☆体感ッ! 悪役令嬢☆
「お嬢様、朝でございます。起きてくださいませ」
朝、俺は可愛らしいメイドさんの声で目を覚ます。
ちなみに横になっているベッドはふっかふかで大人4人はゆっくりと寝れるでかいベッド。そして目を天井に向ければ、どっかのお姫様が寝るような天蓋付のベッドとなっている。
「おはよう」
「おはようございます、お嬢様。今日の朝食は何にいたしましょうか?」
ベッドから起き上がる動作を飛ばし、いきなりネグリジェを着た立ち姿になっている俺に驚くことなく、メイドさんはにこやかな笑顔で聞いてくる。
「う~ん、昨日はマナーのお稽古を頑張りすぎて疲労度の回復が追い付いてないから、スタミナを上げるレバーのソテーで」
俺は鏡を覗きこみながら、自分のつやつやした肌を撫で上げる。
ふっくらとしてシミ一つない肌だが、青くてパッチリとしたアーモンド形の目の下には疲労度が強いことをしめすクマがくっきりと出ていた。
「かしこまりました」
次の瞬間、俺は自分の部屋を出ることもなく、また起きたまんまのネグリジェ姿で一歩も動くことなく朝食を済ませたことになった。
鏡で確認すれば、目の下のクマもすっかりと消えて輝かんばかりのお嬢様の顔に戻っていた。
「お嬢様、お着換えのお時間でございます」
「うん」
メイドさんに返事するのが終わらないうちに、俺はお嬢様学校の制服姿にパッと変わっていた。
「お嬢様、装飾品はいかがしま……」
「えーっと、今日は刺繍の授業があるから器用さを上げるやつで」
「かしこまりました」
メイドさんが言い終わらないうちにさっさと装飾品を選ぶが、メイドさんは変わらない笑顔で俺に装飾品を装着する。
毎朝行う作業なんで、メイドさんのセリフをスキップ状態にしていつもパパッと行っている。
「お嬢様、今日のコーディネートも完璧でございます!」
「ふふっ、ありがとう」
鏡の中には、黒く艶々と輝く髪を縦巻ロールにして不敵に微笑み、制服を隙もなく完璧に着こなす悪役令嬢の姿があった。
大体こういうゲームは主人公の容姿はレベルが低く、いろいろ手順をふんでちまちまと上げていくものだ。
しかしこのゲームの主人公、つまり俺は悪役令嬢。
最所から頭、容姿、権力と全てが揃ったハイスペックな存在なのだ。
そう、今俺はゲームをしている。
その名もふざげたゲーム『☆体感ッ! 悪役令嬢☆』というゲームだ。
言っておくが! 俺が好き好んでこんなゲームをしているわけではない。
「ちょっとバイトしてみない?」
全てはその一言から始まった。
高校1年の盆休み、家族で田舎の爺さんちに泊りで遊びに行っている時だった。
大学でゲーム研究会とかいうサークルに入っているいとこの姉ちゃんから、お盆休み限定でバイトの誘いを受けた。
「今サークルで作っているゲームのモニターをしてほしいの」
「……ジャンルは?」
俺はちょっとした不安と期待で用心深く訊き直す。
姉ちゃんのサークルはゲームの発表会とかにも参加できるほどしっかりとしたサークルだ。
まだ実用化には至らないが最新の技術をつかったゲームを作っていて、ゲーム博覧会で紹介されるよりも前に似たようなゲームを体験させてもらえる。
しかし全作品が一般に向けて発表できるレベルになるわけではなく、もちろん質や内容の問題もあるが、高い技術力を無駄に使っておふざけでとんでもないネタゲームを作ることも多々ある。
