?」
「一方的に知ってるだけよ。有名人だしね」
うん、まあ、有名人だね。昔はアーサー女王の影武者もしていたという話だし、美人だし。社交界ではそう言う噂はすぐに広まる。
「今はブラックリー公爵家に嫁いだんだっけ。どうでもいいけど、毎日喧嘩してそうね。相性悪そう」
母の情報網が怖い。当たらずとも遠からずだ。毎日喧嘩はしているだろうし、相性は……いいかはわからないが。だが、一つだけ言える。
「めっちゃラブラブだよ」
これだけは胸を張って言える。ザラはエリザベスの隠れファンであるが、ちょっといい加減にしてくれ、と思うくらいにはラブラブだ。そんなにかかわりのないはずのザラですらそう思うのだから、付き合いの長い人たちはそんなものではすまないのだろうなぁ、と何となく同情。
「へえ。そうなのね……まあそれはともかく。ねえザラ、私、しばらくこっちにいるから、その間にサイラスさん連れてきてよね!」
「えー……」
そうなのか。母はいつまでいるつもりなのだろうか。というか、話をそらそうとしたのに、結局戻ってしまった。母はどれだけ自分を結婚させたいのだろう、と彼女はため息をついた。
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