オレンジアイスティー
初めての投稿です。最後まで読んでもらえたら幸いです。
もうやめようかなって。
思い立ったら止まらない性格だから、私はこの恋を終わらせようと思う。
日曜日の午後3時。ちょっと前。
今日は天気がよくて、太陽の光が雪に反射して目を射す。
店の中にいると忘れてしまいそうだけど、外は今年一番の冷え込みらしい。
行き交う人達は、顔を赤くさせてどこかへ向かっていく。
私はコーヒーを一口飲む。もう残り少ない。
みずきが来たら次はアイスティーを飲もう。
もうこの店に入って30分は経つ。ちょっと暑くなってきた。
待ち合わせは3時。みずきが遅刻してるわけじゃない。
私は窓際のテーブルに座ってる。
窓の外は大きい交差点で、たくさんの人達が一生懸命歩いてる。
その中にみずきを見つけた。
なんで私は、こんなにあいつを見つけるのが上手いのかな。
まだ横断歩道の向こう側。人込みの中で、微かにしか見えないのに。
ねぇ。私はこんなにあなたをすぐ見つけられるよ。
こんなに好きだよ。
ねぇ。
こんなに好きなのに。私はあなたを諦めるしかないんだね。
みずきは笑ってる。
だって隣には恋人がいるから。
「ちぐさぁ。」
「横井。」
ふたりが店員さんに案内されて、私のいる席にやってきた。
「ごめん大越。一緒に来ちゃって。」
「いぃよぉ、全然。私も、水城と横井、両方に会いたかったし。」
「そうだよぉ。何謝ってんのぉ?3人で会うの超久しぶりだねぇ。」
ふたりが席に着く。
「みぃ、何飲む?」
「んーとねぇ。あのー、泡いっぱいのやつ。」
「コーラ?」
「違うよぅ。」
ふたりがいつもの調子でしゃべり始める。
何度見た光景かな。
ふたりが付き合い始めた頃は、高校の時の名残で、よく3人で遊んでた。
ふたりが仲良くじゃれあうたびに、私は苦しくて悔しくて仕方なかった。
私の方がみずきを好きになったのは早いのに。
なんで??
なんでそこにいるのは私じゃないの??
みずきの1番近くにいるのはなんで…。
それでも私は、ふたりが付き合ったことで、この報われない思いが次第に薄れていくんじゃないかなって、ちょっと期待もしてた。
いつからか芽生えてしまったこの思いは、もうどうしよもないくらい大きくて、深くなっていたから。
成就されることはないって、わかってるのに断ち切ることはできなかった。
それは、ふたりが付き合ってからも変わることはなかった。
むしろ思いは強くなっていくようでさえあった。
「ちぐさは?コーヒーもう無いしょ?」
「あぁ。えと。アイスティー。」
店員さんが注文を繰り返して、席から離れていった。
「大越。いつからいたの。」
「え?なんで??」
「コーヒー一杯飲み切ってたから。」
「あー。そうだよねぇ。ずっと待ってたの?えー??でも、待ち合わせは3時だよねぇ??」
みずきがケータイを見て時間を確認する。
「買い物してたの。昼から。で、ちょっと疲れちゃって早めに店入ってただけ。」
足元に置いてあったショップの袋を見て私は言った。
「そっか。」
相変わらず鋭い男。耐えずまわりに気を配ってる。
大丈夫だよ。
みずきに会うのが楽しみ過ぎて、来るの早過ぎちゃった、なんて言わないから。
言えないから。
「そっかぁ。今、軽くバーゲンやってるんだよねぇ、そういえば。悠太ぁ、映画やめて買い物にしよっか??」
店員さんが注文の品を持ってきた。
「これから映画観る予定なの?」
グラスを受け取りながらふたりに質問する。
「うんっ。あ。ちぐさと会うの決まる前から約束してたの。ねっ??」
「あぁ、うん。よかったら大越も一緒にいく?」
「あ、そうだねぇ。せっかく久しぶりに会えたんだから。行こうよぅ。」
ふたりが笑顔で私を見る。
そう。
ふたりはいっつもこうなんだ。
なんの疑いも無く、迷いも無く、自分達の中に私を誘い込もうとする。
そんなふたりが大好きだけど。
「ごめん。私もこの後、彼氏とデートなんだ。」
ふたりがびっくりして顔を見合わす。
「…今日…言いたいことあるって…そのこと…?」
「うん。最近ね。ふたりには直接言いたくて。」
グラスに添えていた右手を、強く掴まれる。
「ちょっ、グラス倒れるっ…。」
慌てて左手でふらつくグラスを支える。
「おめでとう!!ちぐさ!!私うれしい!!ねっ!!悠太も嬉しいよね!?」
興奮気味の彼女を見て、
「うん。まじ、嬉しい。」
そう言って、水城が私を見る。
「おめでとう。大越。」
真っすぐな目に少し苦しくなって、顔を背ける。
「ふたりともおおげさ過ぎだよ。彼氏のひとりできたくらいで。」
掴まれた手を解いて、アイスティーを飲む。
