第13話 真相
荒川は探偵ではない。
少なくとも、数日前までは事件の謎を解くなんてことが我が身に降りかかってこようとは思ってもみなかった。
だが、何故だろう。
今、荒川にはどうしてもたった一つの答えしか思い描けないのだ。
それが彼の妄想ならば、ミステリーを描く資質があるとも言い換えられる。
しかし、もしもそれが真実ならば……?
「先生、遠慮なく言ってください。覚悟はとうにできています」
思えば、多田八重子は品縫神社への地図を2人に託した時から、それを決意していたのだろう。
荒川は頷く代わりに八重子を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「この神隠し事件は当然神隠しなどではなく、略取誘拐に近いものです」
「近い?」
「ええ、そうです。必ずしも無理矢理に連れ去ったわけではない可能性があると、僕は考えています」
「子供が自分から? そんなこと、考えられません」
「勿論、普通はそうでしょう。ですが被害に遭い、戻って来た少女たちがこぞって自分は巫女になったなどと云い、かどわかされたと云う自覚すらない。大人ならば金銭で口を封じることもできるでしょうが、10歳程の少女が口を閉ざす理由には思えない」
「では、何があの子たちをそうさせると?」
「信仰です」
八重子は信じられない、といった風に眉を顰める。
「信じられないのも無理からぬこととは思いますが、あなたもこの村の住人ならば品縫神社や品縫家には特別な思いをお持ちでしょう?」
「それはそうですが――まさか犯人は宮司さん!? それで品縫会が……」
「そう結論を焦らないでください、10歳の女の子が抱く信仰は憧れや恋慕でしょう。神社や宮司など何の価値もない」
「だったら……え? まさか」
「そうです。神隠しの神は品縫ゆうきさんです」
八重子は思わず、年端のいかぬ少女のように両手で口を覆った。
「まさか、なんでそんな……」
「僕にはわかりません。ただ、皆さんから伺った言葉のピースをはめ込んで出来上がったパズルが、そう云う絵を描いた……としか言いようがない」
「それは一体」
「そもそも、幼い子供が行方不明になって警察に届けもしないなんて普通あり得ない。ですが、それを阻むのは品縫会だという。では何故彼等は警察沙汰にしたくないのか」
「品縫に傷が付く?」
「そうです。でも、子供の親はどうでしょう。我が子がいなくなったのに何故黙っているんでしょうか。例え住まいや仕事の世話をして貰ったとしても、娘の身に何かあったらと考えれば黙って言いなりになる訳はない。裏を返せば――」
「子供の身の安全が保障されていた」
「ええ。恐らく、早い段階で親への連絡はあったでしょう、鈴木小町君の時のようにね」
「でも、小町君は男の子です」
「はい。だからこそ早くに帰ると連絡があったそうです。多分、過去にもあったんでしょうね、同じようなことが。だが、神にとって男の子は目障りだったのでしょう。もっと言えば忌むべき存在。あの様子だと怖い目に遭ったのかもしれません」
ひよこは2人の会話を聞きながら、ふと小町の怯えた顔を思い出していた。
「話を戻します。まず娘の身の安全を思うなら、略取相手が男であるなど看過出来る訳もない。ならば残るのはゆうきさんです。これは神隠しの起きる夏休み――彼女の一時帰宅時期とも一致する」
「一時帰宅って……」
「ああ、すみません。これは飽くまでも想像です。――長い間学校に通えず、家族以外の接触は四条氏のみ、胸を切り取ったというのは噂に過ぎませんが、過度の自傷行為があったことは事実でしょう。そんな彼女の心の傷はそう簡単に治るような物とは思えないんです。何事も無かったように親元から離れて大勢の他人と暮らせるとは到底思えない。多分、ゆうきさんは学校では無く、何らかの施設で1年の大半を過ごしているのではないかと思います」
「でも、主人は高校に進学したと……」
