王女2
「産後処置が終わり落ち着き次第、地下の礼拝堂に双子を連れて来なさい。」
女王は思い詰めた様子でそう言うと、もう用はないと言わんばかりに看護士長に合図し、退出を促した。
すでに月は一度完全に食べ尽くされ、新たにいつも通りの優しいささやかな薄明かりの月に生まれ変わっている。
国中に悲しみの雰囲気が漂うが王宮からはまだ何の発表ももなく国民に不安が募る。誰もが王女の無事を祈っていた。
「王女さまお越しにならなかったの?」父親と祈っていた少女の悲しい質問に父親は答えられずにいた。
王女たちの産後処置が終わり、礼拝堂に眠った双子は看護士たちにとても大切に抱き抱えられ運ばれ来る。そこにはすでに女王の姿があり、月桂樹の葉で飾り付けられた質素な衣装に身を包んだ巫女と神官が二人、神託の準備をしていた。
看護士らは王女たちを優しくそれぞれ用意された手持ちカゴへ寝かせると椅子へ抱き抱えて座りユラユラと揺り動かした。
「陛下準備が整いました、いつでも始められます。」
神官の一人が声をかけると女王は頷き看護士たちに王女たちを祭壇の前の円卓に置くように言いつけると、終わるまで扉の外へ出て待機する様に伝えた。
扉が閉まった後、巫女は恭しく女王の前へ出で立ち深々と一礼すると、王女たちのカゴを丁寧に両手に持ち、祭壇の裏側にある階段から下へ降りた。
地下二階のこの場所は俗人禁制の場となっており巫女と王女二人のみが足を踏み入れていた。
薄暗く大理石を丁寧に敷き詰めた床と壁、その壁には等間隔で松明が備え付けられ、部屋の奥の方から吹く風で明かりがユラユラ揺れている。
部屋の正面には天井に届くほどの大きな女神像が配置されていた。その左側に百合の像、ラナンリリーと呼ばれる百合科の一種であり、この地方にしかない珍しい花で国花になっている。
右側にはなにやら大きなカエルの像、こちらもラナンティアのみに生息する個体で、いずれも国の紋章に描かれている。
月を手の上に浮かしたデザインの女神像は初代ラナンティア女王様である。
巫女は女神像の前にある、月桂樹のモチーフが彫り込まれた小さな白い石の円卓に、双子が眠っているカゴをそっと置いた。万が一、起きて動いても落ちないように慎重に位置を何度も確認した。
女神像の足元からは風がヒューヒューと音を立て、止むことなく吹き出している。
置き位置に納得した巫女は、その風が直接顔に当たる場所へ座ると祈り始めた。
女神の風を吸い込み続けしばらく祈っていると巫女は徐々に神がかっていく。
頭を前へ大きく倒したかと思うといきなり首を後ろへ振り上げグルグル回し髪を振り乱し、大きく見開いた目が激しく動き出し、口から泡を拭いた次の瞬間、巫女の声とは思えない呻吟の声が漏れ出す、その声は階段の上の礼拝堂に届き二人の神官が即座にその声を聞き取り信託書として書き留めた。
異様な雰囲気を感じて輝く様な金色の髪をした方の王女が激しく泣き出すが、神官達は王女の声は全く気にもせずそのまま作業を続けた。やがて最後の言葉を吐き出すと巫女は力尽き床へ倒れ、地下には一人泣き続ける王女の声と女神像の足元から吹き込むヒューヒューという音のみがこだましているのだった。
その後、別の巫女が数人呼ばれ双子の王女と巫女を迎えに下へ降りたのだが、階段の最後の段になり巫女たちは足を止めて息を飲んだ。
ひとつのカゴが激しく金色に光り輝いている。まるで光りの水が溢れ漏れだしている様だった。床に溢れ落ちた光は床に落ちるとボールの様に跳ね上がり部屋の中を自由に跳ね回りとても幻想的で、しばらく見入っていたのだがハッと我に返り急いで二つのカゴを抱えると大慌てで女王の元へ連れて行ったのだった。
「これは何と言うことでしょう…魔力がこんなにも溢れ出している。」
とても膨大な魔力に扉の外に待機していた看護士たちは、魔力の影響で、まるで髪の毛程の細さの針が全身を刺してくる様な激しい痛みに耐え切れずバタバタと倒れてしまった。
いきなり倒れた看護士たちを助けに近付いた兵士たちも痺れる様な体の痛みに膝をつくが、なんとか看護士たちをそこから助け出し自分達も避難した。
礼拝堂では、激しく泣く光り輝く子を女王は抱き上げていた。
魔力がバチバチ当たり女王は顔をしかめるが、体に力を入れると結界を作り出し王女を中へ入れた。
球体の結界は宙に浮かび、まるであやすかの様にユラユラ揺れ、輝く子は間もなく泣き止むと再び眠りに落ちて行った。
それから数時間経っても神託の結果が届かず、女王は神官と神学者を急かしていた。
神官も神学者も一様に困った顔をしている。
「女王陛下、一応訳せましたが、どうにもおかしな内容と言うか、女王さまへのお手紙としか……。」
神官は一言添えてから紙を手渡した。腰を曲げたまま後ろへ下がり神官たちの列に戻った。
黙って受け取ると読み始めたが、短いものなのですぐに読み終えてしまった。
一時呆然としていたが、やがてクスクスと笑い出して神官たちに「ご苦労であった」と労いの言葉をかけてから退出させた。
神様からのメッセージはこうであった。
~親愛なるラナンティアの現女王へ~
今日そなたに月の輝きと共に新しい宝玉を送った、ついでにわしも宝玉を送ったので、分け隔てなく育てて欲しい、よろしく。
あと、諸事情によりしばらく留守にするのでお返事できません。
ー神よりー
信託と呼ぶにはあまりにフレンドリー感半端なく、大変な思いをして儀式をした巫女がとても気の毒に思えて苦笑いをした。
そうして、女王は月食も双子も気にするなかれと判断したのだった。