story:12
宮廷勤めの人間として、悲しいかな、サイラスとザラは宮殿に直行した。よそ行きの服のままで。その途中で金髪の女性と遭遇する。いや、この国に金髪は多いのだが。
「エイミー」
「あ、サイラス」
動きやすそうな格好をしたその女性はサイラスとザラを見比べて言った。
「……もしかして、デート? 彼女さん、置いてきた方がよかったんじゃない?」
「いや、彼女は危機対策監室の事務官だ」
「ぅえ? そうなの?」
たぶん、エリザベスと年が変わらないくらいだろうに、やや幼い印象を受ける女性だった。エリザベスが冷静過ぎるともいう。
「エイミー、彼女はザラ。ザラ、この人はエイミー。ナイツ・オブ・ラウンドでノエルの奥さんだ」
「よろしくね~って、やってる場合じゃないわ」
ノエルが既婚者であることは知っていたが、ザラは奥方に会うのは初めてだった。ザラが危機対策監室に採用される前に産休に入ってしまったからだ。つまり、今は産後すぐってことで。
「え、大丈夫なんですか」
「大丈夫よ。心配してくれてありがと」
エイミーは一瞬微笑んだが、すぐに真剣な表情になる。
「あたし、宮殿に行くんだけど」
「お供します」
「私も!」
ザラも手をあげて主張する。追い返している場合ではないからか、エイミーは特に何も言わず宮殿に向かって行った。
「エイミー・ロリンソンよ。入るわね」
エイミーはそう言って門を通過していった。サイラスも名乗るだけで通過できたが、ザラだけは身分証を提示した。
「まずは情報収集だけど」
エイミーが宮殿に足を踏み入れてつぶやいた。ザラは首をかしげる。
「じゃあ、危機対策監室ですか?」
「いや、この状況ならすでに閉鎖されているはずだ」
「あ、そっか」
ザラは自分の配属先である危機対策監室の特性を思い出してうなずいた。危機対策監室は、有事には戦闘指令所となる。何物も寄せ付けない鉄壁の守りが働き、今は誰も入れないはずだ。
つまり、有事になれば閉鎖されるということで、その場合は中から出ることも、外から入ることもできない。なので、危機対策監室にその時にいたものは、その時にいたメンバーだけですべての指示を出さなければならない。
「と、なればやっぱりナイツ・オブ・ラウンドね……できればリリアンを見つけたいけど」
広い宮殿だ。そう簡単に見つからない。だが、おそらく、ナイツ・オブ・ラウンド第一席である彼女は、アーサーとともにいるだろう。
「クライドさんも一緒だろうし、ちょっと戦力過剰な気がする……じゃあやっぱり、危機対策監室に連絡を取るべきね」
そこで宰相のルーファス・ブルックスの名が出てこなかったのに気が付いたザラだが、指摘はしなかった。
危機対策監室に連絡を取る方法はいくつかあるが、やはり、専用の端末から連絡を入れる方が良いだろう。というわけで、通信端末が置かれているナイツ・オブ・ラウンドの執務室に向かうことにした。途中、何人か侵入者と思われる人物と遭遇したが、エイミーとサイラスが手際よく始末していく。頭脳派だと思っていたサイラスが意外と戦えるので、ザラはびっくりした。
ついてこない方がよかったかな、と思いつつ、でも、気になる。一応銃は借りたが、撃てるとは思っていない。
角を曲がるとき、エイミーが振るった剣を誰かが受け止めた。エイミーが目を見開く。
「エイミー!?」
「マティ? 久しぶり……」
とりあえず互いに剣を引く。角から現れたのはナイツ・オブ・ラウンドのマティアスだった。エイミーの同僚だ。
「お前、産休中じゃねぇの?」
「正確には育休だけど……じゃなくて、陛下は? 無事?」
「クライドさんとリリアン、それにセオも一緒」
「なるほど。戦力過剰ね」
ならばとりあえず、アーサーの心配はしなくていいのだ。ザラも少しほっとした。
「つーかお前、珍しいメンバー連れてるな」
マティアスがサイラスとザラを見て言った。エイミーは「宮殿の外で会ったのよ」と正直に言った。
「それより、状況はどうなってるんだ? そもそもマティは、一人で何をしていたんだ?」
「お前、鋭いところ突っ込んでくるなぁ」
サイラスの問いかけに、マティアスは言った。彼は廊下を歩きながら簡単に説明する。
「俺は哨戒任務中。状況としては、まあ、侵入者だな。実は俺も詳しいことは聞いてない」
「まあ、マティだからね……」
エイミーの言葉で、彼がどんな扱いをされているのか何となくわかる。マティアス自身も「ひでぇ」と言いながら笑っている。
「さて、サイラス、どうする?」
エイミーに話をふられ、サイラスは困った表情になった。
「……何故私に」
「いや、あたし、こういうの考えるの苦手なんだよね」
エイミーが悪びれなく言った。つまり、ここまで勢いで来たと。マティアスもこういうことは苦手だろうし、つまり、頼れるのはサイラスだけだ。
「……情報が少なすぎる……今なら、エリザベスのすごさが良くわかる」
「あー、うん。昔セオも同じようなこと言ってたわ……」
エイミーがしみじみと言った。ザラは新人なのでよくわからないが、エリザベスはすごい人だ、というのはわかる。
