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第11話 家族食堂

「あの、あなた方は一体……」


 鈴木小町の母親は、溢れる警戒心を隠そうともせずに2人を見つめる。

 

 どう見積もっても20代後半以上と見受けられるおかしなコスプレ男が美少女を伴い、やにわに訪ねて来たのだ。いくら自分好みのイケメンでもロリコンである以上、変態に分類するのは主婦としては生活上必須なスキル。いたいけな少年少女を後見するのもまた、彼女らの責務である。

 更に、昨夜起きた神隠し未遂のことを聞きたいなどと、不作法甚だしい。

 

「息子は、あれからろくに口を利かないんです。余程怖い思いをしたんでしょう、そっとしておいて頂けませんか」


 彼女の言い分は至極当然である。ぐうの音も出ない荒川だ。


 

 鈴木家も多くの移住者同様、小野村の空き家事業を活用して品縫会が集めた若い世代の一つであったため、住まいの外観は古民家といった風だった。だが、中に入るとかなり洒落たリフォームがされており、それなりの投資が為されたことは明白だ。

 それは同時に、余程の理由がない限りここを去るつもりは無い。という覚悟でもあるだろう。

 小町母の話を聞いているようでいて、その実聞いていないのか、荒川がそんな思想に耽っていると、玄関先のやり取りを窺う瞳が奥から垣間見えた。


「小町君、そこにいるのかい?」


 荒川が声を掛ける。が、返事はない。


「小町君、こんにちは」


 変わってひよこがそう言うと、少年はおずおずと出て来た。

 そのはにかんだ表情から理由は容易に想像がつく。どうやら彼の好みは年上美女らしい。


「こんにちは。僕のこと知ってるの? 君はなんて名前?」


 小町は小学4年生だと聞いていたが、男の子にしては華奢で小柄だ。容姿も美少女で十分通る。にしても中身はやはり男なのだろう、自称来月には17歳の男子ひよこに対して”君”とは、クールな感じで攻めて来たのか。もしくは来月には17歳男子が余程幼く見られたのだろうと笑いをこらえるのが精一杯な荒川だ。


「ボクはひよこです。来月には……」

「小町!!」


 ボク、来月には17歳になるんだ。という不吉なフラグを立てる間もなく小町母が叫ぶ。


「大丈夫なの?」

「止めてよマ……母さん、お客さんの前で。恥ずかしいだろ」


――ごめん、小町君。ひよこは来月には17歳になる男子なんだよ。


 ママ……いや、母さんの表情が明るい。この少年の勘違いを憐れむべきか、歓迎すべきか当惑しつつも、荒川は状況が好転している気配を察していた。

 

「ありがとう、ひよこちゃん。実はあれからこの子、一言も口を利かなかったから、どうしたら良いのかって……」

「母さん、泣くなよ。恥ずかしいだろ」


 先程までの険しい表情は一転、安堵し涙を見せる母親。一方それをなだめるのは、とある事情により激しく体裁を気にし出す小4男児。

 微笑ましくもつつがなくことは運んでいる。ひよこの自己紹介は寸止めにしておこう。と決意する三十路男である。


「あの、ボク……」

「止めなさい、ひよこ君」


――少年の夢を壊すな。



 小町母の警戒心はこの一件ですっかり溶解し、立ち話もなんですからとの台詞も登場。

 気が緩んだ母親は、相手が自分好みのイケメンであるという重要事項にケチをつけかねないロリコン疑惑を、息子は美少女の素性を追求する構えだ。


 似たもの親子である。



「あらためまして、こちらの先生は推理小説家の荒川クリ――」

「荒川ですっ!!」


 危ないところだった。


「? ボクは助手の三毛ひよこ。来月――」

「わ~~~~! それはそうとっ!!」


 うかうかしてはいられない荒川である。



 

 結局のところ、推理小説家とその弟子が取材旅行に来た村で遭遇した事件を調べているとの説明が落し所と判断し、恐る恐る告げてみる。

 だが、そんな馬鹿げた話を信用する者がいた。


「ああ! ドラマじゃ大抵そうですもんね。やっぱりそういうことってあるのね~」


 言ってみるものだ。






「ええ、昨日は6時を過ぎても小町が帰って来なかったんです。それで、近所の方にもお願いして心当たりを探したんですが、まるで手掛かりがなくて。でも9時少し前だったか、品縫会の方が噂を聞きつけて『心配ない』って連絡をくれました。男の子ならばそう時間はかからない筈だから騒ぎ立てないで欲しいとも言われました」


