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『What Remain』の続編です。前作を読んでいないとわからない、不親切設定です。
それでも大丈夫、と言う心の広い方がいらっしゃいましたら、お進みください。
祭壇の前に立つ女王の前にひざまずくのは、今回、女王の直属護衛ナイツ・オブ・ラウンドに任じられる青年だ。まじめそうな顔立ちの青年の肩を、女王は剣の平たい部分で二度ずつ叩く。
やや略式ではあるが、これで正式に騎士……というのは形式上であるが……に任じられたことになる。これから彼は、ナイツ・オブ・ラウンド第一席の指揮下に入ることになるのだ。
一応式典である今回の叙任式。略式であるので、参列者は少ない。女王と、その王配。ナイツ・オブ・ラウンド第一席と宰相。他には危機対策監室の主席調整官やその他各省庁の長が数名。
女王は微笑むと、厳かに言った。
「その身をわたくしの剣とし、盾とし、この国を守ってください。期待しています」
新人ナイツ・オブ・ラウンドの青年は「はっ」と小さく答えた。
△
「お帰り、セオ」
危機対策監室の調整官、ノエルの声が聞こえて、事務官のザラ・ノーリッシュは顔をあげた。ちょうど、主席調整官であるセオドール・ブラックリーが戻ってきたところだった。
「叙任式、どうだった?」
「略式だからな。こじんまりとしていたが、早く終わってよかった」
心底そう思っているような口調だった。ノエルが笑う。
「確かに、君の奥さんの時は長かったからねぇ」
「リリアンも陛下も顔が死んでいたからな……」
うんざりした様子でセオドールが言った。ザラは話しに区切りがついたところを見計らい、書類を持って立ちあがる。
「セオドール様。少しいいですか」
「ん。どうした、ザラ」
整った顔で優しげに微笑まれてドキッとしなくはないが、彼は妻帯者だ。しかも、奥さんは最強に美人で可愛い。並ぶとめちゃくちゃお似合いなのだ。
気を取り直して、ザラはセオドールに書類を見せる。
「これなんですけど、ここの数値が……」
みなまで言わずともセオドールは理解してくれたらしく、簡単に正しい計算方法を教えてくれた。ザラは礼を言って元の席に戻る。
「君もすっかり落ち着いたよねぇ」
「うるさいな。締め落とすぞ」
「そういうとこ、嫁にすごく似てる」
ノエルがけらけらと笑った。この遠慮のない関係が少しうらやましい気もする。事務官のザラには入っていけない世界。
主席調整官のセオドールはブラックリー公爵家の長男だ。ゆくゆくは、公爵になるのだろう。そんな人間がこの実力主義の部署にいるのが不思議だが、本人が異議を唱えないのでそのままになっているとのことだ。なんだかんだでうまくやっているのだから、いい気がするけど。
セオドールは、先ほど言ったように整った顔立ちをしている。柔らかな栗毛が紫の瞳の片方、左目を覆い隠している。そして、眼鏡を愛用していた。何でも、昔負った傷で左目がほとんど見えておらず、傷跡も残っているらしい。それでもその美貌を損なわないのはさすがだ。
もう一人、ノエルも整った顔立ちの青年だ。明るい茶髪に青い瞳をしており、セオドールより繊細な顔立ちをしている。セオドールはそこそこの腕を持つ討伐師であるし、ノエルも魔導師だ。この見た目で戦闘力が高いのである。
さて。セオドールであるが、彼は今までナイツ・オブ・ラウンドの叙任式に出席していた。現在、女王の直属護衛ナイツ・オブ・ラウンドは六人しかおらず、七人目の就任者が現れたのだ。このナイツ・オブ・ラウンドは女王が自分で決めるため、なかなか増えないのである。
しかも、実力重視の為、パラディン……人を食らう化け物、ヴァルプルギスに対抗する力を持った者が選ばれる率が高い。実際、新しくナイツ・オブ・ラウンドになった青年も含めた七人のうち、半数以上がパラディンである。
このパラディンであるが、ヴァルプルギスを倒せるのはパラディンだけであるため、ヴァルプルギスが現れると必ずだれかしら動員される。ナイツ・オブ・ラウンドの動員確率は他と比べると低いが、それでもかなりの死亡率をたたき出している。そのため、女王の護衛であるナイツ・オブ・ラウンドが戦死する事例が後を絶たない。要するに、回転が激しいのだ。
この危機対策監室は主にヴァルプルギスに対する策を練るための部署だ。そのため、所属する職員のほとんどはパラディンである。主席調整官のセオドールもそう。ノエルは魔導師であるが、パラディンではない。珍しい例なのだそうだ。
一方、ザラのような一般事務者はただの、普通の人間である。ザラだって特殊な能力は持っていない。もしかしたら、記憶能力くらいならあるかもしれないけど、あってもなくても困らないものだ。
力を持つ彼らをうらやましいと思うこともある。だが、力がある彼らが幸せだと言えるだろうか?