ついうっかり受けてしまって一番後悔したのが、油断すればすぐ寝技に持ち込まれてセクハラを受ける挌闘型BLゲームという今も思い出すだけで鳥肌がたつものだった。
「RPGよ」
「……BLじゃねーだろうな」
「やだぁ! 違うわよ!」
姉ちゃんはケラケラ笑って否定した。姉ちゃんはうさんくさいが、嘘はつかない。
「内容は……?」
「コツコツとステータスを上げていきながら、仲間を作ったりその仲間と仲良くなっていったりしながらゲームクリアを目指す一般的なRPGね」
「……う~ん」
何か怪しいような気はするが、BLじゃないというのは言質をとっているし……。
悩んでいる俺を見て、姉ちゃんは獲物を追い詰める笑みを浮かべた。
「1日で1万円」
「……くっ、のった!」
爺ちゃんちはよく言えばのどか、悪く言えば周りを田んぼに囲まれた何もない環境。
エアコンもなければネットもつながっていない。
姉ちゃんのバイトを受ければ、ここより都会でエアコンがきいた部屋でゲーム三昧の生活が送れる上に金までもらえる。
部活で忙しくバイトとかしていない俺にはとてもおいしい条件で飛びついてしまった。
そして地獄が始まった。
姉ちゃんの大学は、じいちゃんちから高速で2時間ほどの場所にある。
大学に付くと歩いてサークル棟に移動する。
部屋に入ればすでにサークルのメンバーが、いろいろなデカい機械をいじりながらセッティングをしている所だった。
何度かモニターのバイトを受けていたのでもうサークルのメンバーとは顔見知りだ。
俺は頭を下げるだけの軽い挨拶をして姉ちゃんに誘導されるまま、何やらコードがたくさん繋がれた長椅子にもたれて座った。
「いや~、若い子の感想を聞きたくてね。本当に助かるよ」
寝そべっているとそんな声をかけられながら、これまたコードがたくさんついたヘルメットをかぶせられる。
視界が真っ暗になった世界で適当に返事をする。このサークルは姉ちゃんを始め変人が多い。真面目に返事をしていると大体からかわれるのだ。
その間にも手や胸になにやら機械を取り付けられていく。
RPGって話なのにえらい重装備だ。もしかしてあれか。
モニターを見ながら実際に手を動かして剣を振ったりする、身体を使ったRPGなのか?
それなら頭脳派のメンバーにはこの重装備で身体を動かすのは確かにきついだろう。
俺が一人で納得しているとヘルメットが電子音を立てて起動し、視界が白い光に包まれた。
『あー、あー、テステス。聞こえたら右手を上げてね』
耳元のスピーカーから姉ちゃんの指示が聞こえてくる。俺はなにやら機械をはめられている右手を上げた。やっぱり少し重い。
『それでは今からゲームをプレイしてもらうね。こちらでプレイをモニターチェックしてるけど、気にせず好きなようにプレイしてください。そのヘルメットにはマイクもついているから、ゲームの途中で気が付いたこととか要望を言ってもらえると助かります』
「了解」
そう、これはだたゲームをするだけじゃないんだ。これはモニターという仕事なのだ。
ちょっと浮かれていた俺はしっかりと気を引き締め直した。
『それじゃ、ゲームを開始しま~す』
姉ちゃんのスタートの合図とともに、音楽が流れてゲームタイトルがばばーんと表示される。
『☆体感ッ! 悪役令嬢☆』
「何じゃこりゃぁああああああっ!!」
何度でも言おう、そして地獄が。
は じ ま っ た 。
『それじゃあ、簡単なゲーム内容を伝えるね』
俺の叫びなんぞ聞こえないとばかりに説明が続く。
おい、俺のマイクは作動しているのか?
