story:11
「サイラスさん。相談があるんですけど」
ザラはサイラスを見つけるとそう声をかけた。情報漏えい事件から三日、つまり、母の突撃訪問から三日が過ぎたところであった。
「どうしたんだ?」
「今、時間大丈夫です?」
「ああ。休憩中だ」
サイラスに許可をもらったので、ザラは女王の庭の東屋に向かった。午後には人が多いが、この午前中には人影をあまり見ない。ザラとサイラスは東屋のベンチに向かい合って腰かけた。
「何かあったのか」
「ええ、まあ……」
あったと言えば、あった。ザラ的には重大な問題が発生した。
「実は……今、私の母が領地から出てきていて」
「……ほう」
「その、母が特に今までお見合いだ、結婚しろってうるさかったので、サイラスさんのことを手紙で書いたんです」
「それで、ロンディニウムに出てきたのか」
「そうなんです。……で、母が、サイラスさんに会わせろって……騒いでて。今は『忙しいから』ってごまかしてるんですけど、いつまでも持たないし、早めに相談したいなって思って」
ザラはちらっと上目づかいにサイラスを見る。サイラスは腕を組んで眉間にしわを寄せて考え込んでいた。腕をほどくと、少し身を乗り出しザラに言った。
「……私からも一ついいか」
「え、はい」
ザラがうなずく。それを見たサイラスは言った。
「私の兄も、お前と話がしたいと言っている。長兄なんだが」
サイラスの長兄が宮殿に官職を持っているのは知っていたが、本当に恋人同士として認識されているのだと思うと、ちょっとむず痒い。お互い、同じ問題に直面していたわけだが。
「まあ、提案なんだが」
「なんでしょう?」
ザラは小首を傾げた。サイラスも首を傾ける。
「今度、一緒に出掛けないか?」
「……」
要するにデートってことですね。そう言えば、付き合うということになったが、デートもしたことがなかった。まあ、仕事が忙しいせいでもあるけど。
シフトを確認すると、直近では三日後に二人の休みが合っていた。ザラは基本的に定休だし、現在は緊急事態ではないので、忙しいと言ってもサイラスもちゃんと休みをとれているらしい。
というわけで、急遽三日後にデートをすることになった。ザラの母や、サイラスの兄に会うにしても、もう少し恋人っぽい雰囲気を出したほうがいいだろう、という結論になったのだ。危機対策監室に戻ったザラは、休憩中のユージーンに声をかけた。
「ねえ、ユージーン」
「もうジーンでいいよ。なに?」
「デートに行くときって、どうすればいいのかな」
「……なんで俺に聞くの」
ユージーンが半眼になって言った。彼はさらに言う。
「俺がデートとか、したことあると思う?」
「いや、ジーンならあるかなって……好きな人とかいないの?」
「しいて言えば姐さんが好み」
「お前、いつも言ってるな……」
会話にセオドールが入ってきた。ユージーンが『姐さん』と呼ぶのはエリザベスのことだからだ。母と呼ぶには年が近すぎるし、そもそもユージーンの母親はまだ生きているし。
「俺の方がセオさんよりいい男だと思うんですけど」
「お前、喧嘩売ってんのか」
「ま、リリアンはちょっとダメな男を好きになるタイプだよね」
ノエルまで乗ってきたので、セオドールは「すねるぞ」と本当にすねた顔で言った。ノエルが「君らはどっちもどっちだよ」と彼の肩をたたく。
「っていうかザラ、この二人に聞けばいいんじゃないの。既婚者だよ、二人とも」
ユージーンが調整官二人を指し示した。セオドールは視線を逸らしたが、ノエルは話してくれる気があるようだ。
「うちの嫁はデートにセールの値札付いた服を着てきた子だからねー。あんまり参考にならないよ」
ノエルの妻は現在産休中だが、ナイツ・オブ・ラウンドである。この目の前の男二人、嫁がナイツ・オブ・ラウンドである。実際に、夫より妻の方が強いらしい。
「うちのは余計に参考にならん」
「ごめん。駄目だった」
セオドールの投げやりな言葉を聞き、ユージーンもあきらめたらしい。ザラはがっくりうなだれる。
「ああ……どうしよう」
「僕はサイラスも同じ相談を向こうでしていると見たよ」
ノエルが言った。確かにあり得そう。ザラはナイツ・オブ・ラウンドの面々を思い出した。
「……参考になる人……います?」
「男側だったら、意外とリリアンが参考になるかもね。よく陛下と出かけてたし、陛下の結婚式の時、父親役で一緒にヴァージンロード歩いてたし」
「それ、関係あります?」
っていうか、なんでそうなった。ノエルの話を聞きながら、ザラは首をかしげた。ノエルはあはは、と声をあげて笑う。
「関係ないね。まあ、こう言うのは男の方の甲斐性だし、女の子はちょっとおしゃれして行けばいいと思うよ。最初はね」
それはつまり、二回目からは女子が引っ張ってもいいということだろうか。とは、ザラは尋ねなかった。とりあえずうなずく。
「わかりました。ノエルさんの言うこと、信じますから」
「……そう言われると不安になってくる僕の気持ち、わかる?」
わからないではなかったが、ノエルも冗談を言っているふうだったので受け流した。
そして、デート当日である。母にどこに行くか聞かれたので「デート」と答えたら過剰反応された。しまった。ついてこられないか不安である。
服装のチェックもそこそこに、母に追われる前にそそくさと家を出る。待ち合わせた駅前で、人目を引くサイラスを発見した。
「サイラスさーん」
ちょこちょことかけていくと、サイラスが顔をあげた。見た目クールな彼は、結構人目を引く。中身は結構適当なのをザラは知っているが、黙っていればわからないし。