「男の子なら時間がかからない? それは誰から」


「多田さんです。民宿の」


「騒ぎ立てるなとは、具体的には?」


「捜索願は待って欲しいとも言われました」


 小町はひよこの傍でにこにこと機嫌良さそうにしてはいたが、昨夜のことについては何ひとつ答えてはくれなかった。



「荒川先生。お昼はどうなさるんです?」

「え?」


 小町本人が口を閉ざしている状況でこれ以上の情報収集は難しいと判断し、いよいよ席を立とうとしたときに唐突な質問。そう言えばもう11時を大きく回っている。


「この辺りには観光客用の茶店(ちゃみせ)くらいしか外食するようなところはないですからお困りでしょう?」


 確かに道すがら団子茶屋を見かけたが、団子で外食したと公言するのはいささか抵抗を禁じ得ない荒川だ。しかし、そんな些細なことを思い煩う面倒な男とは露知らず、小町母が言うには。今日、車で40分位の場所にあるファミレスで月に一度の食事会があるという。

 これは、そうそう頻繁に外食できるほど余裕のない彼女らのささやかな贅沢なのだと言うが、昨夜の一件から口もきかない息子を連れて、というわけにも行くまいと参加は諦めていた。しかし、ひよこがいれば小町も思いのほか落ち着いているようなので一緒に参加してはくれまいかという。


「ええ、是非」


 荒川は満面の笑みで申し出を受け入れた。





『いいんですか先生。ファミレスって何だか知ってるんですか?』


 小町母が外出の用意をすると言って席を外した隙に、ひよこがそっと耳打ちする。


『ファミリーレストランのことだろう。その存在は有名だ』


 荒川も声をひそめる。


『成程、有名なんですか。でも行ったこと、あるんですか? ボクはありませんのでフォローはできませんよ』


『何事にも初めては存在する。ファミレスなど敵ではない。というか、誰がフォローしてくれといった』


『いえ、このカードに』


 見ると”荒川先生をよろしくお願いします”と書かれたひつじさんカード。


『君っ! いつの間に……』


 さあ? とばかりに助手が首をすくめていると、「お待たせしました」と声がかかった。



 ◆



 午後4時。大盛況のうちに女子会は閉会し、観光景観保全地区外にある鈴木家駐車場へたどり着いたのは実に4時43分だった。



「先生、ボクおなかがチャポンチャポンいってます」


 鈴木小町親子に別れを告げ、再び農道を行く2人連れ。


「あれだけドリンクバー通いをすれば無理からぬことだと思うよ。まぁ僕も、あれほどの種類を前にして適量で済ませる理性が保てると言ったら嘘になるがね」


「ハンバーグも美味しかったですよね! 想像していたものよりも遥かにおいしかった!」


「しかし、疲れたね」

「確かに」


 ファミレスに集まった小町母の友人は3名、子供は小町込みで5名。荒川達を入れれば全部で11名になる。幸か不幸か子連れ用の個室が予約されており、ひよこは4時間もの長きに渡り子供らの世話をする羽目になった。


 荒川は荒川で取り留めも脈絡も計り知れない話題を聞き続け、女性たちの多岐にわたった思考回路の複雑さを身をもって体験することとなった。だが、彼もただ一方的に聞いていたわけではない。


「僕は存外、女子なのかもしれない」


「先生、傍目には楽しそうに見えましたからね」


「それはさておき、重要な情報が聞き出せた」


「やりましたね、先生」


 その情報というのは、かねてから荒川にとって懸案であった手毬唄の件だった。

 女子会での聞き込みによると、手毬唄を作り子供たちに歌わせていたのが四条だという。歌詞の内容は定かではないが、過去にはパチンコをしている間に子供がいなくなることを揶揄している歌詞だという噂が広まったこともあったという。

 当然、品縫会は手毬唄をやめさせようとしたが、騒げば騒ぐほど面白がる子供も出て、現在は『あくまで手毬唄』という姿勢を貫いているらしい。


「先生、四条さんは本当に自分の店が危ない場所だって意味で手毬唄を作ったんでしょうか」


「少なくとも、僅かな料金のみであそこを提供していたことは事実だからね。商売という意識は感じられない。恐らく、運営資金は品縫神社から出ているんだろう」



 荒川の歩がピタリと止まった。


「先生?」


 腕を組んでいた荒川はその姿勢を崩さず、おもむろに右手だけを自身の顎に運ぶと(うつむ)いた。

 日の入りはまだ先ではあるものの、山々にさんざめくひぐらしが夕刻を告げていた。

 にわかに起こる一陣の風が彼の袴を撫でる。


 荒川はやがて、真っ直ぐに正面を見据えるとポツリと呟いた。



「そうか……そういうことだったのか」



「先生! 何かわかったんですか?」

「行こう」

「今度はどこへ?」

「パチンコ処、矢場だよ」


「はい!」



 ◆



 しかし、2人が目的地に近付くと周囲には何か燻したような匂いが立ち込め、仄かに視界が白く霞み始めた。矢場の周囲には既に人だかりが出来ていて、品縫会を中心としたバケツリレーが行われている。


「先生! これは!」


 パチンコ処矢場から大量の煙が立ち上っている。


 

 荒川は走り出していた。

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