HAIR STYLE
「赤コーナー! 一年かけてこの舞台までのし上がってきました!
知る人ぞ知る一匹狼! 小次狼ォォォ!
スタイルはぁぁぁぁぁぁ――」
「リィィィゼントォォォォォォォ!!」
会場のざわつきが、歓声へと変わる。
その中心には、見事としか言いようのないリーゼントを携えた、屈強な漢の姿。
ここは、ならず者たちが集まる地下の闘技場。
非公式の試合であるにも関わらず、観客席は全て埋まっており、決して広いとは言えない空間が、熱気で溢れかえっていた。
「青コーナー! 表舞台だけでは飽き足らず、裏世界でも未だに無敗!
誰がこいつにリングの味を教えてやれるんだ!? チャンプ・フゥゥゥゥゴォォォォ!
スタイルはぁぁぁぁぁぁぁ――」
司会が間を溜める。
溜める。溜める。溜める――
観客たちが次第に声を潜め、その時を待つ。
そして――
限界まできたそれを、一気に爆発させた。
「アァァァァァフゥゥゥゥゥロォォォォォォォォ!」
スポットライトが自分に当たった。
やっと出番がきたと、勢いよく通路を走り抜け、ロープを飛び越え。
一気にリングへと躍り出る。
割れんばかりの歓声がまるで砂嵐のように鼓膜へと響く。
混ざり合い、増幅され、一人一人の言葉など聞き取れるはずがない。
まだ試合が始まっていないのにこの盛り上がりようだった。
しかし目の前の男の声だけは、そこだけ抽出され、直接送られてきたかのようにはっきりと耳に届いた。
「やっと、ここまで来たぜ……。
あの時のリベンジ、今こそ果たさせてもらう」
小次狼が一歩、二歩とこちらに近づいてくる。
「おいおい、そう慌てるなよ。
お前の自慢のリーゼントが埋まってるぜ」
自分のアフロに、小次郎のリーゼントの先が埋まっていた。
レフェリーが慌てて引きはがしに、間へ割り込む。
「…………」
お互いが、開戦のゴングを待っていた。
相手の心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うほどの静寂。
小次狼の視線が、痛いほどまっすぐに突き刺さってくる。
勝負は一瞬で決まる――
「試合開始!」
ゴングが始まりを告げ、それと同時に小次狼のリーゼントが火を噴いた。
この世界には魔法はない、剣もある時代から廃れてしまった。
人が戦いに使う道具として発展したのは――“髪”。
――ナノマシンによる、頭髪生成。
一定以上の強度としなやかさを持ち、いざというとき取り外すことが可能であり、腕や足ほど人体に影響は及ぼさないという判断から、重点的に開発を進められたのがそれだった。
ただし、ナノマシンといっても万能ではない。
生成された頭髪がとる形状は個人差が大きく表れた。
――リーゼント。
――アフロ。
――モヒカン。
数ある種類の髪型の中には、人体には影響がないという前提を覆して、その頭髪の持ち主の身体能力を向上させてしまうといった、危険性を秘めたものも存在していた。
「――エイト、ナイン、テェェェェン!」
レフェリーによる10カウントが終わり、打ち鳴らされたゴングによって試合の終了が告げられる。
「くそっ……。これがお前の……アフロの力か……」
「人の魂にリーゼントを突っ込むからそうなるんだぜ」
限界まで打ちのめされ、立ち上がることができない小次狼。
――今日もベルトの防衛戦が終わった。防衛は成功。
ナノマシンでこのアフロを手にしてから、俺は負けなしだ。
小次狼が退場させられたあと、リングの真ん中でベルトを再び受け取り、ロープをくぐって退場しようとする――
――が、 無人のはずのリングから声がした。
「――無敗神話もこれまででしてよ!」
この闘技場に似つかわしくない、凛とした声。
「――乱入者か」
こういう非正規大会だと、たまにいるのだ。
そして、そんな奴に限ってたいした実力もない。
やれやれと振り返るとそこには――
上品な服を纏った、金髪のお嬢様がいた。
「お……“お嬢様ツインドリル”だぁぁぁぁぁ!!」
司会のその言葉によって、会場が再び湧き上がる。
突然乱入してきた、謎のお嬢様。
そのドリルの名の通り、そのお嬢様の頭の両脇では、綺麗に巻かれたロールがキュルキュルと音を立てながら回転している。
――女性が髪闘士となるのは珍しい。
なぜなら――『髪は女の命』だからだ。実際に生成するまでは、どんな髪型になるかわからない以上、そこまでのリスクを取る者は皆無に等しかった。
しかし――、現実に、こうして目の前に現れている。
しかも“お嬢様ツインドリル”。レア中のレアだ。