「ザラか。まだ約束の時間前だ」
たぶん、急がなくてよいと言いたいのだろうが、言葉が足りていない。
「いえ、サイラスさんの方が先に来ていたし……」
そう言いながらザラはそっと周囲をうかがった。サイラスが不審そうにそれを見つめる。
「どうしたんだ?」
「いえ……母がついてきてないかなーって思って」
「何だそれ」
まあ、サイラスでなくてもこんな反応になるだろう。一応、ザラが見た限りでは母は発見できなかったので、改めてサイラスを見上げる。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む」
なんだかデートっぽくない……と思わないでもなかったが、一応、ザラもサイラスもデートっぽい恰好ではあった。
サイラスは細身でクールな外見なので、私服も何となく真面目そうだ。中身は何度も言うが、結構適当だけど。黒のパンツにジャケットを羽織って合わせている。
ザラもザラで、若葉色のワンピースだ。お互い、制服でないと結構印象が違う。いつもはかかとのしっかりしたブーツを履いているザラも、今日は華奢な靴。それに、髪もまとめるだけではなく編み込んで髪飾りをつけていた。
「っと、その格好、似合っている」
唐突に言ったサイラスに面食らいながら、ザラは一応「ありがとうございます」と答える。
「今、すごく思い出したから言いました感がありましたけど」
「……リリアンにザラがいつもと違う格好をしていたら、気づいてほめろと言っていた」
「気づくって、そう言う意味じゃないと思いますけど」
っていうか、本当にエリザベスはアドバイスを送ったのか。ザラがしたことと同じことをサイラスもしていた。しかも、ザラはカーライル夫の方に、サイラスは妻の方に。これは家で話のネタにされているな、と思ったが、あの夫婦は基本的に性格がいいのでまあいっか、と思うことにした。
「とりあえず、どこに行きます?」
気を取り直してザラが尋ねると、逆に「どこに行きたい?」と聞き返された。まさかのノープランか、と思ったが、サイラスはあっさりとネタ晴らしをした。
「リリアンに言われたんだ。一応計画は経てて、でも、彼女に行きたいところがあるのならできるだけ優先しろって」
「……デイム、なんでそんなにアドバイスが的確なの……」
少し、ユージーンがエリザベスが好きだという理由がわかる気がした。たぶん彼女は、セオドールよりもハンサムな性格だ。
ザラは頭をフル回転させる。一応、彼女も今王都でやっているイベントなどは確認してきている。その中で興味があったものは。
「博物館に行きたいですね」
「……せめて動物園と言ってほしかった」
サイラスがつぶやいた。確かに、女の子っぽくない選択肢だと思うけど、もしかしてサイラスは動物園でプランを立てていたのか。
「あ、動物園も行きたい」
そう言えばしばらく行っていないな、と思うと行きたくなった。サイラスに「どっちだ」と聞かれる。ザラは少し考えて。
「……博物館」
と答えた。今、期間限定でやっている企画展示を見たいのだ。サイラスは少し笑った。
「わかった。じゃあ、動物園は次にしよう」
「……! はい!」
次があるのだ、と思うと少しうれしくなるザラだった。とりあえずのところ、今日は博物館に向かった。博物館と言っても幅広くあるが、歴史博物館に近いところだ。集合場所から近いのである。ここをチョイスするあたり、二人とも残念である。
基本的に、博物館は無料で入れる。とても広いので、興味があるところから順番に見て行こうということになった。端から順番に見ていくと、絶対に全部見る前に日が暮れる。
ザラたちが見に行ったのは、今よりも古い時代の様式を再現した部屋だった。華美な様式や質素さを突き詰めたような様式、質素に見えながら繊細な細工を使った様式など様々だ。ザラは事務官であるが、こうした芸術品を見るのも好きだった。見るだけで、作ったり自分で所有しようとは思わないが。
「いいですね~。きれい」
飾り紋様の繊細なティーカップや皿を眺めながらザラは言った。サイラスが首をかしげる。
「家にあったりしないのか?」
「うちは貴族としては末端ですしね。経済状況も、可もなく不可もなくって感じですし。そう言った芸術品的な食器は実用的ではないので、うちの爺様が売り払ったそうです」
「げ、現実的だな」
サイラスが言った。ちなみに、引退はしたが、爺様も生きている。どこかふわっとした両親とは違い、爺様は手ごわい。
ほかにも他国の魔導書や魔法道具、討伐師の武器などを見た。二人とも討伐師ではないが、身近に討伐師がいるので興味があるのだ。
「……武器の形状って、昔からそんなに変わってないんですね……」
「そうだな……」
今でも通用しそうな武器だった。剣や槍、弓矢。自称・非力な討伐師ユージーンなどは狙撃銃を使っているが、昔ながらの方法の方が、ヴァルプルギスを討ちやすいらしい。
結局一通り博物館を見学して外に出ると、すでに夕刻に差し掛かっていた。一応、博物館の中にあるカフェで昼食はとったが、道理でおなかがすいたはずである。
とりあえず、何か腹に治めようということになったのだが、二人は宮殿の方角がざわめいていることに気付いた。
「なんだ?」
サイラスの視線を、ザラも追う。宮殿の一角から、煙のようなものが上がっていた。
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