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After Eden  作者: 雲居瑞香
11/18

story:11









「サイラスさん。相談があるんですけど」


 ザラはサイラスを見つけるとそう声をかけた。情報漏えい事件から三日、つまり、母の突撃訪問から三日が過ぎたところであった。

「どうしたんだ?」

「今、時間大丈夫です?」

「ああ。休憩中だ」

 サイラスに許可をもらったので、ザラは女王の庭の東屋に向かった。午後には人が多いが、この午前中には人影をあまり見ない。ザラとサイラスは東屋のベンチに向かい合って腰かけた。

「何かあったのか」

「ええ、まあ……」

 あったと言えば、あった。ザラ的には重大な問題が発生した。

「実は……今、私の母が領地から出てきていて」

「……ほう」

「その、母が特に今までお見合いだ、結婚しろってうるさかったので、サイラスさんのことを手紙で書いたんです」

「それで、ロンディニウムに出てきたのか」

「そうなんです。……で、母が、サイラスさんに会わせろって……騒いでて。今は『忙しいから』ってごまかしてるんですけど、いつまでも持たないし、早めに相談したいなって思って」


 ザラはちらっと上目づかいにサイラスを見る。サイラスは腕を組んで眉間にしわを寄せて考え込んでいた。腕をほどくと、少し身を乗り出しザラに言った。

「……私からも一ついいか」

「え、はい」

 ザラがうなずく。それを見たサイラスは言った。


「私の兄も、お前と話がしたいと言っている。長兄なんだが」


 サイラスの長兄が宮殿に官職を持っているのは知っていたが、本当に恋人同士として認識されているのだと思うと、ちょっとむず痒い。お互い、同じ問題に直面していたわけだが。

「まあ、提案なんだが」

「なんでしょう?」

 ザラは小首を傾げた。サイラスも首を傾ける。

「今度、一緒に出掛けないか?」

「……」

 要するにデートってことですね。そう言えば、付き合うということになったが、デートもしたことがなかった。まあ、仕事が忙しいせいでもあるけど。

 シフトを確認すると、直近では三日後に二人の休みが合っていた。ザラは基本的に定休だし、現在は緊急事態ではないので、忙しいと言ってもサイラスもちゃんと休みをとれているらしい。


 というわけで、急遽三日後にデートをすることになった。ザラの母や、サイラスの兄に会うにしても、もう少し恋人っぽい雰囲気を出したほうがいいだろう、という結論になったのだ。危機対策監室に戻ったザラは、休憩中のユージーンに声をかけた。