『ゲームはタイトルの通り、悪役令嬢のRPGよ。あなたは今流行りの悪役令嬢となって操作していくの』
「ちょっと待て! そもそも悪役令嬢ってなんだよ、どこで流行ってんだよ!」
『……あぁ、そこからね。悪役令嬢って言うのは、少年漫画に出てくるハイスペックなライバルの女バージョンね。大体ライバルってのは顔も能力も主人公より上でしょ?』
「……何となく理解できる」
そんで大体主人公よりもライバルの方が人気があったりするんだよな。
『それで、悪役令嬢ってのはそのハイスペックさをフルに活かして主人公をいじめぬく役割なの』
「なんでそんなのが流行るんだよ……」
『それで主人公がハッピーエンドになるときには、大体今までの悪行の罰として学園を追放されたり、家が潰されたり、最悪は死刑になったりするわけよ』
「なんで主人公をいじめたらそんな大事になるの!? ひどくね!?」
『最近はそんな悪役令嬢が主役になって、バッドエンドを回避するってのが流行っているの』
「う~ん、よくわからんが、バッドエンドを回避ってのは良いことだ」
だが、だが目の前の映像はどう見ても女向け恋愛ゲームの画面にしか見えないんだが……。RPGなのか、これ。女主人公でもおもしろいRPGはあるし、恋愛要素をからめたRPGってのもあるはあるけど……。
『このゲームでは、ヒロインをいじめていた主人公が突如自分が悪役令嬢だと気が付くの。好感度最悪まで落ちている周りのイケメンの好感度を必死に上げて、イケメンとゴールインしてバッドエンドを回避するのもよし! ハイスペックさを活かしてヒロインを囲むイケメンたちに気づかれないようにいじめ倒して、逆ハーレムを築いて君臨するもよし! 最後まで王道な悪役令嬢を演じ切って処罰されるもよし! な悪役令嬢ゲームよ!!」
「おもっくそ恋愛ゲームじゃねえか! これRPGじゃなかったのかよ!!」
姉ちゃん嘘はつかないと信じていたのに!!
冗談じゃないとばかりに叫んだ俺の耳元で、なにやら悪い笑い声が聞こえる。
『ふっふっふっ、甘いね。ロールプレイングとは、本来は『役を演じる』という意味。これは『悪役令嬢』という役になって遊ぶのだから『RPG』で間違いはないね』
はめられたっ!!
「男の俺が何でお嬢様になんなきゃいけないんだよ! こういうのは女がするもんだろ!?」
『一応男の子もターゲットにしたいから、君の貴重な意見が聞きたいな』
……男にこんなゲームが需要あるか?
そう思っている間にゲームタイトルが消え、一人の女の子が現れた。
「…………」
一言であらわすなら、それは意地の悪そうなお嬢様。
長い黒髪を見事な縦ロールに巻き上げ、美少女といえる顔は気の強そうないかにも高慢ちきそうな笑顔を浮かべている。
『おーっほっほっほ!』
そんな高笑いがぴったりな……。
『それがあなたね』
「…………」
何も言えないでいると、とたんに胸元がずしっと重くなった。
「な、何か重くなったぞ!?」
『慌てないで。それはハイスペックバディな悪役令嬢になりきるために、巨乳な感じを再現したの』
「あほか!! んなこと再現してどうする!!」
『んふふ~、男の子はこういうのに興味あるでしょ~?』
俺が高校生ってこともあって、よくこういうネタでからかわれる。
正直言ってセクハラじゃねぇか!
「あほかっ!! 巨乳は愛でるものであって、自分が巨乳になってどうするんだよ!!」
『その点も大丈夫!』
「は?」
『手を胸元にやってみて』
俺は嫌な予感がしつつも右手をそっと胸元にもっていった。
「…………」
右手に、柔らかくてそれでいて重みのある感触が生々しく伝わった。
同時に胸元でぼよんぼよんとはずむ感触も伝わった。
「………」
『どうよ、どうよ!?』
「……この機能、いらない」
『そっかぁ、残念』
残念なのはお前らの頭だよ!!
このバイトの辛いところ、それはどんなクソゲーであっても自分でやめることができないのだ。
全てをサークルのメンバーが管理しているので、途中でゲームを終了させることはもちろん、いったん中断するのも彼らに権限がある。
トイレとか水分が摂りたいと申し出ればゲームを中断させることもできるのだが、こんなのはとっとと終わらせるに限るのでこのまま続けることにした。
画面はお屋敷みたいな建物の映像になっていた。
「そこが主人公の通う学園ね。貴族や王族が通う超お金持ち学園。名前はまだ未定よ」
「……あっそう」
建物の中に入っていろいろと見て回る。
何かすっごく金かかってるんだろうね、って調度品がたくさん並んでいる。
床には複雑な模様入りの絨毯が敷いてあって、壁も白いだけじゃなくていろんな模様が入っているどこぞの高級ホテルのようだ。
たかが学校に何じゃこりゃ。
『このグラフィックとかとっても頑張ったのよ~』
「あぁ、さいですか」
確かに女の子が好きそうな内装ではある。だからこそ何で俺にやらせるかねぇ。
周りをきょろきょろと見回しながら歩いていると、そこらにいたお嬢さんやお坊ちゃんがささっと端に避けて頭を下げるのが目に入ってぎょっとした。
何やってんの!?