……なんだか重い議題に入ってしまいそうだったので、考えるのをやめて事務処理の続きをする。
「ザラ。苦情件数も洗い出しておいて」
「わかりました」
補佐官に指示を受け、ザラはやることリストにそれを書き加える。通常業務なら忘れないのだが、こうした時々頼まれるようなことは忘れるかもしれないので。まあ、今まで忘れたことなんてないけど。学校の宿題なども、全て覚えているタイプなのだ。
事務局は奥まったところにある。手前には調整官がいる場所や管制室、観測室、解析室などが並んでいる。調整官が少し高くなっているところから見下ろしている感覚だ。警報が鳴り、観測官から声が上がる。
「南東区でヴァルプルギス出現の兆候。宮殿の敷地から結構近いですが」
すぐに反応したのはセオドールだった。落ち着いたままだが、どこか鋭い声で指示を飛ばす。
「近くにいるパラディンに派遣要請。状況を確認したいから、調査官も向かわせてくれ」
「了解です」
今度は女性管制官が答えた。マイクを通じて彼女はセオドールの指示を伝える。ここはそう言う部署なのだ。戦闘指揮所、と言い換えてもいい。危機対策監室の調整官は、王都近郊で行われるヴァルプルギスとの戦闘を含めた多くの危機への対応策を考える頭脳なのだ。
さまざまな情報が危機対策監室に集まってくる。その情報を元に、セオドールはテキパキ指示を出していく。たまにノエルが口を挟んでいた。
「……あ。姐さ……デイム・エリザベスから通信です」
管制官の少年がセオドールを振り返って言った。この危機対策監室の職員の中では最年少である、ユージーン・クリスティだ。年齢は十六歳らしいので、ザラよりも二歳年下である。
「リリアンから? あいつ、今どこにいるんだ?」
セオドールが首をかしげながらも通信機を受け取り、どうやら会話をする気があるらしい。さっきから気がそれているが、ザラは目の前の書類の処理に意識を戻す。数字の羅列飲み過ぎでちょっと頭が痛い。
先ほどまでセオドールが見ていた南東区のヴァルプルギスは、引き続きノエルが担当するらしい。まあ、本当にヴァルプルギスがいるのかもわからないのだが。
一応、パラディンたちはヴァルプルギスの討伐に行くと、報告書を書く義務がある。ザラたちはその報告書を取りまとめる事務もある。まとめた報告書はそのまま調査員に回されて解析される。この部屋にある解析室は、リアルタイムでの解析になるので、報告による解析はまた別の者、調査員たちに任されることになるのだ。
空振りのものも報告書が上がってくるので、そこそこの枚数の報告書になるが、これはまだましだ。危機対策監室の事務は、なんと言ってもお金関係が多い。賠償金が多いのである。
これも仕方がない話だが、賠償金となるとどうしてもテンションが下がる。ヴァルプルギス討伐のためにパラディンが壊したものなどの請求はすべてこちらに来る。同じ危機対策監室の調整官が主導したものであっても、ヴァルプルギスが関わらなければ請求は軍、もしくは別の部署に行くのに。ヴァルプルギスが関われば有無を言わさず危機対策監室預かりとなる。
まあ、ザラもわかって配属されてきているので、今更文句は言わないが。それに、そこそこ楽しい。パラディンは美形揃いなので、見ていて目の保養にもなる。
「すまない」
声をかけてきたのはセオドールだ。ザラのほかにもう一人いる女性事務官が顔を輝かせる。彼は既婚者だが、気持ちはわかる。見てハンサムだなぁ、と思うのは自由だし。彼と奥さんはどう見てもお似合いなので、その間に入ろうなどと誰も思わないだろう。
「おとといの魔法作動確認テストの報告書はまだこちらか?」
一瞬ザラはぽかんとして、それからはっとした。それはザラが管理している範疇だ。
「すみません! まだ処理が終わっていなくて……」
「いや、そうではなくて、その報告書を見せてくれと、エリザベスから依頼が来てな」
「あ、はい。すぐに!」
ザラは未処理の箱の中から報告書を引っ張り出す。タイトルを確認して差し出すと、セオドールは「ありがとう」と微笑んで受け取った。うむ。やはり目の保養になる。
「今、見惚れてなかった?」
「目の保養になるなぁとは思いました」
こっそりと隣の事務員とささやきあう。お隣さんは「まあな」と笑った。
「前も言ったかもしれないが、セオドール様は奥さんとラブラブだからな」
本人は否定するけど、と彼は続けた。駄目だ。主席調整官が美形の癒し系に変わってしまう、とザラは笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
新連載ですが続編です。とても不親切設定ですが、よろしくお願いいたします。