story:10
珍しく(笑)投稿を忘れていました。
そしてセオドール視点です。
妻の顔を見ると、時々不思議な感覚に陥る。何故こんな女と結婚したのだろうかという自分への疑問と、もうあれから五年もたつのか、という感慨深さ。セオドールは、すでに妻の兄が亡くなった時の年齢を越していた。
「謎の襲撃者に情報漏洩か……」
「別々の出来事だと考えるには共通点が多すぎるな」
あのころから変わらないアーサーと妻エリザベスの関係。危機対策監室を離れても、エリザベスはアーサーのブレーンであった。
「こういう出来事で真っ先に思い浮かぶのは帝国だけどね。あの国は、ブルターニュから少し距離があるからな……」
「……だが、五年前はそれでも手を出してきた」
「……そうだな」
セオドールの指摘に、エリザベスが同意を示した。エリザベスはセオドールが座っているソファの肘掛け部分に腰を預けた。
「他国のものとは限らない。ブルターニュは島国だから、むしろ国内の人間の犯行だと考える方が自然だ。……しかし、何をやりたいんだろうな……女王に対する反乱か……」
「……うまくいかないものだな。よりよくしようと思っているのに……」
「統治と言うのは難しいものだ。立憲君主制などと言って、政権は議会に移りつつあるが、未だに女王に頼るところも多いからな」
今はいろんなものが過渡期だ。エリザベス曰く、そういう時は狙われやすいらしい。
「襲撃も、情報漏洩もそうだが、私は強化魔導師の少年が気になった」
「実は、私も話を聞いて少し気になったんだ」
アーサーも言った。やはり、それを知っているものならだれでも気になるようだ。
「見たところ十五・六歳くらいだったから、内戦時代には六歳前後と言ったところか。当時に調整を受けたにしては幼すぎる」
「……つまるところ、まだどこかで研究を続けているところがあるということだな……」
アーサーが再びため息をつく。アーサーともそこそこの付き合いになってきてわかってきたが、彼女は為政者と言うよりもカリスマだ。女王はそれでいいのだと思う。彼女には優秀なブレーンがたくさんいるのだから。
「後手に回らなければならないのが腹が立つ。相手の姿が見えない」
憤慨するエリザベスの手を、セオドールは軽くたたく。落ち着け、ということだ。
「お前にしっぽすらつかませないか……不気味だな」
クライドがため息をついて言った。現在は王配である彼だが、かつては今のエリザベスと同じ立場にあった。ナイツ・オブ・ラウンド第一席であるエリザベスは、素早く気持ちを切り替えると言った。
「とにかく、アーサーの身の回りの警備を強化しておく。アンとポリーから目を離さないように。クライドさんはアーサーの側を離れないで……って、言うまでもないか」
公務の時以外はいつも一緒にいるこの二人だ。ラブラブである。胸焼けがしそうだ。
「リリアン、セオ。お前たちも私たちに負けず劣らず仲良しだと評判なんだぞ」
視線の意味に気付いたのか、アーサーが苦笑気味に言った。こちらの夫婦は「どこが?」と異口同音に返した。あまりにもそろったので、エリザベスとセオドールは目を見合わせた。
「似たもの夫婦だな」
「一緒にしないでくれ」
「それはこちらのセリフだ」
即否定したエリザベスに、セオドールもむっとして返す。二十代後半になっても、まだまだこの辺り、彼女の兄には及ばない。アーサーはくすくすと笑い、クライドも目元を和ませた。
「お前たち二人を見ていると、安心するんだ。五年前、まだみんながいたころを思い出すようで」
内戦、外交戦と、アーサー女王は多くのものを失ってきた。それでも彼女は、女王であり続ける。
クライドがそっとアーサーの肩に手を置く。アーサーがその手に触れた。エリザベスも、セオドールの手を握ってくる。五年前の外交戦、最も犠牲が大きかったのはこの女だ。
「今日はこき使ってしまってすまなかった。またよろしく頼む」
「それが仕事だからな」
切り替えたように明るく言ったアーサーに、エリザベスも同じようにいつも通りに返事をする。セオドールが立ち上がろうとすると、エリザベスがそれに手を貸した。松葉づえをついてたちあがる。
「セオ、あまり無理をするなよ。リリアンが悲しむからな」
「わかっていますよ」
アーサーの言葉に、セオドールは苦笑を浮かべた。エリザベスは何も言い返さない。自分がパニックを起こすであろうことをわかっているのだろう。実際に、結婚した後にも一度あった。おそらく、彼女の何気にハードな子供時代が関わっているのだと思うが、みんな触れないようにしていた。