「品縫のことは何も教えてくれないのでは?」
八重子は小さく「あっ」と言うと寂しげな溜息をひとつ吐く。
「そして、その心の傷が少女たちを誘うのでしょう。ゆうきさんはどこか中性的で非常に美しい人です。お伽話の王子様のようにね。あの憂いを帯びた瞳が、もし微笑んだら。僕だって、暗闇に浮かぶ光に吸い寄せられる蛾のように迷い込んでしまうかもしれない」
「もし、それが本当なら、ゆうきちゃんはどうしてそんなことを?」
「確か救急搬送される際『女になんてなりたくない』と、叫んでいたのが中学生の頃ですよね。生まれた時、既に性別は決まっているにも関わらずそう言った。それは身体の変化に対するものだと考えられます。彼女はそれを自分の性が確定するような恐怖と受け止めたのではないでしょうか。もしかすると、そこで彼女の時間は止まってしまったのかもしれません」
「友達が欲しかったんでしょうか」
ひよこがぽつりと呟く。
「そうだね、或いはそうかもしれない。戻りたかったのかもしれないね、ひと時の平和な時間に」
「ゆうきちゃんは心を病んでいたと云うことでしょうか」
そう尋ねる八重子にゆっくり頷くと、荒川は続けた。
「そうでなければこんなことをするとは考えにくいですからね。そして、最初に気付き、協力者になってしまったのが四条氏でしょう。先程、消火活動に加わった人々の話が漏れ聞こえたのですが、どうやらあそこには防空壕に繋がる入り口があったとか」
「戦時中の壕を利用して貯蔵庫なんかを作ってる家は案外多いんですよ。この村では珍しいことじゃありません」
「ならば、そこを提供したと考えるのが妥当でしょうね。ゆうきさんがいない時は四条氏が世話をしたり何かと助けていた筈です。だから、夏の間は店を休み勝ちだったのではないかと思います。ただ、ゆうきさんのままごとの相手は人間です、発覚すれば只事ではすみません。そこで彼が多田氏に相談するのは自然の流れかも知れない、現に彼は心強い味方となってくれた」
八重子とひよこは無言で聞き入っていた。
「――四条氏はゆうきさんの苦しい時を救えなかったことを悔いていたのかもしれません。だから、手を貸してしまった。しかし、同時に子供たちともその親とも親しい関係にあった彼は悩み、苦しんだ。だから、一方では手毬唄を歌わせて注意を喚起した――遠回し過ぎて意味は成さなかったようですが。彼もまた、このことをきっかけに病んで行ったのかもしれない……今日の火事は恐らく意図して起きたものだと思われます」
「それって、放火って事ですか?」
ひよこは思わず叫んだ。
「兄の和樹君に連絡を取り、妹子ちゃんを託したということは何かを決行するため。この場合は証拠隠滅のため火を放ったと考えるのが妥当だと思う。恐らくこの悪夢に終止符を打ち、全ての罪を被って死のうとしていたんじゃないだろうか。――八重子さん、ご主人は火を放ったのが四条氏だとわかっていたから消防車を呼ばずに消火活動をしたのかもしれない」
「自殺を助けるためですか!?」
「違います。恐らくは四条氏を放火犯にしない為でしょう。だが、煙の中に本人がいるとわかって慌てて救急車を要請した。遅れてやって来た消防車は救急からの要請でしょう。そうでなければあんなタイミングで来るはずがない」
「では、主人も罪に問われるのでしょうか。共犯、ということなんですか?」
八重子は一番知りたい、そして知りたくないことを絞り出した。
「わかりません。私は法律に詳しい訳ではありませんから。ただ、この事件の主犯がゆうきさんなら彼女は未成年であり、尚且つ刑事責任能力に疑問が残りますから罪に問われない可能性がある。そうなれば多田さんが果たして犯人隠避にあたるのかもわかりません。しかし、四条氏は放火の罪を問われる可能性があるでしょうね……勿論、僕の推論が妄想でなければですが」
「妄想ですよ」
そう、会話に読点を打ったのは多田喜八の声だった。




