神さまのお願い
「さあ、次は何に生まれ変わりたい?」
さて何度目だろう、この質問をされるのは…。
毎度毎度どや顔で選ばせようとする。
選ぶ際の条件というのがある。なりたいものを直接言ってはいけない、おかしな話だ。
例えば金持ちの人間になりたい場合は、
二足歩行の哺乳類
欲しいものが豊富に手に入る存在
と、なんとなく簡単なのだが、古代の壁画の場合は難しい。
古代と壁画と言う言葉は使ってはいけないからだ。
ヒトが描いたらしい
今のヒトが描いたのではない
洞窟やピラミッドの中
硬いものに描かれている
こんな感じだろうか?
言葉のジェスチャーで伝える。
「なんて面倒な!」
と、抗議したが、ルールなので仕方ないと一喝された。
ルールならば仕方がないのだが、やっかいなのはこのもうろくじじぃ…もとい、神さま。
じいさんだから仕方がないのだが、やたらと間違えるのだ。
いや、じいさんの前に神さまですよね?
なぜ間違える?しかも何度も。
間違えられることすでに6回。今度こそ慎重に、分かりやすく、言葉を選ばねば。
しばらく考えると、
輝くように美しい…
小さい…
ここまで言うと、一度神さまの方へ目をやり早とちりしやしないか確認する。
神さまは目をつぶり、うんうんと頷いている。
希少価値があり…
グリー…
バンッッ!!!
最後まで言うことなく大きな音がして、さっきまでそこにいたはずの者はいなくなっていた。
希望するものになり地上へ降ろされたのだった。
さて、ここは神さまのいる天界。
望むものに転生させてから2日後…。
「そろそろかと思い見に来たが、まだのようだな。」
神さまはそう言うと、真っ白な空間にぽつんと空いた小さな穴を覗き込むのを止めた。
穴の中以外には色はなく、ただただ白いだけの空間。
白だけの部屋に閉じ込めるとヒトは発狂してしまうらしいが、神さまは問題ないようだ。
「また明日来てみるか。」
手持ち無沙汰な手を後ろ手に組むと、ゆったりした足取りでその穴の周りを一周した。
「この部屋にいると気が病みそうだ。」
神さまはそそくさと人差し指を立てると円を描くように回して、さっきまでそこになかった扉を出し、さっさと開けて出て行った。
3日後。
「しもうた、しもうた、うっかりしておった。」
と、言葉の割に慌てた様子もなく神さまが白い空間にやって来ました。
「どれどれ、どうなったかな?」
白い空間で唯一の色を持つ穴の中を覗く。
今覗いているのは地球の上の池の中、おたまじゃくしが数十匹纏まって泳いでいる。数匹がすでに後ろ足を生やしており、もうすぐカエルになりそうだった。
その近くに小さな網を手に持った女の子がいる。
彼女は池のまわりにある庭を所有するお城の王の娘。きれいなエメラルドグリーンの長い髪に深い森を思わせる萌葱色の瞳。今年で5才になる。
美しく成長した姫はおたまじゃくしに逃げられないよう、そっと近付くときれいな緑色の網を構えた。
「あぁ!そんなに近づくと危ない…」
神さまは心配そうな声でささやくが、もちろん下の世界に聞こえはしない。
そう言っている間にバッシャーンと池が大きな音を立てた。
悲しそうにその様子を見つめていたのは少しの間だけで、すぐに穴から離れると複雑そうな顔をして白の空間から出て行ってしまった。
「さあ、次は何に生まれ変わりたい?」
目を薄く開きぼーっと真っ白な空間を眺めていたが、はっ!!とした。
またですか…。と心の中で呟きながら、私は神さまの後ろ側へ回り込むとそこで行ったり来たりした。
真っ白な空間には私と神さまの二人だけで、地上を見る為の穴もなくなっている。
今回の一生は特に短かった。
何に生まれ変わりたいかと聞いてはくるものの、まともに聞き入れてはもらえずため息さえ出ない。
よくよく思い返すが、それぞれの生涯は実に儚いものであった。
初めの転生は、お願いしたものとは全く違っていた。