女王の執務室を出て、セオドールの歩調に合わせてゆっくり歩く。エリザベスは必ず、セオドールの左側を歩く。彼があまり左目が見えないので、それをカバーしているのだ。動きにくいのも左側。松葉づえは右手でついている。
「お前、先に事務所戻っていいぞ。危機対策監室によると遠回りだろ」
エリザベスが詰めているナイツ・オブ・ラウンドの事務所は女王の執務室の近くにある。当たり前だけど。
「いや、送っていく」
この調子だと帰りも迎えに行く、と言われそうだ。とりあえず言ってくれようか。
「過保護」
「うるさい」
エリザベスが少しむくれた。基本的に可愛げのないエリザベスだが、こう言うところは可愛いと思う。素直に心配だと言えばいいのに。言われたところで、セオドールも微妙な気持ちになるのだけど。セオドールは笑ってエリザベスの頬をつまんだ。
「そうむくれるな。理知的な美人が台無しだ」
「そう言うの、本当にやめろ。というか、昔はそんなキャラじゃなかったのに」
「まあ、五年もあれば人は変わるだろ」
「……否定はしない」
エリザベスが手を伸ばしてセオドールの顔の左側を隠している髪を持ち上げた。どうしても治らなかったやけどの痕。冗談めかして『男前になったね』などと言われることもある。
エリザベスはやけどの痕を見て少し顔をしかめた。彼女はこういうところがある。自分から見ておきながら、顔をしかめるのだ。彼女はセオドールの肩に額を乗せた。セオドールは彼女の頭を軽くたたいた。
「大丈夫だ。落ち着け」
エリザベスは自制心の強い女だ。不安があっても、表には出さない。それを垣間見ることができるのは、かつては彼女の亡くなった兄ともう一人だけだった。今は、セオドールも見ることができているのだと思う。
「……私は、宮殿内部に犯人がいるのだと思っている。その場合、宮殿の中にいても被害が出る可能性がある……」
その先を、エリザベスは言わなかった。言えなかった。状況によっては愛する者に残酷なことを言うことができる彼女だが、性根は優しいのだ。
セオドールも指示を出す側だからわかる。必要と思っていても、『死んで来い』という命令を下すのはつらいものだ。
「……私もお前と同じ意見だ。お前は陛下を守ることに集中しろ……私の力で、どれだけのことができるかはわからないが」
エリザベスの肩をたたいたセオドールを、彼女は少し体を離して見つめた。それからふっと笑う。
「セオ、変わったよな。昔ならそんなことは言わなかった」
「若気の至りだ。忘れろ」
セオドールが顔をひきつらせて言うと、エリザベスはしれっと「忘れるのは苦手でね」などとのたまう。確かに、彼女の記憶力は優れたもので、愛する者たちの死を記憶に刻み込み、その上でそれらを飲みこんで生きているのだ。
人間は忘れることができる。それは生きている間に起こる苦しみや悲しみを忘れて生きていくためだと言われるが、セオドールはすべてを飲みこんで生きるエリザベスの悲しい生き方もわかる気がした。
忘れたくない、愛した人たちを。その気持ちは、よくわかる。
それでも、年々記憶は薄れていくばかりで、たまに悲しくなる。忘れるのが苦手、とのたまうエリザベスもそう感じることがあるのだろう。そういう時は猫のようにセオドールにすり寄ってくる。
セオドールはエリザベスの顎を捕らえると、その唇に素早くキスをした。それから松葉づえをついて自分で歩きはじめる。エリザベスは彼の左側についてきた。
「今度、一緒に出掛けるか」
「この件が片づけばな」
「おっと。それは道のりが長そうだな」
軽く笑い、セオドールは危機対策監室の近くでエリザベスに言った。
「ここまででいい。無理はするなよ」
「それはこちらのセリフだ」
エリザベスはむっとした表情で言うと身をひるがえした。たぶん、少し離れたところで一度セオドールを振り返るだろう。そんな彼女の行動もいとおしく思うのだから、自分はどれだけ彼女にほれ込んでいるんだ、という話でもある。
だが、彼女の傷は決して癒せない。緩和することはできても、セオドールでは癒すことはできないのだ。それがもどかしく感じた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
どうしたんでしょうか。珍しく投稿を忘れていました。