そう声をかけようとしたら、目の前に選択肢が出てきた。
「→ ・おーほっほっほ
・や、やめてください皆様 」
…………。
おーっほっほって会話になってねぇよ。
当然「やめてください」だ。
選択すると、周りの生徒たちが今度はぎょっとして俺の様子をおそるおそる伺ってきた。
うわっ、何かその反応。何か傷つくわ……。
「何だ珍しくしおらしい態度をとって。どういった風の吹き回しだ」
「うっぎゃぁああああ!!」
突如低いイケメンボイスが耳元で囁いてきた。
まるで息遣いまで聞こえてきそうな囁き声に、思わず鳥肌が立つ。
『どう、どう!? イケメンボイスが耳元で囁いてくれるの!』
「男の俺がされても気持ちわるいだけじゃあ!」
『う~ん、女の子には好評だったんだけどなぁ』
「あほかっ! 何度でも言うわ、あほだっ!!」
『ちなみにそれは攻略対象の一人、王子であなたの婚約者よ』
「俺の婚約者いうな!」
目の前に立つ男を見る。
美形なんだけど偉そうでぶすっとした顔の男。俺様系って言うのか、こういうの。
王子様っていったら、笑顔でくっさいセリフを言うようなキャラじゃないのか? 何コイツ、愛想のかけらもない……。
その後何回か耳元で囁くイケメンボイスと選択式会話をしたのだが、つっけんどんな態度に俺のテンションはダダ下がりとなった。
何コイツ、それが女の子に対する態度かよ。ってか、そんなに話すのも嫌だって態度をするならいちいち耳元で囁いてるんじゃねーよ。
「俺、このキャラ生理的にだめっすわ……。この無駄に囁くボイス機能はオフにできませんか?」
『ん~、そっかぁ……。力を入れた機能なんだけどなぁ。わかった、後でオフ機能もつけとくね!』
「今ついてないのかよ!!」
そして色々なタイプの攻略対象が出てきたのだが、み~んな好感度最低なところから始まるので表情やセリフがとっても冷たい。しかも延々と野郎どもの声を耳元で囁かれ、SAn値がゴリゴリと削られていく。
一人だけ穏やかな態度で接してくれてたキャラがいたので、ついほだされかけて攻略しちゃおうか……と前向きになったところで、実は裏では他のキャラよりもえげつないことを言っているイベントを目撃して更に落ち込んだ……。
悪役令嬢ってこんなにひどい目にあうのか。気分は悲劇のヒロインだ。
今でも十分にきついのに、更に処刑やら学園追放が待っているってどういうこと?
「……すいません、俺にはこのゲームは難しすぎます、もうやめたいです、ギブです……。ってか、なぜに自分を嫌っている野郎の機嫌をとらにゃいけんのですか……」
『ええっ!? 最所はなびかないイケメンが、好感度を上げていくうちに甘い態度になってくるのが凄いいんじゃない。男の子だってツンデレが人気なんでしょ?』
「……可愛い女の子キャラならまだいいんですけど。そもそもこれ、攻略対象が野郎ばっかりじゃないですか……。もうお金はいらないんで、ここでやめさせてください、お願いします……」
『ええっ!? 好感度を上げていくと、壁ドンとか、あごクイッとか体感できる機能もつけてるのにぃ!!』
「いやぁああっっ!! ここでやめさせてぇ!! すとぉおおおおっぷ!!」
ぜーはー、ぜーはー、ぜー、ぜー…………。
ヘルメットの中にはしばし俺の荒い息遣いの音だけが響いた。
スピーカーからはゲームのお気楽なBGMが流れてくるだけで、姉ちゃんの声は全くしなくなった。その静けさが、次は何を言い出すのかという不安を更にかきたてる。
ややして、大きなため息が聞こえた。
『……わかったわ』
ようやくこの苦行を終えることができるのかと、思わず安堵のため息をつく。
だが。
『これは外道なプレイだからあんまり勧めたくはなかったんだけど……』
やめさせてくれるんじゃなかったのか!?