「……とりあえず、マティと一緒に宮殿内を見回るべきだと思う。ザラは、できれば、陛下たちと一緒にいてほしいが……」
眼を閉じて十秒ほど考え、サイラスはそう言った。無難な回答だろう。ザラをアーサーの元へ、と言ったのは、危機対策監室が閉鎖されているからだ。危機対策監室が閉鎖されたのなら、アーサーの元が一番安全だ。
「では、あたしとザラは陛下のところに行きましょうか。サイラス、マティをフォローしてあげてね~」
「了解」
席次はサイラスの方が上だが、任期ではエイミーやマティアスの方が長い。マティアスは、アーサーが女王になる前からの付き合いだそうだ。
それでも、第二席にサイラスが選ばれたのはなぜだろう。たぶん、現状エリザベスの代役がいないからだ。サイラスを選んだのは、事実上、エリザベスだという話だ。彼女は自分を補佐する者、もしくは代役をアーサーに頼んだのかもしれない。
必要な判断なのだと思う。今のままではエリザベスのみに負担がかかっているし、今はまだ大丈夫だが、エリザベスがエイミーのように産休を取る可能性だってある。まあ、エリザベスは妊娠したくらいでは止まらないだろうけど。
「っていうかデイム・エイミー。陛下たちってどこにいるんですかね」
「……まあ、勘だけど、あたしもリリアンとの付き合いは結構長いからね……」
理論的に判断できなくても、直感的にわかるらしい。それもすごい話だ。
「なんていうか、リリアンならここに行くだろう、っていうのがわかるのよね。逆に、セオだと全く読めない」
「そ、そうですか」
どうやら、ザラの上司は読みにくいらしかった。
エイミーはザラに合わせて進んでくれる。ザラが入ったことがないほど宮殿の奥まで来た。王族のプライベートスペースなんて、平の事務員は来ない。
と、エイミーが加速した。何かを見つけたらしい。走りながら剣を鞘ば知らせる。
「あたしの友達に、何してんのよっ!」
叫んで、エイミーは仮面をつけた男に斬りかかった。あ、なんか既視感。
「エリザベス様!」
追いついたザラは、肩で息をしながら、先ほどエイミーが助けた女性、エリザベスに声をかけた。肩を押さえたエリザベスは、ザラを見て少し驚いた表情になった。
「……何をしているんだ、君たちは。エイミー、娘さんは?」
「大丈夫。お義母さんに預けてきたから」
「……そうか」
それ、大丈夫なのか、と言わんばかりのエリザベスであるが、深くはツッコまなかった。
「ところでさぁ、何あれ」
エイミーが剣で自分が攻撃した相手を示す。そこには、どこかで見たような仮面をつけた男。剣をもっている。背はそれほど高くないが、体つきがしっかりしていて、正直、こちらに勝ち目があるようには見えない。
「最近の強化魔導師は、ああいう格好をしているらしいぞ」
「何それ」
エリザベスの茶化すような言葉に、エイミーが眉をひそめる。
しかし、強化魔導師が攻撃を仕掛けてきて、それどころではなくなる。
「リリアン、援護!」
「わかっている!」
エイミーが前に出るのに合わせ、エリザベスが魔法を放つ。それらの魔法を避けられたエリザベスが取り出したのは銃だった。エイミーがぎょっとする。
「ちょっと! 当てないでよ!」
エリザベスは答えず、ただ引き金を引いた。ザラはとっさに耳をふさいだが、サイレンサーがついていたのか思ったより音は響かなかった。続けざまに発砲する。そのうち一弾が仮面をはぎ取る。
ゆっくりと、その男は仮面が取れた顔をこちらに向けた。誰かが息をのむ音が聞こえた。
「アレック……?」
拳がザラを襲った。と、気が付いたのは、エリザベスがその拳を受け止めてからだった。ボキッと明らかに骨が折れるような音が聞こえた。
「エリザベス様!」
「い……っ!」
エリザベスが痛みに顔をゆがめる。よろめいた彼女を支えようとザラが手を伸ばすが、さすがに身長が違いすぎた。だが、ザラの横から男性の手が伸びてきて、エリザベスが倒れることはなかった。
「なんだ? アレック……?」
エリザベスを支えた男性、セオドールも強化魔導師を見て彼女らと同じ名をつぶやいた。
「撃って!」
叫んだのはエリザベスだった。エイミーが「ちょっとあんた何言ってんの!」と叫ぶ。
「いいから! 撃て!」
反応したのはセオドールの方だった。持っていた銃が放った弾丸は正確に額と心臓の部分を撃ちぬいた。しかし、血は出ない。
「うわぁ。旦那を殺した浮気相手の気分だ……」
どういうたとえだろうか、それは。倒れた強化魔導師をつついていたエイミーが戻ってきてザラに尋ねる。
「ザラ、怪我はない?」
「私は大丈夫です。胸焼けはしますけど」
と、ちらっと隣のブラックリー公爵家の若夫婦を見る。夫の顔を見上げた嫁がうつむいて口元を押さえた。
「気持ち悪い……」
「お前、仮にも夫の顔を見るなり何なんだ」
いらっとしたようにセオドールが言った。エイミーはその様子を見ながら剣を鞘に納め、言った。
「何やってるのよ、あんたたちは……」
まったくである。
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