story:13
セオドールとエリザベスがやってきたのは、宮殿内の安全が確認されたかららしい。そこで強化魔導師に遭遇していては世話ないが、これがまたややこしい問題であるらしかった。
「んで? そのリリアンとセオはどうしたんだ?」
見回りを終えて戻ってきたマティアスが尋ねた。もちろん、サイラスも一緒である。彼らより先に合流した女王夫妻が笑って答えた。
「骨が折れていたからな。治療中だ」
「仲がいいからな、あの二人は……」
それ、絶対に女王夫妻には言われたくないと思う。確かに仲はいいけど。
「エイミーは、出てきてよかったのか?」
「大丈夫です。というか、お姫様たちは?」
確かに。まだ小さい姫君たちはそうしたのだろう。アーサーは「ああ」と平然と答えた。
「ルーファスと一緒だ」
そう言う問題なのだろうか、と思わないでもなかったが、ザラは黙っていた。ザラごときが口を聞けるような状態ではない。
そう思っていたのに、アーサーに話しかけられた。
「ザラ、だったな。大丈夫か?」
「あ、はい。私は、全然」
ザラはあわてて大丈夫だとうなずく。アーサーは微笑み、「そうか」と言った。そこに、何やら言い争いが聞こえてきた。
「いいからお前は休んでろって」
「そう言うわけにはいかない……! 私がいなくて、この状況をどう治めるつもりだ」
「私がいる!」
「頼りない」
この夫婦、本当に何なのだろうか。入ってきたセオドールとエリザベスの夫婦は、何故かけんかをしていて、さらにセオドールがエリザベスを抱え上げていた。お姫様抱っこである。
「ラブラブかっ」
ツッコミを入れたのはエイミーである。立ち上がるついでに上着を床にたたきつけた。すぐに拾ってはたいていた。
「うえ……っ。やっぱりダメ。降ろして」
「はいはい、お姫様」
セオドールがエリザベスを降ろすと、彼女はふらふらと部屋を出て行った。っていうか、セオドールの言葉が本気で棒読みだった。
「え、いいの? なんかふらふらしてたけど」
「腕の怪我、そんなに悪いのか?」
エイミーとアーサーが心配そうに言った。セオドールは扉を閉め直し、エイミーの隣に座った。
「いや、腕はぽっきり折れていたから、すぐに治りました。しばらく動かすなと言われましたけど。あれは、なんか、あー……悪阻で匂いがダメみたいで」
言いにくそうに言ったが、結構衝撃の事実ではなかろうか。え、つまり……どういうこと?
「子供ができたのか! 喜ばしいことだな!」
「リリアンはこれを見越してたってこと?」
「つーか、お前とリリアンの子供って性格きつそうだな……」
マティアスがさりげなく失礼である。アーサーとエイミーは喜んでいるのに。だが、ザラは顔を蒼ざめさせているサイラスが気になった。
「……大丈夫ですか?」
「いや、雲行きが怪しい気がして」
それは、まあ、確かに。ナイツ・オブ・ラウンドに加入して数か月で指揮を執るのはきついだろう。エリザベスがこのまま脱落すれば、その指揮権は第二席のサイラスに移行される。
「合流したときから、なんか変だなーとは思ったのよね。いつものキレがないというか」
「うーん、言われてみれば、調子が悪そうだった、かなぁ?」
「まあ、顔色は悪かった気はしますが」
エイミーとアーサー、クライドにまでいろいろと言われて、セオドールが撃沈した。
「やめてください……何故か私が恥ずかしい」
ひとしきりセオドールをからかったところで、話しをまじめな方向に戻す。
「それで、宮殿の侵入者だが」
「近衛を使って宮殿中を確認しましたが、侵入者はすでに姿を消しています。で、例の、私が撃ったやつですが……人間を模したガーゴイルの一種と思われます。たぶん」
「はっきりしないな」
セオドールの自信なさげな言葉に、クライドがツッコミを入れた。先ほどのこともあって、セオドールは視線を逸らした。三十歳近い男性だが、仕草が妙にかわいらしい。
「今、危機対策監室の調査官が調べているところです。すみませんね、頼りなくて……」
セオドールは言って、自分で傷ついたようだった。大胆なことを言うセオドールだが、彼の心は繊細であった……。