「ねえ、ユージーン」

「もうジーンでいいよ。なに?」

「デートに行くときって、どうすればいいのかな」

「……なんで俺に聞くの」

 ユージーンが半眼になって言った。彼はさらに言う。

「俺がデートとか、したことあると思う?」

「いや、ジーンならあるかなって……好きな人とかいないの?」

「しいて言えば姐さんが好み」

「お前、いつも言ってるな……」

 会話にセオドールが入ってきた。ユージーンが『姐さん』と呼ぶのはエリザベスのことだからだ。母と呼ぶには年が近すぎるし、そもそもユージーンの母親はまだ生きているし。

「俺の方がセオさんよりいい男だと思うんですけど」

「お前、喧嘩売ってんのか」

「ま、リリアンはちょっとダメな男を好きになるタイプだよね」

 ノエルまで乗ってきたので、セオドールは「すねるぞ」と本当にすねた顔で言った。ノエルが「君らはどっちもどっちだよ」と彼の肩をたたく。


「っていうかザラ、この二人に聞けばいいんじゃないの。既婚者だよ、二人とも」


 ユージーンが調整官二人を指し示した。セオドールは視線を逸らしたが、ノエルは話してくれる気があるようだ。


「うちの嫁はデートにセールの値札付いた服を着てきた子だからねー。あんまり参考にならないよ」


 ノエルの妻は現在産休中だが、ナイツ・オブ・ラウンドである。この目の前の男二人、嫁がナイツ・オブ・ラウンドである。実際に、夫より妻の方が強いらしい。


「うちのは余計に参考にならん」

「ごめん。駄目だった」


 セオドールの投げやりな言葉を聞き、ユージーンもあきらめたらしい。ザラはがっくりうなだれる。

「ああ……どうしよう」

「僕はサイラスも同じ相談を向こうでしていると見たよ」

 ノエルが言った。確かにあり得そう。ザラはナイツ・オブ・ラウンドの面々を思い出した。

「……参考になる人……います?」

「男側だったら、意外とリリアンが参考になるかもね。よく陛下と出かけてたし、陛下の結婚式の時、父親役で一緒にヴァージンロード歩いてたし」

「それ、関係あります?」

 っていうか、なんでそうなった。ノエルの話を聞きながら、ザラは首をかしげた。ノエルはあはは、と声をあげて笑う。


「関係ないね。まあ、こう言うのは男の方の甲斐性だし、女の子はちょっとおしゃれして行けばいいと思うよ。最初はね」


 それはつまり、二回目からは女子が引っ張ってもいいということだろうか。とは、ザラは尋ねなかった。とりあえずうなずく。

「わかりました。ノエルさんの言うこと、信じますから」

「……そう言われると不安になってくる僕の気持ち、わかる?」

 わからないではなかったが、ノエルも冗談を言っているふうだったので受け流した。


 そして、デート当日である。母にどこに行くか聞かれたので「デート」と答えたら過剰反応された。しまった。ついてこられないか不安である。

 服装のチェックもそこそこに、母に追われる前にそそくさと家を出る。待ち合わせた駅前で、人目を引くサイラスを発見した。


「サイラスさーん」


 ちょこちょことかけていくと、サイラスが顔をあげた。見た目クールな彼は、結構人目を引く。中身は結構適当なのをザラは知っているが、黙っていればわからないし。

「ザラか。まだ約束の時間前だ」

 たぶん、急がなくてよいと言いたいのだろうが、言葉が足りていない。

「いえ、サイラスさんの方が先に来ていたし……」

 そう言いながらザラはそっと周囲をうかがった。サイラスが不審そうにそれを見つめる。

「どうしたんだ?」

「いえ……母がついてきてないかなーって思って」

「何だそれ」

 まあ、サイラスでなくてもこんな反応になるだろう。一応、ザラが見た限りでは母は発見できなかったので、改めてサイラスを見上げる。

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく頼む」

 なんだかデートっぽくない……と思わないでもなかったが、一応、ザラもサイラスもデートっぽい恰好ではあった。


 サイラスは細身でクールな外見なので、私服も何となく真面目そうだ。中身は何度も言うが、結構適当だけど。黒のパンツにジャケットを羽織って合わせている。

 ザラもザラで、若葉色のワンピースだ。お互い、制服でないと結構印象が違う。いつもはかかとのしっかりしたブーツを履いているザラも、今日は華奢な靴。それに、髪もまとめるだけではなく編み込んで髪飾りをつけていた。

「っと、その格好、似合っている」

 唐突に言ったサイラスに面食らいながら、ザラは一応「ありがとうございます」と答える。

「今、すごく思い出したから言いました感がありましたけど」

「……リリアンにザラがいつもと違う格好をしていたら、気づいてほめろと言っていた」

「気づくって、そう言う意味じゃないと思いますけど」

 っていうか、本当にエリザベスはアドバイスを送ったのか。ザラがしたことと同じことをサイラスもしていた。しかも、ザラはカーライル夫の方に、サイラスは妻の方に。これは家で話のネタにされているな、と思ったが、あの夫婦は基本的に性格がいいのでまあいっか、と思うことにした。


「とりあえず、どこに行きます?」


 気を取り直してザラが尋ねると、逆に「どこに行きたい?」と聞き返された。まさかのノープランか、と思ったが、サイラスはあっさりとネタ晴らしをした。

「リリアンに言われたんだ。一応計画は経てて、でも、彼女に行きたいところがあるのならできるだけ優先しろって」

「……デイム、なんでそんなにアドバイスが的確なの……」

 少し、ユージーンがエリザベスが好きだという理由がわかる気がした。たぶん彼女は、セオドールよりもハンサムな性格だ。


 ザラは頭をフル回転させる。一応、彼女も今王都でやっているイベントなどは確認してきている。その中で興味があったものは。

「博物館に行きたいですね」

「……せめて動物園と言ってほしかった」

 サイラスがつぶやいた。確かに、女の子っぽくない選択肢だと思うけど、もしかしてサイラスは動物園でプランを立てていたのか。


「あ、動物園も行きたい」


 そう言えばしばらく行っていないな、と思うと行きたくなった。サイラスに「どっちだ」と聞かれる。ザラは少し考えて。


「……博物館」


 と答えた。今、期間限定でやっている企画展示を見たいのだ。サイラスは少し笑った。

「わかった。じゃあ、動物園は次にしよう」

「……! はい!」

 次があるのだ、と思うと少しうれしくなるザラだった。とりあえずのところ、今日は博物館に向かった。博物館と言っても幅広くあるが、歴史博物館に近いところだ。集合場所から近いのである。ここをチョイスするあたり、二人とも残念である。


 基本的に、博物館は無料で入れる。とても広いので、興味があるところから順番に見て行こうということになった。端から順番に見ていくと、絶対に全部見る前に日が暮れる。

 ザラたちが見に行ったのは、今よりも古い時代の様式を再現した部屋だった。華美な様式や質素さを突き詰めたような様式、質素に見えながら繊細な細工を使った様式など様々だ。ザラは事務官であるが、こうした芸術品を見るのも好きだった。見るだけで、作ったり自分で所有しようとは思わないが。


「いいですね~。きれい」


 飾り紋様の繊細なティーカップや皿を眺めながらザラは言った。サイラスが首をかしげる。

「家にあったりしないのか?」

「うちは貴族としては末端ですしね。経済状況も、可もなく不可もなくって感じですし。そう言った芸術品的な食器は実用的ではないので、うちの爺様が売り払ったそうです」

「げ、現実的だな」

 サイラスが言った。ちなみに、引退はしたが、爺様も生きている。どこかふわっとした両親とは違い、爺様は手ごわい。

 ほかにも他国の魔導書や魔法道具、討伐師の武器などを見た。二人とも討伐師ではないが、身近に討伐師パラディンがいるので興味があるのだ。

「……武器の形状って、昔からそんなに変わってないんですね……」

「そうだな……」

 今でも通用しそうな武器だった。剣や槍、弓矢。自称・非力な討伐師パラディンユージーンなどは狙撃銃を使っているが、昔ながらの方法の方が、ヴァルプルギスを討ちやすいらしい。


 結局一通り博物館を見学して外に出ると、すでに夕刻に差し掛かっていた。一応、博物館の中にあるカフェで昼食はとったが、道理でおなかがすいたはずである。

 とりあえず、何か腹に治めようということになったのだが、二人は宮殿の方角がざわめいていることに気付いた。

「なんだ?」

 サイラスの視線を、ザラも追う。宮殿の一角から、煙のようなものが上がっていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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