「だって。今まで、誰とも付き合わなかったじゃない。いろんな人、ちぐさを好きだって、告られたこといっぱいあるのに全部断って。なんでって聞いても、別に、って。ずっと悠太と心配してたんだよ!?」
「泣かないでよ。」
「泣いてないよ!」
涙目の彼女を前に、私が少し困った顔をすると、水城が彼女の頭を優しく撫でる。
「でも、ほんとだよ。ふたりでよく話してたんだ。大越にも早くいい人が現れるといいねって。」
「うん。ありがと。」
そう。
ふたりが、お互いを想うみたいに。
自分達の大切な友達の私にも、素敵な人と恋してほしい。
そんなふたりの思いは、痛いほど感じてた。
それはすごい嬉しい思いだけど、私には苦しいことでしかなかった。
だって、私が好きなのはみずきだから。
あなただけだから。
私がもしこの思いをぶつけたら、あなたはきっと真剣に考えてくれる。
私のこと。恋人のこと。
私達3人のこと。
いままでのこと。これからのこと。
でも、どれだけ思い悩んでくれたって、答えは決まってる。
あなたが私を選ぶことは、たとえあなたの恋人がいなくなったってありえない。
私とあなたは友達なんだ。
この先いくら一緒にいても。
私がみずきの1番になれることはない。
私のことを、とても大切に思ってくれているふたりが大好きで。
でも、その気持ちと、みずきが欲しいって思いは比べものにならなくて。誰にも言えないこの思いが重くて。
苦しくて苦しくて。
だから、もうやめようって。
この恋を終わらせることを決めたんだ。
ウ゛ーウ゛ー。
テーブルの上にある水城のケータイが震える。
「あ。悪い。」
ケータイを持って、水城が席を離れる。
テーブルには女がふたり。
「ねぇ。ちぐさ。」
「うん?」
「ちぐさの彼氏、今度会わせてね。」
「うん。ん〜…。」
「なに?だめなのぉ??」
甘えるような目で私を見る。
「だめってゆうか。人見知りな人だから。それに忙しい人だし、私もあんまり会えないんだ。だから、紹介できるのはかなり経ってからになるかも。」
「そぅなんだぁ。うん。いつでもいいよ。いつかきっとね!」
「うん。」
いつかきっと。
死ぬまでに、きっと一人くらいは私にも彼氏ができるかもしれない。
その時は、きっと紹介するよ。
「そっちはどうなの?聞くだけムダかな。」
私が聞くと、彼女は少し照れたように言った。
「…なんか。なんかね??最近…、け、結婚??みたいな話がちょっとリアルになってきたの。」
「えっ…??」
「いや、まだだよ!?まだ全然だけど、なんてゆうか、…うん。私…この人と結婚するんだろうなあって。」
「…そっかぁ。」
私のなかで、なにかがぐるぐる回ってる。
出口を探して。
結婚…。
結婚…?
店の入口で、壁によしかかりながらケータイで話している水城を見る。
そっか。
そうだよね。
私がみずきを好きだろうが、この恋をやめようって決心しようが、ふたりには何にも関係ないんだよね。
わかってたつもりなのにな。
水城が電話を終えて戻ってきた。
「ごめんごめん。」
水城が椅子に座ると、
「じゃあ次私〜。」
と言って、彼女がトイレに向かって行った。
水城が私を見る。
「ごめんな。ふたりで来て。」
私が少しびっくりして彼を見ると、水城は真面目な顔をしていた。
私は、やっぱりこの鋭い男は私の気持ちに気付いてるんだ、と確信した。
気付いていて、ふたりで来たんだ。
私が、3人の関係を崩すようなことを言わないように。
確かに私は、ふたりを前にして、みずきに思いを伝えることはできない。
みずきのことを欲しいって、どんなに思っても、私達の関係を壊すことは私にはできない。
きっと、この男は全部わかってる。
私は少し微笑んで水城に言った。
「ううん。もういいんだ。私。彼氏もできたことだしね。」
「そっか。そうだな。」
水城がコーヒーを一口飲む。
きっと、このことが嘘だってことも、水城はわかってるんだろう。
「結婚…するの?」
水城がカップを置く。
「ん。まだわからないけど。したいとは思ってる。」
「そっか。うん。横井を幸せにできるのはあんたしかいないよ。」
水城が苦しそうな顔で、私を見つめる。
「幸せにしてあげてよね。」
私がニッコリ笑って言うと、
「約束する。」
真っすぐな目でそう答えた。
「なになにぃ〜?何の話してるのぉ??」
パタパタと、彼女が席に戻って来た。
私はその無邪気な笑顔を見て、小さく微笑んだ。
「うん。もし、ふたりがほんとに結婚したら、横井、おもしろいことになっちゃうなって。」
私の言葉に、水城がアハッと笑った。
彼女は一瞬考えるような顔をして、あぁっ!と言うように、顔一面で笑った。