俺が本気の抗議をしようと口を開いた時だった。
『実はヒロインも攻略対象なの』
「は?」
『これは裏ルート的なものなんだけど、ヒロインと悪役令嬢の友情エンドってのも存在するの。イケメン攻略が嫌なら、そっちを狙ってみる?』
「…………」
もういいからやめさせてくれ!
そう言おうとしたのに、自然と口が閉じてしまった。
女の子攻略、百合の花園……。
ええんじゃないかい?
別にレズとかエロを求めるわけじゃなく、なんつうのか、「お姉さま」「よろしくってよ」な世界も好きっちゃ好きだ。
しかも俺が操るこのキャラクターは『お姉さまと呼んでもよろしくってよ! おーっほっほっほ!!』って感じじゃないか。
「…………しょうがないっすね。わかりました、もう少しだけ……」
『うん! ありがとう!!』
ものすごく嫌々した感じを演じつつ言ってみれば、予想以上に感極まった様子で返事された。
…………ちょっと罪悪感。
そっからは内心のりのりでヒロイン攻略に取り組んだ。
ヒロインの性格はとにかく明るくてめげないという性格。ただ恋愛法面にはうとく、野郎どもが下心ありありで接してきても明るくスルーしている。ちょっとだけ野郎どもに同情。
ヒロイン攻略の何がおもしろいかって?
今まで俺に冷たい態度をとってきた野郎どもを全て無視し、いやそれどころかわざと逆なでする選択肢をとっては、苛ついている野郎どもを見て溜飲を下げる。
今まで仲良くなろうとしても、冷たい態度しかしてくれなくて結構傷ついていたんだ。その溜まりに溜まりまくった鬱憤を晴らせるのがすっげぇ楽しい!
そして最初は俺のことを怖がっていたヒロインが、好物のお菓子とかやったり優しく接していくうちに懐いてくれるのが、まるで子犬を手懐けているみたいで何か楽しい。
更にヒロインが俺に懐けば懐くほど、周りをうろついていた野郎どもがヒロインに無視され、仲良くキャッキャうふふしている俺たちを悔しそうに眺める姿がもう最高!
そんな俺たちを引き離そうと「この女を信用してはいけない」とかヒロインに告げ口して、「そんなこと言うなんてひどいよ!」とかヒロインに怒られている野郎どもを見ると何だか手にしている扇子で頭をポンポンしながら「ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ち?」と言いたくなる。
ざまぁ見やがれ。そこで指をくわえてせいぜい羨ましがってろ。けっけっけ!
そんな感じでのりのりで悪役令嬢(?)とやらを楽しんでプレイしていたある時。
「お姉さま、お話があります……」
授業が終わり、いつもなら放課後に攻略対象のヒロインと何をして過ごすか選択画面になるところ。
頬を染めて上目遣いのヒロインから声をかけられた。
ちなみにこのヒロイン、声はなんと姉ちゃんが担当していた。他のイケメンキャラは演劇部から助っ人を頼んだのにだ。
ヒロインだけは経費削減で姉ちゃんがすることになったが、引き受ける条件としてヒロインだけは声をオフする機能をつけたそうだ。
俺も姉ちゃんの声がするキャラを攻略するのは抵抗があったのでずっとオフでプレイしていた。
こんな可愛い感じで話しかけられるなら、ぜひ声を聞きたかった。
もちろん姉ちゃん以外の声でだ。
『お、ヒロインちゃん攻略エンドのイベントだよ! これでもうすぐ終了だよ、よく頑張ってくれたね!』
「そうっすか……」
なんだかんだ言いつつこのヒロインに愛着を感じていた。これで終わりとなると、正直寂しいものがある。そしてまだ野郎どもが悔しそうにしている姿が見足りない。
すでにエンドイベントなのかYESかNoの選択肢は出ず、学園寮にあるヒロインの部屋で話そうということになった。
移動の場面はすっ飛ばしてすぐにヒロインの部屋へと切り替わる。
何度か友好イベントでヒロインの部屋には来たことはあった。
彼女は遠くにある田舎町の貧乏な平民出身なので、部屋を飾るものなどは何もない質素な部屋。
この部屋を見るのももう最後かと思うとなんか寂しくなる。
この部屋での俺の定位置はベッド。そこに優雅に腰かけ、床に置いたクッションに座るヒロインと話をする…………のだが、今日のヒロインは何やら胸の前で手を組み、俺の前に立っていた。
エンドイベントのためか俺は何もせずにただこのイベントを見ることしかできない。
セリフもないまま、どこか緊張したように俺を見つめるヒロインを眺めていた。
「……この学園にきて、お姉さまにお会いできてとても私は嬉しいです」
あぁこのセリフ、可愛い音声で聞きたかったな。今の俺は画面に表示された文章を読むしかできない。
そんなことを思っていると、ヒロインの顔がドアップになった。
「お、おぉ?」
何この距離? まさか、本当に百合エンドなのか!? いや、俺は清く正しい女子交際(?)で満足していたわけで、あまりディープな展開は望んでいないんだ!
