あるメイド
乳母が消えてから3ヶ月が過ぎた頃、あるメイドも姿を消していた。そのメイドは今年の春に新に採用されたばかりのとても美しい娘だった。
家柄は良くなく、王宮に仕えるために城下で仕立屋を営む叔父の店の上客、カーペラント侯爵に頼み込み、最近落ちぶれてはいるが爵位持ちのロベンナ子爵の家に養子に行ってから採用試験を受けた。
器量も良く、頭の回転も良く、家柄も申し分ない、元々町人の娘であったため家事もあらかたできるので即採用となった。
人柄も明るく親切だった為、たちまち職場の男性達からチヤホヤされたことから他のメイドたちの嫉妬心を煽ってしまった。
彼女に非があった訳ではないのだが、ごく普通に生活していた彼女が下働きではあったが王宮内で生きている事、そこでの男達の彼女への丁寧な扱いが純朴だった美しい娘を女が嫌う女へとしてしまった。
作り上げられた家柄を自慢し、自らの美しさを誇張し、回りの女達を見下した。
王宮内で爵位持ちを見つけると女を武器にすり寄って行き、ついにある侯爵に見初められお手付きとなった。
彼女は幸せの絶頂に立っていたのだが、ある晩姿を消したのだ。
部屋の荷物もそのまま、彼女のファンからもらった高級ティーセットにはお茶の用意がされており、飲まれるのを待っていたお茶は冷たく苦々しい色になっていた。
メイド達は口々に「町の若い色男と駆け落ちしたんだろう。」と噂をした。
王宮のメイドが駆け落ちとは!
こんな高給取りはなかなかないし、地位のある者に見初められるチャンスも高い、適齢期で結婚相手を探せば、王宮勤めは女として最高のステータスだと引く手あまたであるのに。
みんな首をかしげたが、普段の彼女の態度を思い出し、あの子はそういうことをする奴だ、と納得した。
レジーナは機嫌が良かった。こんなに良い気分なのは久々だった。
いつもベールで顔を隠していたのだが今日は黒いベールを外し明るい庭へ軽やかな足取りでやって来ていた。
日当たりの良い芝生で被われた庭の真ん中で大きく伸びをした。
辺りには誰もいない、王宮内は人の出入りが多くいつも誰かの目を気にしていたが、ここは最近完成したレジーナ専用の庭、誰も足を踏み入れない。
体調が悪いからと、療養を兼ねて王宮の敷地に一戸建ての別宅を建てさせた。
女王などが住む城からは2キロは離れておりレジーナは気兼ねのない生活が約束された。
100%レジーナの希望する間取りにインテリアが採用され、人の出入りも制限された。
隠居生活のようだった。
「レジーナさま、南の大陸のセレイナ国に送り込んだ密偵から密書が届いております。」
最高級のカウチソファに深くスリットの入ったドレス姿で横になったレジーナに恭しく手紙を渡すと侍女は顔を高揚させた。
それに気付いたレジーナは侍女の頬に手の裏を当てるとそのまま耳の後ろへ滑らせ、耳たぶをなぞる。
弱い場所なのか侍女は体を震わせた。
それからうなじの方へ滑らせた指をゆっくり首元へ運ぶと手をひっくり返し服の中へ滑らせ、彼女が待ち焦がれているであろう感覚を与えた。
憧れの王女に自分の無様な音を聞かせるわけにはいかないと必死に耐え、悶えた。
レジーナは愛犬が服従のポーズで腹を出し擦ってくれとせがむのと同じだなと思った、無意味なスキンシップを適当に続けながら密書に目を通した。
読み終えると「ふん。」と鼻を鳴らし手を侍女から離した。
侍女は離れていく主人の手に唇を寄せ甲の部分にキスをした。
風が手に持った紙切れに成り下がった密書を揺らした。
レジーナはその紙切れを手のひらの上に浮かせる。ふわふわ浮かんでいた紙切れはやがて青い炎となり一瞬に消え去った。
「ここでもないか、さて、どこだ?」
鋭い目を世界地図に向け南の大陸にあるセレイナを魔力で黒く塗りつぶしたのだった。
夜が更けた頃、薄暗い地下へと続く螺旋状の石造りの階段を降りる足音。
一番最後の段を降りると鉄格子のドアがある。
その先は更に暗く陰気だ。
鉄格子の鍵は開いていて簡単に奥へ進入できた。
5メート程進むと左手に頑丈そうな鉄の扉、反対側には白く塗られた木の扉がある。
慣れた様子で白い扉を開け中へ入ると部屋の照明が一斉に灯る。
照らされた部屋は地下の岩盤を部屋の形に削っているだけで寒々としていた。部屋の右側一面には天井まで届く本棚があり、古そうで分厚い本がびっしりと並んでいる。
部屋の左側には色とりどりの薬瓶が収納されたガラス棚と秤やフラスコなどが雑然と置かれた研究用の机と開きっぱなしの本に何かを書き留めている最中の紙、インクに万年筆が置かれた2つの机がある。
正面には暖をとるための暖炉があるが使われた形跡はない。
暖炉から煙突があるはずだがここの暖炉にはなかった。
暖炉の右には小さめのテーブルとロッキンチェアがあり膝掛けが背もたれにかけられていた。
部屋の中央にダイニングテーブルがあり入り口横に小さなキッチンがあった。
レジーナはロッキンチェアに座ると目を閉じゆらゆらと椅子と揺らした。
数日前のことだ。レジーナの王宮の部屋に手紙が届いていた。差出人の名前はなく質素な封筒であった。
いぶかしく思いながら手紙を取り出した。
今夜お伺い致します。
貴女の忠実なるしもべ リディアより
たった二行の文はレジーナが読み終えるとそっと消えた。
リディア?なぜリディアは普通に戻ってこないのだ?