司会が興奮するのも無理ないだろう。自分もこうして実際に目にするのは初めてだった。
「試合開始!」
本日三度目のゴングが鳴らされる。
いきなり飛び入り参加するような礼儀知らずには、早々に退場していただくに限る。
観客には申し訳ないが、ツインドリルが活躍する場面を与えるつもりはない。
少女との距離は、たかだか五歩程度。
アフロで強化された瞬発力と筋力ならば、相手が反応する前に一撃入れることができる。
そして――その一発で試合終了だ。
脚に力を込め、一気に距離を詰める。
相手はただの少女。いちいちフェイントを入れるまでもない。
まっすぐ突っ込んで、まっすぐ打ち込んで。
試合があったという記憶すら吹き飛ばしてやる。
拳がその整った鼻づらに突き刺さる――直前。
まるで死神に心臓をつかまれたような悪寒に襲われた。
「!?」
真横に飛び退く。何か考えがあって取った行動ではない。
――完全に脊髄反射によるものだった。
熱いものに触れた手をとっさにひっこめるような。
体が勝手に危険信号を発したが故の行動。
当然、着地のことなど考えておらず、とっさに受け身をとるので精いっぱいだった。
急いで体勢を直し、視線を少女に戻した時――
その行動が正しかったことを理解する。
少女のドリルが、さっきまで自分が居た位置に鋭く伸びていたのである。
胴回りぐらいあったそれが、腕と同じぐらいの太さになって。
それをよく見ると、やはり高速で回転していた。
――超反応?
いや、アフロによって強化された動きにただの少女が対応できるはずがない。
熟練の格闘家でも難しいだろう。
例え彼女がそうだったとしても――
あの単調な攻撃をよけてから、隙だらけの自分に攻撃を加えればよかった話。
――だが、彼女自身が動いた様子は見られなかった。
ならば――
頬につけられた傷から流れる血を拭う。
「反射か」
さっき自分がとった回避行動と同じこと。
それが攻めか受けかの違い。
危険を感じたから、勝手にドリルがカウンターを加えたのだ。
回転している以上ドリルという分類にはなるのだろうが、もはや槍に近いものだろう。
まともに食らえば重症は免れられない。
今のでスイッチが入ったのか――
ドリルは左右に動く自分の体に合わせて、その切っ先を動かしていた。
「少々驚きましたが――このドリルの前に敵はいませんわ」
左右に付いているため、全方位をカバーでき、そしてさらに伸縮自在。
こちらに飛び道具がない以上、掴んで動きを止めようにも、回転しているためそれもできない。厄介な組み合わせだった。
――しかし、所詮はその程度。
せいぜい厄介どまりである。
「その程度で敵がいないとは笑わせてくれる」
唯一の救いは、出に対して戻りが遅いこと。
さっきはきれいにカウンターを取られたために、反応がギリギリになってしまったが――
落ち着いて正面で構えれば、対応できないものではなかった。
自動で行われる標準こそスピードは相当なものだったが、伸ばしきった状態ではただ振り回すのみ。それが当たったところで、突かれることに比べたら大してダメージではない。
最初の一撃でこちらを仕留めきれなかった時点で勝負は決まっていた。
さっきと同様に突っ込む――フリをして、こちらを狙って伸び始めたドリルを回避しながら手で払い落とす。
そして、ドリルが収縮するより早く距離を詰め、鳩尾に掌底を叩き込んだ。
「がっ――」
鳩尾という人体の弱点に、強化された速度と力によって叩き込まれた掌底だ。
当然、無傷ではいられないだろう。頭髪以外はただの少女である。
あっけなく膝から崩れ落ち、レフェリーのカウントが始まった。
身動きができないにも関わらず、頭のドリルだけは獲物を定めてゆらゆらと揺れているのが逆に哀れだった。
裏闘髪場の試合は、突然の乱入者があったものの――
チャンピオンの防衛成功で幕を閉じる。
「裏の髪闘士を舐めるなよ。お嬢ちゃん」
頭のアフロが、スポットライトを受け――
これまでに無いくらいに光り輝いていた。
「お……“お嬢様ツインドリル”だぁぁぁぁぁ!!」
この一言が言いたかったがための、この作品。
完全に悪ふざけです。自分で書いてて吹き出しそうになった。
絵面を想像しちゃだめですね。いや、想像しないと書けないんだけども。
リーゼントがアフロに埋まってるとことか、シュールすぎる。
ドリルが360°グリングリン回転してるとかやばい。
絶対、首が痛くなりますやん。こんなの。
これをちゃんと書こうとしたら大変ですよ。
最終的に“ペガサス盛り”とか出て来て収拾付かなくなる。