ヒロインが何やらうっとりとした顔で俺を至近距離から見つめてくる。
落ち着け、俺。ただ女の子のアニメ絵がドアップになっているだけだ。なんで顔が熱くなっているんだ俺!
――ギシ、という音とともに、座っていたベッドが沈み込む感触がリアルに機械で再現され、俺の鼓動は更に高鳴る。ついでに胸元で胸がぶるんと揺れる。
ヒロインが身を乗り出し、ベッドに、いやベッドに座っている俺の真横に手をついて迫って来ていた。
耳元でヒロインの吐息が聞こえ、なんだかゾクゾクとなにかが身体をはしった。
え、ちょ、ちょっと! 俺まだ心の準備が!! いや、何でいきなりこんな展開に!?
ヒロインの息遣いはやがて徐々に近くなり、そして――――。
―――やっと見つけた、俺の花嫁―――
ぎぃぃやぁあああああっっ!!
すっかり忘れていた、イケメンボイスが耳元で囁く気色悪い感触に全身ビッシリと鳥肌が立った。
ちょっと待て! なんでここでイケメンボイスが出てくるんだ! 俺はいまヒロインに迫られていたはずだ!!
混乱する俺をよそに、耳元ではイケメンボイスが切々と語り続ける。
「姿を偽っていたが、俺は隣の国の王子だ。我が国では力なき乙女の姿で花嫁を探すという伝統があるのだ。そして権力や身分など関係なく愛し合える花嫁を探し出すのだ……」
格好良く言ってもアンタ女装の変態ですやん!
「ふをっっ!?」
かぶっているヘルメットの、ちょうど頬にあたる部分が優しく圧力をかけてくる。
それはまるで、両手で優しく頬を包み込まれているような……。
「そなたは内面も外面も、王の妻となるにふさわしい乙女だ」
「ひぃいいいいいい……!」
いつの間にか目の前には、まるっきり男の顔に切り替わった元ヒロインの顔がドアップに迫っていた。
ひぃいい、頬に添えられた手の感触が無駄にリアル!!
俺はたまらずマイクに怒鳴った。
「おい、これって女の友情エンドのはずだろ!? 何なんだこれっ!!」
『ん~、友情度じゃなくって、愛情度を上げすぎちゃったんだね。私もいま初めて知ったんだけど、婚約者の王子や周りの貴族たちから追放された悪役令嬢が、他国の王子様と結ばれるってのも最近の流行らしいのよねぇ。私の声の担当は友情エンドだけだったから、愛情エンドがあるなんて知らなかったのよ。ごめんね☆』
そんなやり取りの間にも、耳元ではイケメンボイスが何やら悩ましげな声で囁き続けている。気持ち悪ぃ、早く終わってくれ!!
「っ!?」
いきなり目の前が暗くなる。終わったのか!と思うも、頬を優しく包む感触はまだ続いていて……。
――― チュッ ―――
耳に無理やり流し込まれる生々しいリップ音。
『おつかれ~っ! これでゲーム終了でぇ~っす!』
姉ちゃんの明るい声とともにエンドロールが流れ、今までのヒロインのスチール絵が回想のように流れる中、俺はそっと目を閉じた。
頬を静かに、暖かい何かが滑り落ちていった。
一万円とひきかえに、ナニカ大事なものを失ってしまった気がした。