そもそも本当にこの手紙の差出人はリディアなのか、怪しいものだ。
度々風呂に現れるスケベな紫の玉からかもしれない。
今夜伺うとは、風呂で待ってれば良いのか?
そんなサービス、する必要はないな。
レジーナは誰にともなく呟いた。
深夜になり侍女たちを退出させゆったりとお気に入りのソファに腰を下ろし手紙の相手を待った。
眠くなる頭を振り目を大きく開いて眠気を追い出していると気配を感じた。
鏡越しに部屋の中を見渡すと、黒すくめの背の小さな人間がいた。
さほど驚きもせず、鏡越しに睨み付け、
「貴様、何者だ?」
と振り返る。……が、そこには誰もいない。警戒しながら目を細め辺りを見渡すが人気はない。
鏡に目を戻すとそこにはいる。
「フードを外さぬか、この無礼者っ!」
イラつきながら怒鳴り付けた。
その言葉に黒ずくめの者は肩をびくつかせ、そろそろと頭のフードを剥がすために手を頭の上へ運ぶ。ブカブカのローブの袖は手を上へ上げたことでずり落ち、しわしわの骨ばった腕が顕になる。
醜いな。とレジーナは思った。
骨ばった腕が剥いだフードから見えたその者はしわしわで目は落ち窪み尖み黄色く濁っている、鼻にはたくさんの痘痕があり、王女に拝謁するのに練習した失礼のない笑顔を浮かべた口はひきつり、歯並びの悪い汚れた歯が剥き出しになった。
意地の汚い魔女の典型の様な風貌であった。
「手紙の主は貴様か?リディアはどうした?」
今のままでは私もすぐにこのようなヨボヨボになるのであろうな。と考えながら尋ねた。
「レジーナしゃま……、やっと見つけました。老いを止める方法を。」
歯並びが悪いせいか滑舌が悪く聞き取りにくい。
「手紙にはリディアと書いてあったが?」
「私がリディアにございましゅ。」
レジーナは乳母のリディアの名前が出ると身を乗りだした。
「リディアだと?貴様ふざけたことを言うな!」
「いいえ、私はふざけてはおりません、リディアでございましゆゅ、レジーナ様。」
レジーナは醜悪な顔の奥に懐かしき乳母の面影を探し、魔女の顔をまじまじと見つめた。魔女は涙を流していたが笑っていた。
3か月前に、尋常なスピードで老いていくレジーナの症状の解決策を見つけるため彼女の元を離れて行った乳母はなぜかよぼよぼの老女になって戻ってきた。
呪いをかけられたのであろうか?ならば自分も呪いを受けていることになる。
「貴様がリディアだと言う証拠はあるか?」
「証拠でございましゅか?昔話をさせていただいても?」
「?……あぁ。」
「……、レジーナ様は月蝕と共にお生まれになられました。妹君のエルーカ様と一緒に。」
「そんなことはこの国の者なら誰でも知っている。」
「そうですね、地下礼拝堂で信託をお受けになられた際にレジーナ様は魔力を放出なされまして、扉の外におりまし私にも刺さりました。」
「ほう、城の者に聞いたか?」
「では、レジーナ様の秘密を……。ルチア様のお亡くなりになられた時の件。」
ドンッ!
レジーナは勢いよく立ち上がったせいでさっきまで座っていた椅子が激しく倒れた。
「本当にリディアなのか?」
「はい。」
「お前その姿はどうした?何があった?なぜ戻らない?」
「今からご説明させていただきます、解決策もございます。」
ーリディアの話ー
レジーナ様の一大事。まずは実家へ戻り歴代の王女の記録を調べよう。
簡単に荷造りをするとレジーナ様付き侍女に今後の事を任すために通信に使える魔道具を彼女に手渡した。
城の出入口で止められたがレジーナ様の乳母の顔は知れ渡っており、外出許可書を見せなんなく外へ出た。
実家迄は近い、15分も歩けばたどり着く。
リディアの家は代々王族の乳母や要職に就いていてほとんど王宮内で生活をしている。
両親も祖父母も他界しており家には誰も住んでいない。
リディアもこの家に戻るのは8年振りであった。
定期的に掃除を頼んでいるのでさほど汚れてはいない。
窓を締め切っているのでカビ臭い。
真っ暗な家の中に炎が浮かぶ。リディアが作り出した小さな炎はリディアの歩く方向へ浮遊し足元を照らす。
方向は何もない壁の前で止まる。リディアが手を壁の前へ伸ばして広げると青い魔方陣が浮き上がる。
「主を迎え入れる準備を始めよ。」
と唱えると扉が現れた。
扉の先は地下へと続く階段。