「そうなんだよねぇ!!私、『水城瑞季』になっちゃうんだよねぇ!!『みずきみずき』って!!どうしよっかぁ、悠太あ。」
「別にいいんじゃね?」
水城が笑いながら答える。
そんなふたりを見ながら、
「とりあえず私は、水城を悠太、横井を瑞季って呼ぶようにしようかな。」
笑顔で言う。
「そうだね!そうして!もう、次会う時からそうしちゃってよ!!」
冗談でも、結婚したらって、ふたりが結婚したらって話を、水城が普通に受け入れたことに、『瑞季』は嬉しくて仕方がないようだった。
そんなみずきを見て、私は、もう何度も味わったあの締め付けられるような気持ちになった。
水城に、水城悠太に愛されてるって実感した時に見せる、横井の、横井瑞季のあの顔。
世界中の誰よりかわいいあの笑顔。
私が大好きな笑顔。
何度も独り占めしたいって願った笑顔。
みずきが悠太にその笑顔を向ける度、息が出来なくなるくらい苦しかった。
でも。
もうやめようって。今はまだ、思っているだけで抑えられてるこの思い。
きっといつか爆発する。
そんなの、私だって望んでないから。
どうしたらいいんだろって考えてたら、今まで浮かばなかったのが不思議で仕方ないくらい、簡単な答えが見つかった。
この恋を、もう終わらせよう。
一度でも、自分の中に浮かんでしまった考えを無視できるほど、私は強くない。
きっと、自分ではわからないだけで、私はみずきを思い続けることに疲れてしまってたのかな。
もうやめよう。
そう思った時から、驚くほど、私の中は軽くなった。
「映画の時間、まだ大丈夫なの?」
「あっ。そろそろ行った方がいいかなぁ。」
瑞季が悠太を見る。
「あぁ。うん、行こうか?」
悠太が私を見て、
「大越は?何時待ち合わせなの?」
と、『彼氏』との待ち合わせ時間を聞いてくる。
「んー。まだもう少しかな。私はここで待ってるね。」
「えっ!?じゃあもう少ししたら、ちぐさの彼氏ここに来るの!?見たい〜!!悠太っ。うちらももうちょいここいない!?」
瑞季の言葉に、悠太はチラッと私を見て、
「いや、俺も見たいけど、映画間に合わなくなっちゃうから。また今度、ゆっくり4人で会おうぜ。」
なっ。っと、悠太が私にふる。
「うん。いきなりだったら、彼、緊張して変になっちゃうかも。」
「あ。そっか。人見知りなんだもんね。それに、ちぐさも久々のデートだったりするわけか。邪魔しちゃダメだよねぇ。」
うんうん、と頷いて、
「じゃ、いこっか。」
瑞季が立ち上がり、悠太の服を引っ張る。
「じゃあ。またな。」
「またねぇ。ちぐさ。彼氏によろしくっ。」
ふたりがレジに向かっていく。
「みずきっ!」
私が言うと、ふたりが振り向いた。
「あれっ?どっち??」
そう言って、瑞季が笑った。
水城はまっすぐこっちを見ている。
私は、小さく手を振って、
「またね。」
と言った。
それだけで精一杯だった。
「またねぇ!」
瑞季は、私の大好きな笑顔で、手を振った。
「ありがとうございましたぁー。」
店員さんに見送られて、
ふたりは外へ出ていく。
私は、たくさんの人で溢れている交差点に吸い込まれていくふたりを、眺めていた。
みずき。
あなたを諦めるって決めてから、こんなに私の中は軽くなったんだよ。
あなたのこと、好きでいるのやめようって決めたら、私の中身、こんなに空っぽになっちゃったんだよ。
こんなに。こんなに、私、みずきでいっぱいだったんだね。
「みずき。」
小さな声で呟いてみる。
ずっと。
呼べなかった名前。
呼びたくて。
あなたを名前で呼びたくて。
でも、『横井』じゃなくて、『瑞季』って、一度でも呼んだら、自分の気持ちが伝わっちゃいそうで怖かった。
何よりも伝えたいことなのに、誰よりも伝えるのが怖かった。
みずき。あなたが好き。
どうしても言えなかった、たったひとこと。
でも。
今度会う時からは、『瑞季』って呼ばなきゃね。
ふたりが結婚した時の練習に。
窓の外を見ると、もうふたりの姿は見えなくなっていた。
「みずき。」
もう一度呼んでみる。
「みずきぃ。」
私の中の、ぐるぐる回ってたなにかが、溢れ出てきた。
私の、みずきへの思い。
私の中で、ずっとずっと長い間押し込めてきた気持ち。
「みずきぃ…。」
「みずきいぃ…!」
一度も伝えられなかった思いが、流れ出した。
あやしてくれる人もいないのに大粒の涙を流す私は、とても滑稽なんだろう。
でも。
今はいい。
涙が枯れるまで。
みずきへの思いが、私の中から流れ出てなくなってしまうまで。
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