違う事にも気付かず、まだ小さい内に命を落とす。死後神さまに、再び尋ねられてようやく違うものに転生していたのだと気が付く。
2度目と3度目も同じように生まれ変わりの事さえ忘れ、その生涯を果敢に生き、幼い内にその短い天授を全うした。
生きている内に神さまの酷い所業に気付いたのは4度目の転生の時であった。
麗らかな陽気のある日、運良く成人した。
やっと大人になれたのだと心から喜んだ。なぜ「やっと」と感じたかは無意識としか言いようがない。
その日、暖かい陽気に誘われ庭の池の前までやって来た私は、自分へのご褒美にとこの日の為に用意した口紅を取り出すと、池の中を覗き込みそこに写る自分の唇に紅をさそうとした。その時、唐突に正に突然にまるで天から聖職者にお告げが降ってくるかの如く、フッと思い出したのだ。
思い出した途端に、また間違えてるしっ!と激しく突っ込みを入れたのは言うまでもない。
残りの人生は神さまを恨みながら生活し、その短い命は燃え尽きた。
「さあ、次は何に生まれ変わりたい?」
「その台詞って必ず言わなければならないんですか?」
久々に会った神さまに対する第一声はそれだった。
相変わらずゲームの中の登場人物ではないかと疑ってしまうような、毎回同じ台詞に張り付けた様な笑顔。転生の回数が増える度に神さまの顔から表情が消えていた。
「神さま、どうして何度も私を転生させるんですか?」
ある日、ただただ白いだけの空間に寝そべり、まるで自宅のリビングでくつろぎ中の父親に話しかけるかの様に聞いていた。相手の返事を待つことなく話し続けた。
「地球上の生き物全部がこんなに何度も転生しているのなら、神さまは大忙しよね。だって毎回なりたいものを聞き、それを実行しているのだから。……まあ、私に関しては過去の全てが望み通りではないんだけどね。」
皮肉交じりに呟く。
「転生できる者はそうはおらんよ。そんな価値はないし、転生すると心が少しだけ削れるから正気を保っていられなくなる。並みの者では心が耐え切れず崩壊してしまう。」
一瞬固まった…。神さまの言葉を反芻していた私は驚いて跳ね起きた。
「えっ?誰もが何回も転生しているんじゃないの?心が削れる?」
神さまは何も教えてくれない。
では何の為に私は何度も生かされるだろう?
現時点で理由は知ることはできないだろう、では私のなりたいものになって満喫するしかない……。
私のなりたいものは……。
5回目は物心がつく頃に、6回目は物心がつく前に、転生前の神さまとの会話や何度も繰り返される死の間際の記憶が脳裏に蘇っていた。それは生涯ひと時も忘れられず脳にこびりつき私を苦しめた。
そして7回目、ついさっきのあれ、池の中にいるオタマジャクシとそれを狙うお姫様の攻防。池の中でのバッシャーンだ。私は苦しんで死んだのだ。
「神さま…もしかして私、実験台ですか?何回目で心が完全になくなるのかの?」
「とうとう7回目です。もうそろそろきちんと最後まで聞いてから転生させていーたーだーけーまーせーんーか?死のタイミングも神様のさじ加減ですか?あんな小さな子供の内に死なせてしまうなんて!死を少し軽んじてませんか?私、7回も死の記憶があるですよ?」
死の記憶……、その言葉が口から出るともう自分で衝いて出てくる言葉を止められなかった。
「心が削れて当然じゃないですか?死の恐怖、死ぬんだと頭が理解した時の絶望感、例え今生のみの家族だとしても、その家族を残して死ぬ寂しさは言葉では言い現せられない。何の為の転生なの?それを聞く権利が私にはないと?ふざけんな!ふざけんな!この…もうろくじじぃが!!」
力一杯叫ぶと、荒くなった息を整えようと何度も深く息をした。
吐き出された荒い息は白い空間に虚しく溶け込んだ。
神さまは背中を向けたまま動かなかった。ただ、呼吸は荒いのか体で息を吸っていた。