「一応、魔法の専門家を招喚しています。ただ、今回宮殿に侵入した強化魔導師は、全てガーゴイルでした。つまり、どこかで研究所がまだ稼働しているということですね」
繊細であるが、洞察力は鋭い。彼は、他の専門家にうまく役割をふる人だが、決して、彼自身に知識がないわけではない。ただ、ちょっと自信がないのだろう。
「宮殿内の安全は確認されているんだろう?」
アーサーが尋ねると、セオドールは「ええ、まあ」とうなずいた。
「現状の安全は確認していますが、内通者などの確認はまだなので、完全とは言えません」
「居を移したほうがいいか?」
これはクライドだ。王女たちのことを聞いているのだろうな、とザラでもわかった。
「いえ。今移動すると、逆に危険です。宮殿内で警備を固めたほうがいいでしょう」
セオドールの視線がこちらを向いた。と思ったら、サイラスを見ただけだった。ザラは少しほっとする。
「サイラス、悪いが陛下の警備を組んでくれ。たぶん、指示を出すだけならリリアンでも大丈夫だと思うが……」
「いや……妊娠中の女性に無理をさせることはできないからな……」
「あの女なら、這ってでも来るだろ……」
サイラスの丁重な断りに、クライドが遠い目で言った。エイミーが「そうね」と同意している。確かに、さっきも一応、この部屋までは来たし。
「いっそ、リリアンを宮殿に置いちまえば?」
マティアスがぶっ飛んだ提案をした。エイミーが「それ、いい!」などと乗っかってくる。ザラはちらっとセオドールの顔を見た。彼はふるふると震えていた。
「いや……あれは連れて帰る。本気で何をするかわからん」
「リリアンがいないとさみしいんでしょ。いいじゃん。セオも一緒に泊まれば」
と、エイミーが言うが、話がそれているので、戻す。
「とにかく、今できる範囲で宮殿の警備を固めます。ナイツ・オブ・ラウンドには陛下たちの身の回りの安全を確保してもらえれば」
「わ、わかった……」
緊張気味にサイラスはうなずいた。がんばれサイラス。不謹慎だが、そうなれば母の恋人を紹介しろ、攻撃から逃げることができる。うん。自分で思ったけど本当に不謹慎。
サイラスもそうだが、セオドールも若干自信なさげで、これは……。
「不安しかない」
エイミーがそのものずばり指摘した。気まずい空気が流れたところに、報告が入る。
「セオドール様。危機対策監室の警戒が解除されました」
「ん? ああ、わかった」
どうやら、危機対策監室の閉鎖は解除となったらしい。セオドールが立ち上がり、ザラの方を見た。
「ザラ、一度対策監室に行こう」
「わかりました」
ザラはうなずくと、立ち上がる。ほぼ同時に立ち上がった二人だが、セオドールは膝からくずおれた。エイミーが「ぎゃーっ」と悲鳴を上げる。
「大丈夫か、セオドール!」
「無理してお姫様抱っことかするから!」
マティアスとエイミーがセオドールを引っ張り起こす。アーサーが苦笑を浮かべた。
「もうお前たち夫婦、宮殿に泊まって行け……」
その方がいいと誰もが思った。
危機対策監室に行く前に、エリザベスの様子を見に行った。会議をしていた部屋の隣で休んでいた彼女は、顔面蒼白だった。この夫婦、本当に大丈夫だろうか。
「陛下が泊まって行けと言っていた」
「私はその方がいい……」
たぶん、馬車に揺られるのが嫌なのだろう。そう言っていたら、ずっと帰れないけど。ザラはセオドールを見上げた。
「私、エリザベス様、見てましょうか」
「いや、お前も現場に立ち会った人間だ。今後の対策のために、証言が欲しい。私と一緒に危機対策監室まで来てくれ」
「……わかりました」
セオドールもエリザベスが心配だろうが、ここで彼女を優先したら、エリザベス自身が起こるだろう。それはザラにも容易に想像できた。
そのエリザベスは、
「私の分まで頑張って……」
すでに戦線離脱を決めていたらしかった。
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